第6話 ひとりだけの少女

僕には友達が一人しかいない。小学校からずっと隣の席にいるあの子。机と机の距離が中学に上がるにつれ離れるように僕たちの距離もだんだん遠のいていって、今では帰り道に一緒に帰るくらいである。何年も一緒にいるが親友と言えるような関係かと言われればそうでもない。彼女がどう思ってるかは聞きたくもないが。そんな関係の友達が一人だけ。

僕は彼女が好きだ。

初めて彼女を好きだと感じたのは小学校のころ。彼女が僕の変化を見透かすように「おめでとう」と笑った顔が気に食わなかった。その顔が好きになった。次に好きだと感じたのは中学。同じ部活に入部してきてまた見透かすように「よろしくね」と笑って僕より先にレギュラーになったとき。自分にはないものを持っている彼女を羨んだ。その才能が好きになった。彼女は僕のことをどう思っているかは知らないが同じ高校に入りまた同じ部活に入ってきた。放課後の部室に彼女と僕の二人きりになっても話すことはない。ただ、僕が委員会で帰りが遅くなった時に彼女は靴箱の前で気だるげにスマホをいじりながら僕を待っている。オレンジ色の丸いミカンのような夕日のなかで机の距離以上に近寄ることはない彼女といつもの喫茶店へ向かう。「今日はパフェが食べたい」と甘党の彼女は楽しそうにカロリーを貪る。「生クリームが美味しい理由がわからない」「苦いものよりましよ。白は純白で甘い天使色」彼女は口の周りに天使をつけてパフェの中のイチゴを潰す。自分には持っていない考えを恥ずかしげもなく話してくれる彼女が好きなんだろうなと高校生になった僕は思う。目の前でコーヒーを飲んでいた僕の顔が引きつる。彼女はすぐにまた見透かす。「始まったみたい?」僕は答えずにカバンの中を探る。「あげようか」「……うん。ごめん」「いいよ。君はいつもこうだから。私の方が君のこと君以上に知ってるかもね」そうだろう。彼女は僕以上に僕を知っている。そんなところが好きだ。僕のことをわかってくれている大事な人。もっと僕のことを知ってほしくてわざと顔に出すことも彼女はもう見透かしているのかもしれない。喫茶店を出て、月の光が仄かに灯る道を歩く彼女はなんだかいつもと違って見えたことが気になってつい悲しい箱を開ける。「好きな人。できたんだ」「うん。とてもとても素敵なの。彼は運命が素敵だというのよ」どんな顔をして君を見たらいいか分からなくて俯く僕の輪郭を白い指でなぞる。ひんやりと冷たくてその指にほろほろと透ける僕の心。どこから出たかわからない男に僕たちの何十年も培ってきたものを簡単に奪われるのも運命というのならば僕は運命なんて捨ててしまいたい。「そっか。続くといいね」「ずっと一緒にいたいわ」彼女は僕の涙を飲み干して頬にキスをした。初めて彼女とこんなに近い距離になった。こんなに近いと僕の心音が彼女に移ってしまいそうだ。ずっとこんな関係になりたかった。血が流れる感覚がして気持ちが悪い。生理痛なんてなくていいのに、もし、僕が男だったら君は僕を胸に抱いてくれたのだろうか。僕のくだらない気持ちをガムの紙の中に吐き捨ててまたいつもの距離に戻る。「おめでとう。おめでとう」

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在りし日の少女たち 春野梓桜 @Shironiwa_Rui

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