CASE.12「憂鬱フラフラなスタンバイウィーク」


 とても憂鬱な日である。


 いつもの公園、俺は一人小テストの勉強をしながら溜息を吐いている。吐けば吐くほど幸せというものは逃げていくと聞くが、そんな事情知った事ではないと言いたくなるくらいに吐き散らかす。


「お困りのようですね。ヒラカズさん」

 そこへ現れる少女。


「……ミシェーラ」

「はい、ミシェーラですとも」


 覚えているだろうか。

 この、銀髪ショートカットの超小柄。ゴスロリチックなドレスが超絶似合い、心名とは別のベクトルで人形のような愛らしさを持つこの少女の事を。


「たまたま見かけましたところ元気がなさそうでしたので、お声をかけさせていただきました」


 この少女の名前は、“ミシェーラ・タカシロ・アルペンギン”。


 見た目はこれでも俺より年上の18歳。その年であるならば、まだギリギリ学校に行く歳ではないかと疑問を浮かべたが、何とこの少女、12歳の地点で既に大学までのカリキュラムを終わらせているという天才少女だというのだ。


 その証拠に卒業式の写真をすべて見せてきた。


 現在は、いずれ父親から引き継ぐ“事業”の勉強の一環として来国。数年間はその勉強に全力を注いでいるようだ。こんなのんびりとした感じの少女の正体は随分とたまげたものだ。


 ちなみに“あの日ぶん殴ってきた女の人”はミシェーラの付き添いの人。名前は新富しんとみというらしい。誤解が解けた後に全力で土下座をしてきた辺り良い人だとは思う。



 あの出来事から数日。度々この辺でミシェーラとは顔を合わせ、その度に軽く交流を深めるようになった。

 本人からも『お好きな呼び方を、”ミシェーラ”でも、学生時代の仇名であるペンギンさんか妖精さんでも』と言われるくらいには仲良くなった。たった数週間の交流で。


 ……正直、他人の事を妖精というのは痛すぎると思う。というわけで本名であるミシェーラ、たまにペンギンと呼ばせてもらうことになった。


「まあ全部を言わなくてもわかります。話は聞かせていただいたので」

 ミシェーラは決め顔で対面から親指を向ける。





「髪の毛を洗う時はしっかりと揉みこむように。引っ掻くようにやってしまうとキズなどで毛根を傷つけてしまいますよ!」

「薄毛の心配してねぇよ、ハゲ」


 コイツはどこの誰の話を聞いていたのだろうか。自慢げに向けている親指をへし折ってやりたい。


「おや、違うのですか」

 不思議そうな表情をしているのがまたむかつく。


「……ちょっと、いろいろ控えてて」

「ほうほう、詳しく聞かせていただきましょう。お姉さんが話を聞いてあげますよ」

 一歳年上ではあるがこの見た目。とてもお姉さんと慕う事は出来ぬ。


 特に敵意もなく向こうから温厚に、しかも距離感を保ちつつ寄ってくれるミシェーラは非常に話しやすい。年上の彼女は軽い相談相手になっていた。


「……ただ、そのまえにご飯をお願いしてもよろしいですか……体に力が」

 ミシェーラがその場でぶっ倒れる。

「マジ……?」

 空腹の彼女は空気の抜けた風船のように萎れていく。

 彼女曰く、お腹が空いているときは元気も頭脳も著しく低下してしまうと言っていたが……。


「8×3=?」


「邪馬台国」


「飯買ってくるわ」

 

 壊滅的通り越して、幻想的だった。

 俺はミシェーラを置いて、変装用のサングラスとマスクを用意したところで近くのファーストフード店へと向かうことにした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 上手く変装とか出来たところで近くのファーストフード店にて、学生でも財布に優しいセットを二人分テイクアウト。相談前にボリューミーなハンバーグ三枚重ねのハンバーガーを放り込んだ。


「完全復活です!」

「ごっそさん」

 俺とミシェーラは二人同時に口についたケチャップを拭き取る。ミシェーラは付属のナプキンでちゃんと拭いていたが、俺は面倒くさいので素手で拭き取った。


「お代の方を」

「いい、面倒くさい」

 相談にのる身なので、これは一種の報酬金のようなものである。前払いだ。

 正直この一件は相談しておきたい。


「近いうちにテストがあってさ」


 小テスト。これで赤点を取った者は補修が待っている。


「……もうすぐ、ゴールデンウィーク。赤点を逃れる前にそれで勉強してた」

 赤点を取ったものは、ゴールデンウィークが補修で潰される。そういう生徒が多数存在するのだ。


「なるほど、それで勉強に困ってて」

「いや、違う。俺頭いいから赤点取らないし」

「じゃあなんで勉強の話をしたんですかヒラカズさん」


 実際、赤点取らないから事実。

 そう、俺が困っているのはテストで赤点を取るかどうかの話ではない。勉強の事は全く関係ない事を先に告げておく。


 ……そう、問題はそのあとの話だ。

 

「ゴールデンウィーク。こどもの日、なんだけどさ。その日に友達の女の子が遊びに来る」


「おおー、青春じゃないですか。しかし、それが何か?」


「……その子、『こどもの日は男の子の日だーっ!』なんて言って、よく五重の弁当箱を持ってくる」


「いいじゃないですか! お弁当を作ってくれる女の子がいるなんて、ヒラカズさんも隅にはおけないですねぇ!」


 ぐいぐいっと俺の横腹に肘を入れてくる。


 ……弁当を持ってきてくれる。その心意気は嬉しい。

 だが問題は……言わずもがな、その”彼女の料理スキル”。


「そいつ、料理が下手でさ……参考に言う。あいつが持ってきたおせち。ほとんどが黒豆だった……黒豆“みたい”になってた」

「えっ、全部」

「うん全部」

 どれが本物の黒豆か、見極めるのは至難の業であった。ウ●ーリーをさがせでもここまで目を凝らしたことはない。


 数分かけて、俺は彼女の料理の悲惨さを伝える。


「それだけどうにかならないかなーって……思ったりして」

「ヒラカズさん」


 ミシェーラが遠くを指さしている。

 ……公園の入り口。彼女の付き添いである新富さんがいる。お迎えのようだ。


 休憩終了の帰り際、彼女が出した答え。ミシェーラは去り際にそれを告げた。








「……たいていの料理は、カレーと混ぜれば食べられます」

 親指を突き立てたその表情は、凄く誇らしげであった。










「それ、ダメなやつじゃないですかね」


 何の解決も迎えることもなく、俺はひとまず抹消能力の高さそうなレトルトカレーはどれなのかを探ることに集中することとなった。

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