バッド ✖ ラック ! ~学園の悪夢的存在な俺に、学園のお姫様が付きまとってくる件。~

九羽原らむだ

=前半クール=

第1部<CRAZY FOR YOU な君>(前半戦)

CASE.01「不幸と富豪 ~常春学園、愛の攻防戦~」


 

『おれ! もっとおおきくなって、つよくなって……ここなのことまもってやる!』

 

 その瞳は真っ直ぐだった。


 年相応の少年らしい感情が瞳に映っている。


 根拠のない自信、故に浮かび上がるダークな不安。二つの感情が織り交ざった複雑は、男の子特有の強がりとやらで必死に覆い隠されている。


『おれがここなのおうじさまになってやる!』


 ……だけど、凄く真っ直ぐだ。


 何処にでもいるような男の子。昔は多かったアウトドアな少年とは打って変わって、どこか大人締めのインドア系の少年。


 根暗な雰囲気を滲み出す少年ではあったが、その言葉を口にしているときは___本物の王子様のようで、気高く格好の良い姿。


『ほんとう? かずくん?』

『あたりまえだ!』


 少年は、お姫様のように可愛らしい少女を。

 人形のように愛らしい、ドレスのような衣装を身に纏った少女の手を握って言い切った。


『おれはここなのことがだいすきだから!』





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「……って、カズ君は高らかにそう言ってみせたのだよ! 覚えているかな!?」

「全然」

「ぐふぉおあっ!」


 俺の容赦ない言葉の砲丸が、一人の少女のときめく心臓を破壊した。


「なんというか、無慈悲なのだよ……」


 その言葉は乙女のハートには壮絶クリティカルだったのか、俺の目の前にいる女子生徒は血反吐でも吐き出しそうな声を上げて、俺の机でうつ伏せに頭を下げてしまう。


 ピクピクと震える少女の姿はまるで沖にあげられた魚のようだ。


 覚えてないとハッキリ言われたのがショックのようだが、同時におでこを勢いよく机の上にぶつけたダメージも響いたのか頭を下げたまま唸っている。早い話、自爆。


 そんな間抜けな少女を、読書中の本からたまに覗き見る様に眺めている。


 俺、西都平和さいとひらかずは昔の事を覚えてないとハッキリ言った事に対して罪悪感は浮かべていない。あまりにも薄情ではないかと口にするものがいるのならいつでも受け付けるし、相手にだってなる。


 

 ……罪悪感を抱かない理由を告げてやろう。



 何せ、この女子生徒がその“例の思い出話”を持ち出したのは今日で【170と8回目】である。3桁をオーバーしているのは余裕で覚えている。


 そろそろ、祝・回想200回記念とか言い出して、話の内容を変に盛り上げる企画とか持ち出してくるって寸法ではなかろうか……現に“100回目記念”はあった。


 そろそろ誤魔化す手法を変えておかなくては___

 俺は読書中の本を畳むと、今度は携帯でお気に入りのミュージシャンのツイッターを黙々と眺めている。


「……ありえないんだよ」

 ブクブクと震えながら少女は起き上がる。

「カズ君がそれを忘れるのは、あり得ないことなんだよ! きっと何かあったに違いないんだよ!」

 少女はさっきのショックから目を背けようとこちらに顔を近づける。


 ……目の前にいる少女。クラスどころか学園きっての美少女である“高千穂心名たかちほここな”。


 昔ながらのコメディ漫画によくいそうなお金持ちほどではないが、彼女もまた立派な大富豪のお嬢様で有名だ。


 漫画やアニメの世界でしか似合う人がいないというツーサイドアップの髪型。それが極端に似合うキュートフェイスの持ち主である彼女はマドンナならぬ、学園の“シンデレラ”なんて呼ばれて評判が良い。


「私は絶対に忘れない!」


 そんなシンデレラこと高千穂心名は再び、俺に対して思い出話をぶつけ始める。


「そうだよ! アレは真夏日らしい快晴……足元の悪い中!」


 晴れてるのか、降ってるのかハッキリしろ。


「あれだけ印象深い日……どうして、カズ君は忘れてしまったのだよ……!」


 そりゃぁ、印象深いだろうね。カンカン照りの快晴で曇り空一つない空から雨でも降り出したら。ちょっとは思い返す程度には。


「何かあったに違いない……そうだ、数年前にこことは違う星に連れていかれちゃって、記憶をいじられたとかッ!?」


 勝手にキャトるな。

 俺は生まれてこの方、UFOらしき未確認飛行物体をこの目で見てしまった記憶なんてない。


「だとしたら一大事なのだよ! カズ君、一緒に病院に行こう! 良い内科を紹介するから!」


 お前が病院に行け。あと記憶喪失は内科じゃ治せねーよ。


 ……腕を引っ張るな。服が伸びる。


「いう事を聞くんだよ! じゃないと、その”エクステ”を引きちぎるよ!」


 やめろ。高いんだコレ。

 俺の耳元の髪の毛には地毛である真っ黒な毛とは相対した真っ白い”エクステ”をつけている。ちなみに堂々と校則違反である。


 このエクステも、俺の目に着けている”真っ赤なカラーコンタクト”も。


「さぁ、まだ時間はある。私とカズ君の未来のためにも」

「お嬢様」


 病院に連行されそうになる俺。そんな俺に一人、助け船がやってくる。


 声を駆けてきた女子生徒は心名と同じく、このクラスの生徒である。

 可愛らしい心名とは対照的にちょっと男前。どこぞの宝塚を意識するような礼儀正しい騎士のイメージの女子生徒がこちらに一礼をした後、心名の方へ視線を向ける。


「もうすぐ授業が始まりますよ。席についてください」


 この人の言う通り、もうすぐ次の授業が始まる。

 こちらの頭の心配はしなくてもいいから、早く席に戻りなさいなと軽く肯定代わりに……俺は高千穂心名へ首を縦に振っておいた。


「いいや、駄目だよ! 五鞠いまりちゃん!」

 女子生徒の反対を押し切り、心名は俺に顔を近づける。


「私はどうしても……カズ君に約束を思い出してほしいのだよ」


 切実な願い。

 真っ直ぐな瞳、可愛らしい表情をこれでもかと心名は俺に近づけてくる。もうすぐ鼻と鼻がぶつかりそうで。


 俺は携帯から一瞬だけ目を離し、彼女へ視線を向ける。


「ちゃんと、責任はとってもらうんだよ」


 それは恋する乙女。

 桜のようなピンク色に頬を染めた心名は、その意思を俺に告げてきた。






「……本題を言えよ」

 誤魔化すのを辞めた。

「何の用だ」

 誤魔化す必要はもうない。

 スマートフォンを閉じ、俺は頬を染めこちらに近寄ってくる心名へ視線を向ける。



 ……もう、ダルい。面倒だ。

 手っ取り早く終わらせてやる。



「変な用だったら分かってるな?」


 俺は威嚇する。敵意を送る。

 怒りとも無興味とも違う、殺意にも似た何かを自分の瞳に映す。


 要件次第。くだらない要件だったら……どうなるか分からないと毒を吐いた。



「……うん。じゃあ、正面から言ってやるんだよ!」

 心名も覚悟を決めた。

 頬を染めたままの可愛らしい表情。俺の威嚇に怯えることなく胸を張る。


「約束、守って」

 ___入り込んでくる。

 俺の懐に。秘めたる思いを、包み隠さず俺にぶつけてきた……!!





「数学の宿題……忘れたから見せてくれないかなっ!」

「自分でやれ、このズボラッ!!」

「あいたぁっ!?」


 手加減なしのチョップを心名の頭に。

 脳内お花畑を焼き払う電流が、心名の脳裏を駆け巡った。

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