CASE.09「幽遊気楽の妖精さん」


「……」


 世の中。朝から見たくないものを見ると、気持ちがブルーになる。


 例えば、火が付いたまま地面に捨てられたタバコとか。

 他にもカップ麺の容器とかを放り込んだビニール袋の塊だとか、車に惹かれてしまった鳩の死骸だとか……ハッキリ言って、気分を害する。


 そして、俺も今、目の前に転がっているものを前にこの上ない不思議な気持ちを抱えている。






「おおお……へるぷ、へるぷ……」


 “銀髪の女の子”が倒れているのである。

 ショートカット、それでもってゴスロリモチーフのドレスを着てるものだから、この一般市民のありふれた住宅街の風景には恐ろしい程に似合わない光景なのである。


「……えぇえ?」

 俺はとにかく、その少女をあまりに不自然そうに眺めていた。


 何なのだ。この少女は一体何なのだ。


「……学校行かなきゃ」


 もしや、関わってはいけないものに関わってしまってるのではないかと俺はそっとその場を立ち去ろうかを考える。


「おお、そこの旅のお方」

 関わってきやがった。

「これは何という偶然でしょうか」

 違います。俺は旅の途中なんかじゃありません。現在もれなく学園に向かって登校中の身でございます。人間はみな、夢に向かって歩いている旅人なんて屁理屈知った事ではないのでスルーさせていただきたい。


「お助けください……お腹が空いたのです……」

 関わってはいけない気がする。 


(無視無視……)

 俺は何としてでも、この状況から逃げ出そうと小走りでその場から去って行った。












「…………ああ、もうッ!!」

 戻ってきてしまった。

 俺は倒れてしまっている銀髪の女の子の元まで戻ると、姿勢を低くする。


「腹減ったの?」

「はい、その通りでございます……」

 見た目は外国人のような気がするが、割と悠長な日本語を喋れている。日本在住のハーフだったりするのだろうか。


「……わかった。ご注文は?」

「メロンがいいですね……できれば、夕張の、」

「ハンバーガーだな。任せろ」

 

 そんな金はないので、勢いで誤魔化すことにした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 学生でも手が伸ばしやすいハンバーガーセットを購入した俺は、ひとまず公園のベンチで寝かしておいた銀髪の少女に食べさせる。


 メロンじゃないことを凄く残念そうにつぶやいていたが、そこは我慢してもらうことに。良いとこのお嬢様にハンバーガーを詰め込んでいく。


「ふぅ、助かりました……ありがとうございます、旅のお方」

「はい、どういたしまして」


 なんというか、不思議な女の子である。

 異世界からやってきた女の子とか、突然空から降ってきた謎多き美少女とかそういうわけではなさそうだ。話を聞く限りでは、良いとこのお嬢様のようである。


 ……良いとこのお嬢様が、露頭で空腹と共に彷徨うものなのか。


「なんであんなところに倒れてたんだ」

「お付きの人と迷子になってしまいまして、そのままここへ流れつき、空腹になってしまい道端で倒れてしまいました」


 そんなベタな。

 しかし冗談ではなさそうだ。現に顔色はかなり悪かったし、弱り切っていた。それだけの衰弱ぶりを見せられたせいで、戻って介護せざるを得なかったのだ。


「お優しいのですね。お名前を聞かせていただいてよろしいですか」

「西都平和。ヒラカズは平和と書いて、サイトは西の都と書く」

「おおっ……名前に平和という文字を使うとは! 平和を愛し、幸運に満ち溢れた方なのですね!」

「ははっ……」


 輝く少女の目に対し、俺はあまりにも冷めた笑いを返してしまった。


 残念でした。俺は平和もクソもない人生を送っています。

 ちなみに今回も人助けをしたことによって、もれなく遅刻が確定しました。学園に携帯電話で連絡を入れようとしたら充電されてなくって電源入ってなかったし。


 だったら、公衆電話でかけるしかないと探し回って見つけたのはいいものの、財布の中には10円玉が入ってなかったので仕方なく100円玉を投入。ところがその公衆電話は故障中で100円玉飲み込まれるだけという不運のスパイラル。


 もう面倒くさいので連絡するのもやめた。おそらく、先生が家に連絡を入れ始めている事だろう。最悪な一日である。


「全く、もう……今日も嫌な一日」


 人助けをしたこと自体は間違いじゃないとは思っている。

 でも、こうも負の連鎖で返されると、少しくらいは報われてもいいんじゃないかと思いたくもなる。


「んで、これからどうするの? 携帯電話も預かってないし、連絡手段もないんでしょ?」

 だが、そんなことよりも、この子をどうするかが問題である。

 この子は付き添いの人から携帯電話等を預かっていないという。おかげで連絡を取る手段が一切ないという最悪な状況。


 この子をどうにかしてからじゃないと学園には行けない。見た目は150cm以下の小さな少女を、こんなところに一人置いていくわけにはいかない。


 一番良い方法があるとすれば、ショッピングモールにある迷子センターに連れていく事だが……昼間から学生服を着た男子がゴスロリの幼女を引き連れて散歩してるなんて光景を目の当たりにしたら、間違いなく変な誤解を招く。


 一発でおまわりさんのお世話になることが確定してしまう。


「それなのですが……あっ、来ました」

 銀髪少女がぱっと指をさす。


「お嬢様ーー」

「……女性の、人?」


 公園の入り口。息を荒くしながら長身の女性が寄ってくる。


「あれがおつきの人?」

「はい。どうやら、見つけ出してくれたようで。何よりでございます」


 良かった。これで学園に行けそうだ。

 俺はそっと立ち上がり、その人物がこちらに来るまで待つ。


「お嬢様ーーー___」


 長身の女性が加速する。

 銀髪の少女……ではなく。


「貴様ァッ! お嬢様に何をしたァアアアアッ!」


 ”俺に向かって”。


「がっふッ!?!?!?」


 一発。それはあまりにも重い一撃だった。

 暗殺拳ではないかと思うくらいの一撃だった。胸に一発貰った俺は中央の噴水へと飛んで行く。勢いよく、水辺の中へダイブした。



「大丈夫ですかお嬢様。お怪我は」

「あわわわわ……」


 焦る少女の姿が見える。


 ……プカプカと浮き上がる俺の体。立ち上がる元気すらない。





 ___数分後、事情を知ったおつきの人に救出され誤解は解けた。

 ___ただし、今日一日は、その人から貰った一撃のおかげで。学園に向かうことが出来なくなりましたとさ。めでたしめでたし。





 ……いや、めでたくないよ。

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