第1部<CRAZY FOR YOU な君>(後半戦)
CASE.07「ボディガード・ジャンキー」
……後日、俺は職員室で呼び出しを食らっていた。
昨日のショッピングモールでの騒動の詳細を聞かせてほしいという先生からの緊急コール。
どうやら、一部のお客さん達が遠目で現場を目撃した際、例の“悪評”を頼りに、『不良たちを"俺一人”が人目も気にせずいたぶっていた』なんて話が広がっているらしい。
噂って怖い。ここまで変な方向に肥大化するから怖い。
先生としてもそれが事実かどうかを聞いておくのが念のため。お互い面倒な事にならない様に包み隠さず全て話しておいた。
「分かった。じゃあ、お前は反撃しただけなんだな?」
「はい。ついでにトドメををさしたのは五鞠ですが、アレは正当防衛です」
「うん、それと同じ目撃証言もあるしな……こりゃあ、そっちの話で確定かな」
ちゃんと一部始終を見ていた人もいたようで何よりだ。
「話は以上だ。戻っていいぞ~」
「失礼します」
「ああ、ちょっと待て」
帰り際、先生が俺を呼び止める。
「……アドバイスって訳じゃないけど、その見た目、ちょこっとだけ改善した方がいいんじゃないか?」
先生は髪の毛と瞳を指さして、そこをいじれとアピールしてくる。
この学園、エクステやカラーコンタクトは校則違反である。
“そのアクセサリーが攻撃的に見せている”という警告でもあった。
「いえ、関係ないと思いますよ」
そう言い残して、俺は職員室を去った。
……実際、この見た目を変えたところで、状況が変わるなんてことは一ミリであろうとないはずなのだから。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
というわけで、俺、西都平和は疫病神という異名をつけられ、学園や商店街では“狂犬”なんて忌み名もつけられて散々な評価を食らっている。
……現に今回も俺が全員をボコボコにしたなんて噂が出回ってるらしい。
違うから。無理だから。不可能だから。
あの数を一人でボコボコにできるなんて絶対出来ないから。俺にそこまでのアメコミ主人公補正もライトノベル主人公補正もない。
多少、喧嘩慣れはしている。だが、それも友人の牧夫から教わった程度の付け焼刃。無双なんて出来るわけがない。
俺は感情的にはなりやすいかもしれないが、喧嘩は強くない。
「ん、追加メッセージ3件……」
今はやりのSNSアプリを開いて、誰からのメッセージなのかを確認する。
「……ん、了解」
そのメッセージに対し、たった一言で返事をしておいた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
放課後になった俺は、送られてきたメッセージの相手と待ち合わせし、近くのショッピングモール内のファミレスへと足を踏み入れる。
「あぁ~、疲れたぁ~」
男っぽい仕草を取りながらも、ふくよかな膨らみとシャンプーの匂いが香る前髪がふわっと目の前で揺れる。女性としての魅力もその男くささのせいで台無しだ。
「悪いねぇ。付き合ってもらっちゃってサ」
……待ち合わせの相手は清武五鞠だ。
彼女は幼い頃から高千穂心名のボディガードを務めている。当然、俺以上に喧嘩が強く、八極拳や少林寺拳法を習っているらしい。女だと思って甘く見たら、返り討ち間違いなしだと思え。
「……他の生徒に見られるぞ。その、みっともない姿」
心名の従者の彼女。学園では礼儀正しい執事のような振る舞いを見せる。
しかしそれは仮の姿。今、目の前で見せている“だらけきった男子高校生”のような態度を見せるこの姿が彼女の素だ。
「大丈夫だって~、多少見られるくらいにはさ」
「あっ、うちのクラスの生徒」
「皆さんこんにちは。今日もお疲れさまでした……って、いないやないかいッ!」
流石の入れ替えの速さ。スイッチのオンオフの落差が酷い。鋭いツッコミが頭に飛んでくる。
「困るぞぉ、カズ~。この変わり身ってエネルギー馬鹿みたいに使うんだぞぉ~……充電マックスのスマホの電池が真っ赤になるレベルには消耗凄いぞぉ~」
心名と五鞠の言う“カズ”とは俺の”あだな”である。とてもスマートなもので、ヒラカズを略してカズと呼んでいるだけ。
「んで、今日の御主人は?」
「ピアノ」
……今日、彼女の主人である心名は習い事でいない。
良いとこのお嬢様とだけあって習い事も週に3つは入れている。しっかりお嬢様らしいところはあるのだ。ああ、見えて。
“やりこなせているかどうか”は別として。
「何の話? 昨日の事?」
「いや、昨日のことはもう忘れようぜぇ、二人仲良く。そうじゃなくってさ」
心名のいないこの状況。
ちょっとした幼馴染の関係である俺達がやる話とすれば___
「……心名、”また”何か変な趣味に走ろうとしてるのか」
大概が“心名に関する愚痴”である。
「それ!」
ドリンクバーのメロンソーダを持ったまま、五鞠は声を上げる。
「お嬢様、昨日の一件で何も出来なかったのがちょっとショックだったみたいで、私にこっそり“空手を習いたい”って言いだして」
「空手、かぁ~……」
絶望的に似合わない。
心名の温室育ちのあの肉体じゃ無理な気がしてならない。瓦一枚で音を上げていそうだ。
「いや、お嬢様が無理に強くなる必要はないっては言ったんだよ。そしたらお嬢様が“カズ君が隕石を止められるなら、私は隕石を叩き割ってみせる”って言いだして」
「アイツの頭の中での俺は改造手術でも受けているのか?」
隕石ぶっ壊せるほど日本の武道は万能じゃねぇ。
「たとえ、それが無理だったとしても、腕から波動砲みたいなの撃ったりとか、片足を竜巻のように回転させて敵を薙ぎ払いたいとか」
「武道の”ぶの字”も分からん奴が言い出しそうな事だ」
しかも、それ空手じゃねーよ。空手混じってるかもだけど、別の何かだよ。俺よりも強い奴に会いに行く的なストリートのあれだよ。
あとその域に達してもらえたら、俺、いらないし。ああいうナンパのトラブルも一人で解決してもらいたいくらいだ。
それくらい強くなって、五鞠に勝てるくらいになれば……多少楽になれそうだ。ゴールは果てしなく遠いだろうけど。
「あんた今、それくらいお嬢様が強くなっても、私には勝てないなって思った?」
「なんで分かんの」
「顔に出てんだよー、顔に~」
五鞠は不貞腐れながら俺の頬をつついてくる。
そこまで表情に出やすいものなのだろうか。俺は特にリアクションを取ることなく、その場でメロンソーダを飲み干した。
「……いつも、ありがとね」
五鞠はニッと頬を緩ませる。
「お嬢様を守ってくれてさ」
「……別に」
俺は不意に見せた女の子らしい五鞠の表情にきょとんと固まった。
「……俺何もしてないし、トドメさしたのお前」
「態度の話だって! お礼くらい素直に受け取りなって! 恥ずかしがり屋のカ~ズくん?」
大笑いしながら俺の肩を叩く五鞠。ニヤけ面を見ると、小馬鹿にされているような気がしてならない。
彼女は昔からこうだ。こういう、お姉さんぶった態度が苦手で仕方ない。
……肩が凄く痛い。
何というか、飲みに付き合わされているサラリーマンの気分だと、俺はメロンソーダの入ったコップ片手に思っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その日の夜 高千穂邸
「むっ、この匂い……五鞠ちゃん! 私に黙ってカズくんと会いに行ったな!?」
(かーっ、乙女の直感鋭いねぇえーーッ!!)
この子の前で、平和関係の嘘はおそらく通じない。
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