CASE.08「彼女の飯が世界を滅ぼす」
俺、西都平和は常に不運と日常を過ごしている。
俺の行く先には常にハプニングがつきものと言われている。何処か旅館に行こうものなら百パーセント殺人事件が起きるなんて、存在自体が火曜サスペンスの帝王扱いである。
……今日は火曜日ではないが毎週月曜日、俺には確定でやってくる不運がある。
「カズくん! 今日は君にお弁当を作ってきたのだよ!」
笑顔で胸を張って笑う心名。
その愛らしい表情と共に蓋の開くお弁当箱。手作り弁当を昼休み時間となったこの瞬間に渡してきた。
「君の大好きな“三色丼”だよ!」
机の上にはピンクのハート型のお弁当箱。
「……」
そんなピンクのハートとは対照的に。
中身は三色を感じさせない“ビターブラック”一面の弁当。
「……焼け野原?」
俺の顔はきっと、釣り上げられた魚のように無表情だったかとも知れない。
「ごめんね。ちょっと失敗しちゃってさ……ウッカリ、オーブンの設定時間間違えちゃって!」
大失敗だろ。これ。
大前提として三色の定義からして守れてない。色とりどりのかけらもない、お弁当箱。第一、オーブンって。何を焼いたんだ。
真っ白なご飯の上に乗っているのはパチンコ玉のように固いボール状のもの。しかもコーヒーっぽい匂いを漂わせる何か。そんな小粒がゴロゴロ転がっている。本当に食べ物なのかどうか疑いを向けたくなる。
……あと、俺の好物、三色丼じゃねーよ。
「ひとまず何が乗ってるか聴いていい?」
「鶏そぼろに卵に、茹でたニラだよっ!」
卵? これ、卵なの? 思わず二度見したけど卵なの?
卵ってどうやって調理したらパチンコ玉のように固まってゴロゴロするの? 炒めるのか焼くのかさっぱり分からないよ? オーブンで何をしたの?
……あと、“ニラ”ってなんだ! “ニラ”って!!
ホウレンソウとかグリンピースとかが普通じゃない? なんで茹でたニラなんだ? どうやったら、ニラを茹でるだけで真っ黒なパチンコ玉に変形させることが出来るんだ???
「うぐっ」
コーヒーの匂いが更に食欲を消し去ってくる。鼻が痛い。
「えへへ……」
それでもなお、自慢げな彼女の表情。これを見てお分かりの通りであるが___
そうだ、心名は天然であると同時に手先不器用の馬鹿である。
勉強は赤点ギリギリもしくは赤点余裕のどちらか。地理の問題で沖縄県をハワイと記入してしまうほどの馬鹿野郎である。こいつ本当に社長令嬢か。
スポーツも制服が似合うだけで内容は壊滅的。三球三振余裕、ダブルドリブル常連、ドッジボールは逃げるのがお上手。そう言う事だ。
……そして、極めつけときたら。
あまりにも破綻した料理センス。兵器工場としか言いようがない。
「さぁ、どうぞ!」
満面の笑みでスプーンを渡される。
「……ちっっ!」
俺は真っ黒なパチンコ玉と化したおかず共を御飯に絡め、決死の覚悟でそれを飲み込んでいく。
「うぐぐっ……!」
スプーンを持ったまま、俺は頭を机に打ち付けた。
「どう!?」
「……俺の胃の中でおかず共が暴れ回ってる」
さすがはパチンコ玉だ。実際の台のように俺の胃の中で大暴れしている。次の授業も頑張れる“目覚まし”としては充分なくらいの味である。
「へへっ! 味付けにはこだわったからね!」
なんで胸を張ってるんだよ、誉め言葉じゃねーぞコノ野郎。
「腹痛い……」
俺はスプーンを握ったまま、その苦虫を噛み潰したような表情をずっとうつ伏せで隠していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
放課後。屋上にて。
俺はいつも通り、腐れ縁にも近い牧夫と三句郎の三人で与太話をしていた。
「くぅ~、憧れますなぁ! 手作り弁当!」
「そうだな。俺も惚れた女から弁当の一つでも作ってもらいたいぜぇ~!! 男の夢ってものか?」
牧夫と三句郎は、学園のシンデレラに手作り弁当を作って貰えている俺の話を聞いて、羨ましそうな表情を浮かべている。
「その夢もここまで容赦なく叩き壊されると、胃がもたれる」
俺はフルーツジュースの紙パックを持ったまま、固まっていた。
本人には伝えていないが……無理です、完食はしたけどマジで厳しいです。
毎週月曜日。”ワケあってこの日の俺はお弁当がない”。
理由としてはお弁当を作っている母親の仕事の都合だ。どうしてもこの日は用意できないという理由で、貰ったお小遣いを使って学食の焼きそばパンを食している。
その情報を知っている心名はいつもお弁当を作ってくるのだ。
毎度毎度、とんでもない弁当を。
「ちなみに先週はどんなだったの?」
「俺が大好きだという日の丸弁当」
ちなみに俺の好物は日の丸弁当じゃない。断っておくが。
「シンプルでいいじゃねぇーか」
「真ん中が小粒のおにぎりで、回り全部梅干しが普通の弁当なのか」
びっくりするくらい酸っぱいお弁当でした。
「しかもそれ改善作だから。前作は真ん中おにぎりで回り全部“イチゴ”だったから。 間違ってるから次は気をつけろって釘を刺したら、イチゴだけ訂正して来やがった」
そこだけどそこじゃねーよと大声で叫んだのは内緒である。ちなみにイチゴと御飯はビックリするほど合わなかった。勿論だけど。イチゴの小種の感触と実の甘さがビックリするほどホカホカの御飯に合わない。
中にはそれが美味いという輩もいるみたいだが……理解不能である。
「……大丈夫かな、俺の胃袋」
こういうのは胃腸薬で誤魔化せたりしないのだろうか。
いつか味覚崩壊だとか、胃袋で変な植物が生えたりしないか心配であった。
「なぁ、平和」
牧夫はリーゼントを整えながら質問をしてくる。
「お前さ、文句言ってる割には……“弁当全部食べてるよな”?」
「あっ、確かに」
カチリ。
俺の体はピタリと止まる。
「……お前、実は心名姫のお弁当喜んで」
「手が滑った」
俺はストローが刺さったままのフルーツジュースの紙パック容器を三句郎の口の中に突っ込んだ。いや、ナイフ代わりにむしろ刺した。
「ぐぼおおおっ!?」
「オタクーーーッ!!!」
喉へ綺麗に刺さった紙パックを何としてでも引っ張り出そうと三句郎は泣きながら屋上で吠え面をかきまわすのであった。
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