CASE.15「モータル・プライベート」
ゴールデンウィーク最終日。こどもの日。
今日は我が家に心名が遊びに来る日。
というわけで現在家には俺一人。
母親は自己経営のバーへ、父親は多忙な土木監督へ。妹もインターハイに向けての練習のため陸上部へ。
一人、家にいる俺はお昼ご飯で用意されたカップ焼きそばにお湯を注ぐ。
約束の時間までまだ少しある。手っ取り早く昼ご飯を終わらせよう。三分経ったところで、そっと流し台にお湯を捨てていく。
『カズくーん、ついたよ~』
予定より数十分早すぎる到着の通知が携帯に。
「えっ?」
それに驚いた俺は蓋から手を離してしまう。
「ぎゃあああぁああっ!?」
流し台に盛大にぶちまけられた大盛麺。しかも湧き上がる湯気がダイレクトに腕に当たって熱くてたまらない。
「……やっちまった」
心名の事もそうだが、まずは目の前の事をどうにかしなくてはならない。
台所の惨状に関しては2分もあればすぐに片付くので今はこれを処理することに集中して___
「……とにかく落ち着いて。えっと、ゴミ袋は、」
「お邪魔するぜーい!」
「何処から入ってきた、テメェ」
ごく当たり前のようにリビングへ現れた心名へ告げる。色々とパニックになっているが、脳の処理がここまで追いつかないと、冷静になってしまえるものなのか。
家の鍵は確か全て閉じられていた。この少女は何処から入ってきたというのか。
「ふっふっふっ、私の愛の力をもってすれば、たかが一軒家のロック程度で私を足止めすることなど出来やしないのだよ」
堂々不穏な空き巣宣言はやめてもらえないだろうか。睡眠不足のタネが一つ出来上がってしまうから。
「ところでどうしたんだいカズくん。世界の崩壊三分前みたいな表情をして」
たかがカップ焼きそば一杯でそこまで壊滅的な表情になってたのか、俺の顔は。
「何があったのか分からないけど、辛いときは笑って誤魔化せばいいんだよっ」
そんなこと言いながら彼女は我が家の冷蔵庫のオープン。
「人の家の冷蔵庫を勝手に開けんな」
「あっ、牛乳だ!」
「聞け」
「ぷはぁ、美味い! もう一杯!」
どんな手段を用いたのか、チャイム一つ鳴らさずに我が家へ不法侵入した挙句、無許可で冷蔵庫をオープン。1000ml牛乳パックを一口で飲み干しやがった。
……後で買い出しに行こう。牛乳がないと部活帰りの妹が怖い。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
というわけで数分後。凄くゴタゴタしたが台所の惨状は処理した。心名を一人で部屋に上げるのはかなり怖いのでリビングで待つように待機。
何もかも終わったところ、二人で俺の部屋に移動した。
「カズくんの部屋へごとうちゃーく!」
俺の疲労をよそに、心名はテンションマックスで俺のベッドに飛び込んだ。スカイダイビングさながらの大の字姿勢でドシンと。
「へっへっへっ、ベッドの裏にエロ本は」
「ないから」
ベッドの下へ突っ込もうとした手を掴んで止める。先に言っておくが、エロ本なんてベッドに隠してない。
「DVDデッキの中にしまい忘れたエッチなビデオとか」
「見てないから」
引っこ抜かれていたDVDデッキの電源コードを挿そうとした心名を阻害する。しつこく言うが、AVはデッキに入ってなどいない。
「押し入れの中に趣味丸出しのアダルトゲームが……」
「追い出されたいのか、テメェ」
アダルトゲームはないが、プライベート品がしまい込まれている押し入れを開けられては困るので心名の頭にチョップを叩きいれておいた。
「……何故にそこまで、俺が色欲にまみれていることを望む?」
「決まってるのだよ! カズくんの性癖を把握したいし、カズくんが私以外の女の人に興味を持っていたら粉砕したいのだよ!」
何故に彼女面だ。さりげないヤンデレ発言はゾッとするからやめてくれ。
(……だから嫌なんだ。コイツと家にあげるのは)
部屋に入って早々に始まるのは”他の女”がこの部屋にいないかどうか。
俺の部屋にそういった品が一つもないわけではない。三句郎から借りたエロ本程度であれば勉強机の鍵付きの引き出しの中に置いてある。
人の借り物を破壊されるのは……流石に困る。
「問題なし! それじゃ改めて、カズくんのベッドに……ゴー!!」
コイツを部屋にあげたくない理由その2。
散々部屋の中を探索した挙句、最後は俺の寝床にダイブする。この自由気ままぶりに振り回されるだけでスタミナがごっそり持っていかれる。
……今日はゴールデンウィーク最終日である。
休んだ気がしない。
「はぁ……」
ベッドに飛び込む程度であれば止めるまではしない。そこは気が済むまでやらせてあげることにはしている
「むふふ~」
だが、それをさせてあげたくないと思える理由が一つある。
心名は幸せそうな表情で俺のベッドの上を転がっている。
普段から俺が使っている枕に抱き着いては匂いを嗅いでいる。ちょっと短めのスカートの中がチラチラ見えようとも気にすることなく俺のベッドを満喫している。
「ぐへへ~、カズくんの匂いがするのだよ~」
「通報してやろうか……?」
臭いを満喫している姿がとにかく気持ち悪くて仕方ない。その変態じみた緩い表情をやめろ、吐き気がする。
まだ本題が来ていないというのにこれだけスタミナを使った。早く終わってくれないかとベッドに腰掛ける。
心名にとってのスペシャルな時間に浸ってる間、俺はひっそり携帯に目を通した。
……心名を部屋にあげたくない理由その3。
心名が俺のベッドに気を取られているこの合間、俺がひそかに覗き込んでいる携帯電話にある。
『配置完了。カーテンちゃんと開いておいてね♪』
心名がベッドの上で悶えているのを無視しながら、SNSで届いたメッセージの指示通り、しっかりと閉めていたカーテンをフルオープンさせる。
入る日差し。真っ赤な太陽。
そして、対面の一軒家の屋根上で待機しているのは双眼鏡片手にアーミー服を着た清武五鞠。
(アイツ、本当ヒマだな……)
理由その3。コイツ(ベッドの上で転がるバカ)が単独でウチに遊びに来た時はもれなくボディガードの監視がついてくる。
これが一番つらい。心名の邪魔をしたくないからといって遠くから視られているこの感覚が一番怖くて仕方ない。
何なんですかアレは。殺し屋ですか、五鞠13ですか?
全力でカーテンを閉めたいけれど……こちらが変な真似をしようものなら、あの女も俺の部屋に突入してくるだろう。俺の部屋のガラスをぶち破って。
俺も一人の男。信用してるにしても、異性の問題だけは、怖いんだと。
「無理言って二人で来てくれれば楽なものを……」
深く溜息を漏らし、人ん家の屋根の上から手を振っている五鞠をスルーし、今も尚、ベッドでオヤジのようにニタニタしている心名へ目を向ける。
「って、あれ?」
そこで俺は違和感に気付く。
「心名、弁当は?」
「あー……ごめん!カズくん!」
心名は枕を抱きしめたまま、両手を着けて謝る。枕にメッチャヨダレついてる。
「昨日の晩、何故か台所の電源だけ落ちてて、料理作れなくて……それが今日の朝まで復旧しなくて……本当にごめん!」
どうやら、心名の家で電気トラブルがあったらしく、一大イベントのお弁当が作れなかったらしい。本当に申し訳なさそうに心名は謝ってくる。
(……?)
何故か、台所だけピンポイントで通らなかったという電気。
「!」
もしやと思った俺は対面の屋根上にいる五鞠へと視線を向ける。
『グッドラック』
帰ってきたのは親指を突き立てるサインに、最高の口パク。
(ありがとう。五鞠13)
俺も親指のサインを返してあげた。
残念そうな表情を浮かべる心名。今年はこどもの日スペシャルは存在しない。
「あれ、もしかしてカズくん……」
枕からそっと俺の顔を覗き込む。
「私のお弁当、楽しみにしてくれてた?」
「い、いや、そんなこと」
「えへへ~、今日のお詫びに来年はもっとすごいものを作ってくるからね!」
「やめろ、気遣うなっ」
ゴールデンウィーク最終日。
貴重な連続休暇最終日、騒がしながらも楽しむことにした。
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