1-11

 アットヴァンスに薬をもらった時のことを思い出した。

 

「睡眠薬? まぁ犬にも効くが。あのバカ犬は寝ていてもカニの葉を摘まれそうになったら起きるぞ?」

「いや、それでいいんだ」

「お前という奴は、訳の分からん奴だ」

「あんた程じゃないよ」


■ ■ ■ ■


 アットヴァンスは不機嫌な顔のままだったが、声は怒っているようには聞こえなかった。

 睡眠薬を塗った骨の4本目を投げると、大好物の骨に向かって駆けたが、足元はヨタヨタとし、念願の骨にたどり着くと座り込んでしまった。

 そのまま気持ち良さそうに寝てしまった。


 ただ、寝ていても完全には意識を落としていないようだった。

 耳が何かに反応し、時折ピクピクと動いている。


 カニの葉の近くまで行くと、ペスが頭を上げた。

 眠そうな目をしながら、こちらに注意を払っている。


 カニの葉に手をかける。ペスがふらつきながらも立ち上がる。

 俺は懐に忍ばせたナイフを取り出し、振り上げた。

 ペスが意識を取り戻したように、こちらに向かって走ってくる。

 脳がまだ混乱しているからか、時折頭を振って、いつも以上に吠えている。


 振り上げたナイフを自分の鳩尾(みぞおち)に向かって突き刺した。

 勢いよく少量吐血した。


 い、いでぇえぇぇぇっぇえええ!!!!

 ま、まだだ……!!

 

 ナイフを押し込む。ナイフを握りしめた拳が身体の中に入るぐらい捻(ね)じ込んだ。

 そして、ナイフの刃先を心臓に向かって押し上げた。

 血が口から泡になり込み上げてくる。

 もっと、押し上げた。

 さらに血が喉元まで込み上げてきた。我慢しきれず二日酔いの時に嘔吐をするかのように口から血が溢れ続ける。


 おろろろろ~~~~~~!!!


 意識が朦朧(もうろう)としながら、ペスを見ると駆けるのを止め、立ち尽くしていた。

 ペスが遠吠えを発した。


 ペス、お前を楽にしてやるかな……!!!

 

■ ■ ■ ■


 土の香りがした。そして、ツンと鼻をつく血の香りもする。

 無事生き返られたようだ。

 まだペスは高い声で吠えていた。泣いているようにも感じた。

 

 まだ胸が痛む。腹も全然治っていないだろう。

 どうなってるのか、怖くて見れない……。


 でも俺は、俺は身体をおこすよ……。お前をこれ以上悲しませ続けちゃダメなんだ……。


 痛くないと言えば、全くもって嘘になるが、上体を起こした。

 ペスが鳴くのを止めた。眼から涙が出ているようにも見えた。気のせいかもしれない。

 

「お、おいで、ペス」

 

 ペスが甘えた声ですり寄ってくる。顔や首を撫でまわしてやった。

 じゃれつくように尻尾(しっぽ)を振っている。ただ、俺の容体を労わってか、強い接触はしてこない。

 

「よし、いい子だ」


 お前ってやつは、本当にお利口さんだ。


「あの偏屈なヤブ医者に薬草を届けてやるぞ」


 俺は立ち上がり、カニの葉を根っこから1本ずつ丁寧に摘んでいった。

 カニの葉は根っこごと採ることで、鮮度の落ちが極端に抑えることができる。

 カニの葉を摘んでも、ペスは吠えたり咬みついたりしてこようとはしない。

 睡眠薬からくる眠気と目の前でご主人と容姿の似た人が死んだ混乱から、俺を薬師と錯覚する。そう確信していた。いやそれに賭けた。他に何も思いつかなかった。

 これで死んでしまうなら、それはそれなのかと少し達観した部分もあったのかもしれない。俺の命は1,000シルヴィか。安いが、そういう自分に覚悟を決めていた。

 しかし、そうは言っても命も惜しいもので、念には念を入れ、身体に薬草を塗りたくって嗅覚の強いペスに少しでもご主人の薬師と錯覚してもらえるように努力はしてみた。

 この俺の身体から流れ出た血からも、強い鉄っぽい匂いを発しているから嗅覚は麻痺し、混乱しているんじゃいかと、そう考えた。いや、そうであって欲しい。

 全てのカニの葉を丁寧に摘み取った。

 腹に穴が開いた状態のまま腰を屈めて、葉を摘んでいたから、案の定痛みに耐えきれなくなり、立っていることさえ難しくなってきた。


「小屋で少し休んでから行こうか。あのヤブ医者もそこまでは急かさんだろう」

 

 ペスは俺をご主人と錯覚しているのか、小屋へ向かう間先導をしてくれた。

 小屋の中には休める所は藁が敷いてあるスペースのみのようだ。

 その上に寝転がろうとした時、枕の位置にペスが滑り込んできて、丸まった。


 いつもこんな風に薬師と寝ていたんだろう。


 根から丁寧に摘み取ったからカニの葉も俺が寝る間ぐらいは元気でいてくれるだろう。

 痛みはあるものの、うとうととしてきた。

 身体の全てが、脳も含めて全組織が機能を最低限にさせ、その他の力全てを、心臓を修復することに力を注いでいるのが伝わってきた。

 そう、思えるような睡魔に襲われて、気付くと目を覚ましていた。


 朝日が眩しい。ギルドの仕事をしていないと思った。

 ララーさんに申し訳ない。今日帰ったら謝ろう。

 ペスは小屋にはいなかった。小屋を出るとペスがいつものように畑で見張りをしていた。

 

「今日は特別に一緒にヤブ医者の所に行くか」

 

 ペスは俺の言っていることが分かっているかのように、首を縦に動かしながら俺の後を付いてきた。

 服を捲り上げ、腹を見てみたが、腹の穴は塞がりかけていた。


 診療所についた。

 朝も早い時間なのに、アットヴァンスは診療所にいた。

 何か難しい文章を書いている。

 分からない文字だが、なぜだか読める。読めはするが、内容が難しすぎて何の内容なのか分からなかった。


 アットヴァンスは顔を上げることもなく、俺が来たことに気付いたようだ。


「こんな時間にどうした?」

 

 そう言った後も熱心に何かを書き続けている。


「採ってきたぞ」


 そう言うと、やっと顔をあげた。この偏屈じじいめ。

 血だらけの俺を見て、目を吊り上げた。


「俺は犬を、ペスを殺せと依頼はしていないはずだ!!!」


 胸倉を掴んできた。よろけながらもカニの葉は落とさないようにした。

 この葉には衝撃1つでも与えたくない。


「お、おいちょっと落ち着けよ。アットヴァンス」

「お前などに名前で呼ばれてたまるか!!」


 アットヴァンスが殴りかかろうとしてきた、その時、ペスが吠えた。

 「俺はここにいるよ」そう言っているかのようだった。


「おお、ペス。ペス無事だったのか……!!」


 犬を触りまくったアットヴァンスが顔をあげた。


「じゃあ、お前のその血はなんなんだ?!」

「俺の苦労と思ってくれ」

「はん! 変わった奴だ」

「あんた程じゃないよ」


 アットヴァンスが頷き、笑った。何年も笑っていなかったのか、その笑顔はぎこちなさを残していた。

 

 その後、10,000シルヴィを手渡してきたが、丁重にお断りした。本来の依頼額で結構だと言ってやった。

 アットヴァンスは「ホント変わった奴だ」とブツブツと呟きながらも、目元に笑みが見えた。

 俺は自分とアットヴァンスとの間に世代を越えた友情のようなものができつつあることに気が付いたが、そんなことを口に出すとまた、「変わった奴だ」とか「何を馬鹿なことを言っているんだ」と毒づかれそうだったので、心の内にしまい込んだ。

 きっと今後、そんなことを笑って言い合えるようになるのかもしれない。そう思いつつ診療所を後にした。

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