1-8

 少年の家を出て、道具屋から順番に買い物をしていった。

 俺にとっては、物価やこの町の地理、民度やその他を知れるいい機会だった。結果的に今の俺には最適な依頼だったのかもしれない。


 早々と買い物が終わり、少年の家に向かった。

 

 待てよ。家に少年の母親が帰ってきてたら、俺はあの少年との契約を違えた形になるな。

 少年が帰ってくるまで町を散歩してみることにした。

 少年の家の近くに丘があったので、そこに登ってみた。ここからなら町も見渡せるし、少年が帰ってきても分かるだろう。

 

 辺りを見渡していると、海岸が見え、二つの人影もあった。

 目を凝らすと、少年が立っていた。一緒にいる少女の顔を見えなかったが、少年が肩に力を入れて目を丸々と大きくしながら、真剣な表情をしていた。

 緊張した様子で人の顔が描かれた紙を渡していた。恐らくその少女の顔なんだろう。

 少女はこちらに背を向ける態勢だったので、表情は分からなかったが、彼女の動きとそして少年の喜ぶ笑顔で、プレゼントが成功したことが分かった。


 やったな! 少年。


 心地いい風が吹いてきたので、その場で寝ころび、目を軽く閉じた。

 少年もすぐには帰ってこないだろう。

 少年の嬉しそうな顔が蘇ったが、その後すぐにララーさんの笑顔が浮かんだ。

 

 とりあえずララーさんに似合う男にならなきゃな。


 目を開けると、辺りは肌寒さも少し感じた。空も赤くなってきていた。

 丘から少年の家近くを見ると、ちょうど少年が帰ってきている所だった。


「宿題はどうだった?」

「ああ、あんたか。悪いな随分待たせちまっただろ?」

「構わないさ。宿題は捗ったか?」

「ああ、結婚は地獄というが、この先が憂鬱で仕方がねぇや」


 言葉とは裏腹に少年の表情は何かを成し遂げたかのような達成感で満たされていた。


「それは良かった」

「何がだよ!」

 

 少年の顔がにやけていた。

 依頼を受けるってのは案外良いもんなのかもしれないな。


「ほれ、依頼の品だ。釣り銭も出たからな。渡しておくよ」

「あんたそんな正直者じゃ損するぜ。そういう金は自分の懐に仕舞っておくもんだ」

「そうも思ったんだがな。未来の嫁の機嫌取りにでも使ってくれ」

 

 そう言い、釣り銭を少年に握らせた。


「ありがとな。兄ちゃん」


 少年が初めて「兄ちゃん」と呼んできた。


「また依頼出してくれよ。買い物ぐらいなら行ってやるよ」

「考えておくよ」

 

 そう言って、俺たちは別れた。


 ギルドに戻ると、心配そうな顔をしたララーさんがそこにいた。

 

「ヒロトくん……」

「初めての依頼、なかなかハードでしたよ」

「け、怪我はないの?!」

「その逆です」

「え……?!」

「僕の荒んだ心に潤いを与えてくれるような依頼でした」

 

 ララーさんは悩んだ時にやる、人差し指を口に当てて首を傾げた。

 かわいいなー。ララーさんは。

 ララーさんは数回頷き、納得したようだ。


「ヒロトくんが楽しそうだから、安心ていいんだよね」


 そう言って、微笑んでくれた。かわいいなまったく。


■ ■ ■ ■

 

 次の日、また朝食の片付けを済ました後、売れ残った依頼を掲示板に取りに行った。

 今度は薬草を取りに行く依頼だった。

 ただ、残っていた依頼なだけ、いわく(・・・)つき(・・)な依頼なのだろう。

 

≪カニの葉が不足している。それは東の山の麓にある。骨を忘れるな。報酬1,000シルヴィ。≫


 なんなんだ、この依頼は……。文章が簡潔過ぎて、疑問だらけなんだけど。第一、骨って何だよ骨って。

薬草を取って来るだけじゃないのか?骨も取って来いってこと? それってどんな骨だよ。鳥? 獣 ?まさか、人骨なんて言わねぇよな。俺は嫌だぞ、死体処理の手伝いなんて。


「ヒロトくん、どうかした?」


 ララーさんが心配そうにこちらを見ている。

 おっと。不安が顔に出ていたのだろうか。ララーさんを心配させてどうするんだ。


「いえ、なんでもありません! なんか急ぎみたいなんで、行ってきます」


 どっちにしろ、依頼はこれしか残っていないんだ。とりあえず行ってみて詳しい話を聞いてみるか。


 依頼主の住所まで行くと、人が順番待ちをしていた。

 待っている人たちは皆、包帯を巻いていたり、咳き込んでいたりしていた。


「病院?いや診療所……か……?」

 

 受付に行くと、奥から白髪の偏屈そうなじいさんが出てきた。

 一瞬驚いたような表情をしたが、目を伏せ、不機嫌そうに手を動かしていた。

 

「何の用だ。依頼は、依頼書にもう書いておる。それだけじゃ不満か」

「あの、状況を聞ければと思って」

 

 無愛想の表情のまま、じいさんが呆れたように息を吐く。


「ワシは忙しい。言われたこと、頼まれたことを粛々と遂行できんのか」

「あんたの依頼文の意味が分からなくて、念のため確認に来たんだよ」

「今時の若いもんは……文字も読めんのか」

「は? 自分の文章力のなさを棚上げして屁理屈言うのか?!」


 じいさんが睨んできた。俺も負けじと睨み返す。じいさんが大きな溜息をつく。


「で? 骨は持ってきたのか?」

「は? 骨?」

「依頼書の書いた。『骨を忘れるな』と」

「あ! それ! 骨を取って来いってことじゃなかったのか?!」

「文字も読めねば、機転も利かぬ。いったい何の骨を取ってくるつもりだったんだ」

「あんな文章で分かるわけねぇだろう?」

「やれやれ……。今回の奴は良く吼える……。ワシでもその稚拙な脳までは見てやれんよ。ホレ」


 じいさんが放ってきたのは、何かの骨だった。慌ててキャッチする。


「さっさと取って来い。仕事の邪魔だ」


 手で追い払われた。

 なんなんだよ。あのじいさん……!!

 

 とりあえず、東の山の麓まで行ってみるか。


■ ■ ■ ■


 麓に着くと、植物が植えられていた痕跡があった。だが、手入れができていないのかどれも元気がなく、今にも枯れそうだった。

 麓には古びた小さな小屋があった。使っていた形跡もありそうだが、あきらかに今は使われて無さそうだった。

 

 診療所を出て行く前に、受付の女性から手渡された「カニの葉」の絵を元にカニの葉を探した。

 このカニの葉っていうのは、万病に効くと言われている貴重な薬草のようだ。

 カニのハサミのように葉が横に広がり、両端がカニのハサミのようにな形になっていることで、そう名付けられたらしい。というか、この世界でもカニはカニなんだな。まぁ、覚えやすくていいけど。

 

 それにしてもあの偏屈じじい……薬草の説明すらまともにしてくれなかった。

 文句をいっても仕方がない。依頼は依頼なので、カニの葉を探した。

 探していると、何か只者ではない気配が近付いてくるのを感じた。


 顔を上げると、猛スピードで1頭の中型犬が走ってきていた。

 その速さだけでなく、けたたましく吠えている。

 牙も立派で、危険を感じた俺はその場を急いで離れた。


 犬が追いかけてきていたが、ある所でピタリと足を止め、それ以上は進んで来なかった。

 何度か薬草畑に近付いてみた。

 やはりある一定の距離より近付くと、犬は追いかけてくるらしい。

 反対にそのラインより外へ行くと、犬は追いかけてこない。

 そのラインを確認する為、その後も何度も試した。

 

 薬草畑を守っているのか……?

 

 あの医者のじいさん、犬がいるなんて言ってなかったぞ。

 そう思った時、医者のじいさんから渡された骨を思い出した。

 骨を手に取って見つめた。


 これを使えってことか? なら、そういえば良いのに。偏屈なじじいだな。まったく。


 骨を畑から少し離れた所に放り投げた。

 骨が放物線を描くのを眺めていた犬が急いで骨が落ちる所へ向けて走って行った。


 よし、今のうちだ。


 犬が骨に夢中の間にカニの葉を摘んだ。5本摘めた。6本目を摘もうとした所で、犬がこちらに気付き、猛スピードで戻ってきた。

 6本目を摘んで駆けに駆けた。犬の方が断然速く、急いで駆けたとしてもドンドンとその距離が縮まっていく。


 何度も確認したデッドゾーンのライン、犬が追いかけてこなくなるラインの外へ急いで走った。

 やっとの思い出ラインの外へ出ることができた。だが、まだ犬は追いかけてきた。

 予想外の出来事に驚き、態勢を崩して躓(つまず)いてしまった。

 走っていた勢いがあったので、躓いた拍子に飛ぶように転がった。

 すると、犬はそれ以上追いかけてこなくなったが、転んだ際にカニの葉が散らばり、5本は犬が咥えて去ってしまった。


 くそ~~~!!!!


 それより、両膝と右肘の部分の怪我がひどくすぐには走れ無さそうだった。

 1本摘めたことだし、とりあえず医者のじいさんの所に戻るか。


■ ■ ■ ■


 足を少し引きずりながら、診療所の前に着いた。依然多くの患者が順番待ちをしていた。

 

 受付で手続きをし、自分の順番が来るのを待った。

 やっと自分の番が回ってきたので、看護師であろう人に偏屈じいさんの前へ案内された。

 

「先生。カニの葉一枚しか取れなかったよ」


 無愛想な顔のまま、偏屈な医者が呟くように話した。


「こんな汚れた状態では、使い物にならん」


 俺の手からカニの葉を掴み取り、ゴミ箱に投げ捨てた。

 

「おい! なにすんだよ! 人がせっかく……」

「せっかく? 使い物にならんものを持って帰ってきて何を偉そうに」


 なんて偏屈で頑固なじいさんなんだ!


「あ、そうだ。犬がいるなんて聞いてなかったぞ!」

「何から何まで教えてやらんとできぬのか。まるで子どもの遣いだ」


 口を開けると人をイライラさせる言葉しか出て来ないんだろう。このじいさんは。


「次は取ってきてやるよ!」

「おい」


 帰ろうとする俺をじいさんが呼び止めた。


「そこに座れ。薬草も取れない奴だが、傷は見てやるか」

「うるせぇ! こんなのすぐに治る」

「ほれ」


 偏屈じじいが何かを放り投げてきた。

 冊子のようだ。


「何も知らぬようだから、子ども用の植物の冊子を渡してやる。世間知らずもいいとこだ」

「ちっ」


 偏屈じじいが渡してきた冊子を握りしめ、診療所を後にした。絶対次は取ってきてやる。

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