1-9
俺はまた東の麓に来ていた。まだ足の傷は癒えていない。
絶対あの薬草を手に入れてやる。
犬が日向で佇んている。
やはり骨を投げて、犬を遠い所へやってその間にカニの葉を取りに行く。
しかし、取っている間に犬が戻ってきた。
走りの速さでやはり追いつかれる。
カニの葉を取るのを断念し、セーフゾーンまで下がった。
足が本調子に戻らない。こっちに来てすぐ、獣人に腹を刺された時は驚くほどの治癒力を見せたのにだ。
足が戻らないことにはあの犬から逃げられないんじゃないか。
それにカニの葉は採るだけじゃダメだ。
カニの葉は摘み取られた瞬間から鮮度が急激に落ち、横に広がったカニのハサミのような部分は少し強く握るだけで、クシャクシャになってしまい、薬草として使い物にならないらしい。
結局あの偏屈じじいが渡してきた冊子が役に立っている。くそ!
いずれにせよカニの葉の取り扱いには細心の注意を払わないと、またあの偏屈じじいにどやされる。
俺のこの足いつ治るんだよ。くそ!
■ ■ ■ ■
次の日、ギルドの朝食の片付けを終わらせた。
急いで出て行こうとする俺をララーさんが呼び止めた。
「昨日帰ってきてから、様子が変だわ。ヒロトくん大丈夫なの?」
「大丈夫です。俺はなんとも」
「足も怪我してるじゃない」
ほんとだ。足の怪我がまだ治りきっていない。もしかして、腹以外は治癒が遅いのか。あの神と名乗るじじいめ!
って、俺はなんでじじいばっかりに苛ついてなきゃならんのだ。
「ララーさん、ありがとうございます。でも俺が受けた依頼なんで」
そこへ、ギルドの一人が通りかかった。名前はソング・アルマー。肌の色が茶系で短髪がよく似合う。
見た目はバリバリ体育会系でバネのような身体つきで、ダンスが上手い。酒を飲むと必ず踊りだす。前の世界で俺が友達になってこなかったタイプ……。
よく話しかけてくれるが、上下関係には結構うるさく、マウントを取ったような話し方をしてくる。少し苦手なタイプだ。
「よう、ヒロト。お前依頼に手こずってるようじゃねぇか」
「いえ、今日終わらせますよソングさん」
「どれどれ、どんな依頼だよ。見せてみ」
ソングさんが依頼書を奪うように取り上げ、読み始めた。
「お、お前。またハズレを引いちまったな」
「やっぱりそうですか」
「このアットヴァンスって医者、腕はいい。だが、かなり偏屈な医者だ。こいつの依頼内容は大概がむちゃくちゃで、ビギナー泣かせってのがギルド内では決まっている。降りるんだな」
「いえ、降りませんよ俺は」
「初めはみんなそう言うぞ。ヒロト」
「ソングさん、俺はあの偏屈じじいに『ありがとう』って言わせてやりたいんですよ。腕がいい医者なら毎日のように人から感謝の言葉をもらっているんでしょうよ。だからあいつはきっと感謝に対して麻痺してるんだと思います。絶対依頼をやり遂げます」
「そうかい、好きにしな」
ソングさんが顔を寄せてきた。
「だが、俺は忠告したぞ。ハンマーフォールさんのお気に入りだからよお前は。あの医者の依頼にハマってギルドから出て行った奴やそれこそ死んだ奴を俺は何人も見てきた。俺は忠告したからな」
そう言ってソングさんはギルドの外へ出て行こうとしたが、ララーさんに気付き、ララーさんと会話をした。
俺には見せたことのない様な表情でララーさんは笑っていた。
ララーさんも前の世界同様、ああいった男が好きなのだろうか……。
いや、今はそんな事考えないようにしよう。
なんで、俺はこんな初っ端で躓(つまず)いてるんだ……。
他のラノベだったら、そのチート能力で序盤のギルドの依頼なんてスパスパ終わらせるってのに……。
いや、これが現実だ。俺は1日に1度生き返ることができるって能力しかない。
体力強化も無く、魔法が使える訳でも無い。神からもらった剣だって、削り過ぎた鉛筆みたいなもんだ。
でも待てよ。あの小屋はなんなんだろう。それにあの犬の習性。
あれは人に飼われて教え込まれたような感じがしないか。
あの小屋に昔、人が住んでいて、その人物がキーパーソンかもしれない。
洗濯ものに取りかかろうとしているララーさんを呼び止めた。
「東の麓に人が住んでたかって?」
ララーさんが人差し指を口にあて、首を傾げ考え込んだ。
なんだろ。俺、この仕草好きだわ~。気怠さというか、眺め続けたくなるっていうか。あーかわいい。
「あ、確か変わったおじいさんが住んでるって聞いたわ。今もそこに住んでるのかは知らないけど」
また変わったじじいかよ! 何人出てくるんだよ。偏屈なじじい。
「ごめんね。あまり力になれなくて」
「いえ、心の栄養を頂きましたんで、充分です!ありがとうございます!!」
ララーがまた首を傾げた。
偏屈同士、あのアットヴァンスって医者のじじいが絶対何かを知ってるはずだ。
■ ■ ■ ■
またこの診療所に来てしまった……。
いや、今日は何を言われようと、小屋の主について何かを聞き出すまで帰らないぞ。
アットヴァンスが少し曲がった腰に手をやっていた。眼があった時、また目を見開くような仕草をした。癖なのかもしれない。
伏目で不機嫌そうにこちらを見てきた。
「依頼も終わってないのに、また暇つぶしか」
「依頼を終わらす為に来たんだ」
「はん! どうせお前も依頼を投げ出すって訳だな」
「麓のあの小屋には誰が住んでるんだ?」
「……だよ」
「え? 聞こえないぞ、もっと大きな声で言えよ」
アットヴァンスが目を吊り上げ、机を思いっきり叩いた。
「死んだんだよ!! あいつは死んだ。わしが殺したんだ!!!」
「え?」
突然のじいさんの剣幕に驚いた俺は、言葉もなく立ち尽くすだけだった。そんな俺を睨みつけるじいさんの目は憎しみを宿しながら、どこか悲しげだった。
「帰ってくれ……。その容姿が癇に障る……。お前の顔も見たくない!! もうこの依頼もお終いだ! 帰れ!!」
なすすべもなく、俺はアットヴァンスに診療所を追い出された。
転がるように追い出されて、座り込んだ。
くそ! あのじじい、絶対何か隠してやがる……!!
くそ!
すると、順番待ちをしていたおばあさんが近付いてきた。俺の背にそっと手をやった。
「お兄ちゃんどうしたんだい?」
「あの偏屈じじいを解放してやりたくてね」
あの様子……絶対に何かあるはずだ!
あんな偏屈なジジイ、ほっといたらいいとも思うのだが、どうしても俺にはそうできそうもなかった。 同情か? ……いや、ただの意地かもしれない。
「こちらにお座り。こんなばあさんでも話ぐらいなら聞けるよ」
俺の様子に何か思う所があったのだろう。おばあさんは順番待ちの列から外れ、近くのベンチに腰かけ呼んできた。俺は素直におばあさんの横に座った。
「俺が何をしたのか、俺の見た目まで癇に障るんだとさ……」
「あなたの容姿が似ているんだろうね……」
顔を上げ、おばあさんの顔を見つめた。おばあさんは微笑んでいた。
誰に……だよ……?
「おばあさん、東の麓に住んでた人のこと知ってる?」
皺で瞼(まぶた)が垂れ下がり、糸のようになったおばあさんの目が少し開いたような気がした。
「ええ、知っているとも。彼は薬師(くすし)をしていてね。その薬師にあなたがそっくりでね。私も驚いたよ。ここのお医者さんとは昔から仲が良いのか悪いのか、でも妙にウマが合っててね」
「なんで死んだの?」
「流行り病だったと聞いたよ」
「いつ死んだの?」
「何年前だったかね。3年、いや4年だったかね。亡くなった時には薬師さんが飼っていた犬が遠吠えを続けていたそうだよ」
そんな前に死んでいるのに、なぜカニの葉は育ってるんだ……?
「おばあさん、あそこの薬草畑って今は誰が管理してるか知ってる?」
「あの辺りは湿気が多くてね、あまり人が近付かないんだよ。薬師さんが亡くなってから、どうなってるのかよく分からないね」
…………。
麓に行ってみるか。
麓に着くと、やはり犬がいた。寝ているようだ。
自分の足を見てみると、やはりまだ傷は癒えきっていないようだ。
せっかくのチャンスなのに……!!
力づくでカニの葉を採ることを止めて、気になっていた小屋に行ってみることにした。
犬が寝ている間にセーフゾーンから小屋に近付いて、木が古びてできた穴から小屋の中に入った。
小屋の中は、埃っぽくはあったが、意外とキレイに整頓されていた。
薬草は無くなっていたが、薬箱のような棚があり、一つ一つに薬草の名前が書かれていた。
小屋に誰かが入ってくる気配がした。
振り返ると、そこにアットヴァンスがいた。
「お前、ここで何をしている!」
「何をしているも何も、俺はカニの葉を採る為に……」
「依頼はもう取り下げたはずだ!!」
「いや、ちょっと待ってくれよ……」
そこへとてつもない勢いで犬が小屋へ乱入してきた。俺に向かって吠えてくる。
俺が一歩退くと、跳んで咬みついてきた。
それを避ける為に後ろにのけ反った時にバランスを崩した。
倒れた先に運悪く、角ばった石があり、不気味な音と共に後頭部に石が食い込むような感触がした。
痛みはあるようだが、よく分からなかった。
やばい、これは死ぬやつだ……。
転んで死ぬとは情けない。そう思い、笑おうとしたが、意識が薄れていった。
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