CASE.02「奴等は後ろ指をさされてる」


 学園の屋上。ここは生徒立ち入り禁止という事もあり、ほとんど人が集まらない。



 ____そこへ集うは三人の男子生徒。



 二人は地面に座って弁当を口に運ぶ。

 それとは別、俺はそこから離れた場所にあるベンチに座って、イヤホンを着けたまま、焼きそばパンを口に突っ込む。


「……というわけで宿題を見せた」

 俺は呆れ気味に口を開く。


「はっはっは! だろうな!」

「そんなことだろうと思ったでござるよ」

 俺に返答に対して、二人の男子生徒は安心したようにそれぞれ弁当を口へ運ぶ。

 


 ……数分前の出来事だ。


 私に宿題を見せてほしいと、提出期限の授業が始まる数分前に懇願してきた心名。あれからも決死の攻防戦が長く続いた。


 宿題は自分でやらないと意味がないから見せませんと俺はノートを死守しようとした。しかし、心名は『愛のレッスン以外で私の脳は回転しないのだよ』とか訳の分からない自分ルール雑学を口にしたことで、俺はより一層防御態勢を高めた。


 だが、その後困ったことが。

 なんと心名。女性最大の武器である“泣き寝入り”に頼り始めたのである。


 ___お願いですから助けてください。

 ___貴方の望むことなら何でも致します。

 

 思い当たる言葉を何度も口にし続けただけに飽き足らず。


 ___私との約束は嘘だったの!?

 ___私とのこと、遊びだったんだね!?


 とか大泣きしながら言い出すものだから……あの場にいた男子女子から一斉にゴミでも見るような視線の嵐。これ以上は流石に不味いと思った俺は無言で心名に宿題のノートを手渡した。


「……はぁ、メンド」


 本当に酷い目にあった。


 あの泣き寝入りのおかげで俺はものの数分近くで“遊び人”だとか“レイプ魔”だとか根も葉もない悪評が広まる事となった。


 というか、授業中の合間にどうやって、教室の外にまで噂が広がったのか謎である。学園のSNSだと思うけど、本当にネットって怖い。


 ……あの状況。あの場で“俺”が何か言ったとして、誰も信用するはずがない。

 あのクラスにとってシンデレラ的存在である“心名”の味方がほとんどだろう。


「可愛いは正義ってか。俺は悪か。ああ、そうか」


 溜息気味に数時間前の事を語り終えた俺はイライラが今になって募ってきたのか、握っていたオレンジジュースの紙パックを握りつぶす。気泡がたくさん溢れ出したオレンジジュースが、ストローからマグマのように噴き出してくる。


 俺の怒りを正直にぶつけられるこの二人。ちょっとした付き合いの男性陣。


「まあ元気出すでござるよ。人の噂も百何たらというだろう」

 まず、俺に憐みの視線を送る眼鏡の男子生徒。


 この男の名前は海老野三句郎えびのさんくろう。ここ常春高校での数少ない友人の一人。

 ゲームやアニメが大好きで、ネットスラングなどの流行りはいち早くキャッチするなどの情報通。オタクだ。


「……あと百日はレイプ魔って言われるのか」

「うわぉ、相変わらずのネガティブシンキング」

 三句郎は真っ暗闇な俺に対して、想像以上に凹んでいることを知る。


 いや、自分の“とある立場”の関係上、悪口程度なら慣れてはいる……だが、正直学園内で性犯罪者的な悪口を言われ続けるのは正直堪える。それが百日近く続くことを考えると、これもまたダメージとしては充分である。


「気にすんなって。俺も心名ちゃんも、お前がそういう奴じゃないって知ってるんだからよ」


 もう一人、細身な俺と三句郎と違って、ガタイも良く筋肉質で大柄な男子生徒。


 その一方で学ランの下に真っ赤な文字入りTシャツ、ダボダボのズボン、そして見るも輝くリーゼントと。そのセンスは明らかに一世代前。爆走族とかビーパップだとかを思い出しそうなファッションの男の名は小林牧夫こばやしまきおである。


 俺達三人は友人同士。

 同時、俺達三人にはこの学園ではあまりにも有名な括りがある。


「そうでござるよ。俺なんか、盗撮魔だとか、エロ中年言われて散々な目に」


 海老野三句郎。通称“女性の敵”。


「お前は事実だろうがっ」


 彼はこの学園切ってのエロ男子として有名だ。アニメなどの二次元に対する意欲だけではなく、女性に対する意識もかなり強いためにその悪行は有名である。


 盗撮……なんて有名である。

 今のところ見逃されてはいるが、何で通報されないのか謎である。


「失礼だな、牧夫氏。俺、中年ではないからね。留年してないからね」

 これで頭がハゲてたら完全に疑うしかなかったが、彼の見た目はハッキリとしたオタク学生である。発想はおっさんのそれではあるけれど。


「そういう牧夫氏だって、また怒りの赴くままに暴力に走ったって悪評が広まってるでござるよ」

「おいおい、またかよ。参ったな」


 小林牧夫。通称“喧嘩番長”。


 その見た目、ちょっと頭が悪く喧嘩早そうなイメージは当然、飾りでも何でもなく……本当に喧嘩が強いのだ。

 中学校時代からの悪評、そして高校時代もその名前が消えることはなく、この学園ではかなりの有名人だ。


「あれの件だろ。駅前の」

「ああ、それそれ」

「違うんだよ。あれはさ、通りすがりのばあちゃんのバッグをひったくった奴がいたから、そいつを捕まえて、気絶させるためにコテンパンにしてやったんだよ」


 どうやら、情報には少しの語弊があるらしいので牧夫が本人談で訂正をする。


「なるほど、ワケありでござったか」


 ひとまず、自分から喧嘩を吹っかけて騒ぎを起こしたわけではないと知った三句郎は安心したのか息を吐く。


「ああ、とっ捕まえた後にそいつの頭を百回くらい電柱にぶつけて」

「言い逃れ出来ないのではッ!?」


 最早、一種の傷害事件である。

 ちなみに現場にいたおばあちゃんも感謝こそしていたが、犯人相手とはいえちょっとばかりやりすぎじゃないかと引き気味だったという。



 一癖も二癖もある二人。そして、学園でも有名な悪評。

 そう、この二人は……俺たちは。





 “彼氏にしたくない”

 “友達になりたくない”

 “お近づきになりたくない”




 なんて三拍子そろった悪評四天王。



「今日もいつも通り、平和なことで……ははっ、てか」



 悪夢の男子高校生と呼ばれる四人のうち二人である。



 ……そして、その四天王のうち、更に一人。

 この俺、“西都平和も悪評まみれの四天王”の一人なのだ。



「早いところ食べてズラかるぞ。バレると面倒だ」

 一定の時間になったら先生が見回りにくる。それから逃れるために食べるスピードを速める俺。



 こんな俺が、その悪夢の四天王に数えられる“悪評”があるのかというと。



「いただきま……ぐぶっ!?」



 衝突。俺の意識が突然のシャットダウン。



「ベ、ベースボーッ!?」


 ストライーク。

 俺の顔面に“何処から飛んできたのかも分からない野球ボール”が減り込んだ。


 減り込んだボールはそのままスピードを落とさずに別の方向へ飛んでいく。


「あべしっ!?」

 そして近くにいた上に、野球ボールの接近に気づいていた三句郎の顔面に見事命中。何処からともなく眼鏡の割れる音。


「「くはぁああ……!!」

 俺と三句郎は二人して、屋上の地面に寝転がる。



「うわぁ、今日も炸裂したなぁ」



 この俺、西都平和。



「お前の不幸っぷり」



 通称“疫病神”。



「くぁああああ……ッ!!!」



 その悪評は……“度の過ぎた不運”。そして“その不運は周りに伝染する”。

 性格、人付き合い。何においても良いところなど一つもない“四天王最強”の男と呼ばれているのである。

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