1-5

 屋敷を出て、町に行ってみた。

 レンガ道が続いていた。人通りが多く、建物は白や赤みがかった土壁のようで、西洋の観光地のようにも思えた。


 海は見えないけど、地中海の町みたいだな~。行ったことないけど。


 店での売買には客が何かを手渡していた。

 この町でも何かを買うには通貨を使っているみたいだ。


 やっぱりこの世界でも金は必要なんだな。

 ずっとグティエレスの世話にもなれんだろうしなぁ。

 斡旋所でも探すか。


 ギルドを探しながら、町を散策すること

 

 ――――15分


 疲れたー。

 俺の足腰鈍り過ぎだろ……。

 歴代の異世界転生してきた猛者に比べて、情けねぇなぁ。


 壁にもたれ掛かり、座り込んでしまった。

 息が荒れている訳ではないが、もう足が動かない。

 ふくらはぎの張りを取るように、軽く叩いた。


「あ、そうだ」


 メイドの女の子の名前を聞いてなかったな。

 あんなに世話をしてもらったのに、自分の名前すら名乗るのを忘れていたとは。

 今日帰ったら、聞いてみよう。


 季節は春なのか、とても過ごしやすい。

 暑すぎず、寒すぎず。こうやって壁にもたれかかって、座り込んでいるとポカポカと太陽の光が少しずつ元気をくれるようにも思える。

 はぁ、気持ちがいいな~

 心地の良い風が吹き抜けた。


「あの~お客さん」


 肩を指か何かで突(つつ)かれて、目を開けた。

 知らない内に眠っていたようだ。

 目を擦(こす)り、眠け眼(まなこ)のまま突かれた方に顔を向けた。

 見上げるような形になったので、少し太陽が眩しかった。


 もたれ掛かっていた壁から少し離れた所に窓があり、そこから木の棒のようなものを伸ばし、突かれていたようだった。


「あらあら、涎(よだれ)なんか垂らしちゃって」

「ふぇ?」


 その女性の笑顔を見た瞬間、俺の胸に今まで感じたことのない程の突風が吹き抜けていった。

 薄めの栗毛色をした髪。癒ししか感じられない雰囲気を際立てるのは、少し垂れた大きな緑色の瞳。透き通るような肌。そして風のせいか髪がなびき、まるで天使が俺の元に舞い降りてきたのかと錯覚した。

 寝ぼけていることを良いことに長い時間眺めてしまった。


 ズキューン!


 どうやら恋に落ちたらしい。


「日向ぼっこは気持ちよかったですか?」


 わざとらしく敬語を使って話しかけられた。

 相変わらず、女神のように優しさに包まれたような笑顔を向けてくれていた。


ズキューーン!!

 

 どうやら、鈍い俺でも分かったよ。これは恋だね。恋。


「ええ、とっても」


 彼女の笑顔に導かれるように無意識に返事をしてしまっていた。


「私も日向ぼっこして、ポカポカあったか、したかったな」


 優しさが無限大に広がっていた表情がクシュっと縮んだ。口を開けて笑っている。

 なんて可愛らしいんだろう。

 驚くほどに白い肌に控えめぎみに尖った耳。たれ目がちな大きな緑色の瞳。


「ポカポカで暖かかったんですが、今はドキドキが止まりません」

「?」


 彼女が人差し指を口にあて、考えるような表情をした。


 ズキューーーン!!!


 ああ、これは確実に恋だね。

 俺はどさくさに紛れて、何を言い出してるんだ。


「ふふふ、日向ぼっこが終わったんだったら、こっちに来ないかしら?見た感じあなたも冒険者のようだから」

「ここって……」

「知らずに眠ってたんだ。君って面白いね。ここはこの町で唯一のギルド案内所よ」


 あれだけ探したのに、ギルドの建物の壁にもたれ掛かって寝ていたとは。我ながら……。


「ありがとうございます。そちらへ向かいます」


 立ち上がり、壁伝いに右に曲がると、斡旋所の看板もあった。

 ギルドについても書いてあり、やはり冒険者ギルドがメインのようだった。


 なんだ近くまで来てたんじゃんか。って、俺なんで字が読めるんだ?!

 パッと見た感じ、知らない言葉なのに。目を凝らすと読める。まぁいいか。


 中に入り、先ほどの麗しい女性を見つけた。


「あの……」


 振り返った彼女、可愛かった。

 いや、それ以上に胸が大きい。

 包容力というのか、母性というのか。そういった方向のものにステータス全振りしたかのように全てにおいてキレイで可愛い人だった。


 エルフなのかな。エルフの巨乳ってあまり聞いたことなかったけど…。

 そうか耳の尖りも抑え目だし、ハーフエルフかも。

 巨乳とエルフのハイブリッドか!!!


 彼女が一度軽く笑ってから、話しかけてきた。

 何もかもが可愛い。

「あまり見ない顔だけど、この町に来てまだ日が浅いの?」

「ええ、浅いも何も今日ここに運ばれてきたんです」

「運ばれてきた?」

「実は……」


 俺が異世界から転生してきたということと、1日に1度だけ生き返れること以外は 全て正直に話をした。ああ可愛い。


「運が良かったのね」

「ホント自分でも驚いています」

「それにしても、この町にやってきてすぐにライトブリンガー家とヒブリア家と関わりを持つなんて、あなたとんでもない人ね」

「ええ……、そうなんですか……?」


 彼女が軽く握った指を口にあて、笑った。

 あ、こういう笑い方もするんだ。かわいいな。


「あら、ついつい質問ばっかりになっちゃってごめんなさい。自己紹介もまだだったのに。私の名前は、『ララー・エピカ』皆からはララーって呼ばれてるわ」


 ララーさんか。名前も可愛いな。ちくしょう!!

 あ!


「あ、俺は小牧長久手ヒロトっていいます」

「コマキナ……、えっと」

「すみません。ヒロトって呼んでください」


 ララーさんがまた口に手をあてて、笑った。可愛い。


「ありがとうね。ヒロトくん」


 ヒロトくんって呼ばれちゃったよ~。女の子に名前呼ばれたのっていつぶりだろ。

 やべー! モテ期到来か!?


「ヒロトくんはどこから来たの?」


 うおー! そういう設定のこと何も考えてなかった。とりあえず、異世界の定番で……。


「東のそのまた東からですね」

「東?」

「ええ、東の果てといいますか……」

「東の果て? ヒロトくんまさか……!!」

 

 朗らかだったララーさんの表情が少し曇ったように見えた。

 あ、やっべ。これ禁句ワードかよ


「果てって言っても、ララーさんが思われた程の果てじゃないと思いますよ」

「ああ、なるほど。でも、それなら何か特別なことができるんでしょ?」


 うーん……。この質問の意図が何を意味するのか……。ララーさんももしかして転生者?

 いやいやエルフだしな。いや、ハーフエルフか。そんなこと今は関係ない。恐らくララーさんは純粋にこっちの女性なんだろう。

 ここは無難に……。


「特別なことって言っても、俺の場合半端者ですからねぇ。ははは……」

「まぁ、そうか。見た感じ若そうだし。ところで、ヒロトくん、これから住む所どうするの?」

「いつまでもグティエレスの家に厄介になるのも申し訳ないし、どこか住むところを借りたかったんですけど、お金もないし……」

「お金が、ない……?」

「あ、ああ! 襲われた時に取られちゃったみたいで」

「あら~、かわいそうね」


 やっべー! 危なかった。


「ヒロトくん。君が嫌じゃなかったら、ウチに住まない? 衣食住に不便しないと思うの。仕事は勿論してもらうけど、冒険者としての依頼をこなしてもらうのは大丈夫だし、どう? 迷惑かしら?」


 こ、これは!! いわゆる逆プロポーズ!?

 ゴーーーーーール!! 全俺、ありがとう! そしてさようなら。過去の俺。

 「月が綺麗ですね」ってぐらいミスリードし易い表現だったが、俺は見逃さなかったぜ!!

 俺はこれからララーさんと一緒に暮らしていくよ!

 長かった。暗闇の中俺はどこに向かうかも分からないトンネルの中を日々歩いていたんだって、そしてそのトンネルを抜けたら、ララー・エピカというキレイな未来の妻がいたんだって、今なら分かるよ。

 ありがとう! そしてさようなら! 過去の俺!


「ヒロトくん?」

「あ、ああ!! め、迷惑なんてそんな! そんなことまでさせてもらってもいいんでしょうか」


 ドキドキ。


「迷惑なんて。ここも人が足りなかった所だし、部屋も1つ空いてるから好きに使ってね。所長はほとんど来ないけど、代理みたいになってる人がいるから、後でまた紹介するわね」


 住み込みで働くってことかな? もしかして、それだけのこと……?

 いやいや、きっと恥ずかしいのかな? 所長なんてキーワードも出しちゃって。

 かわいいな。ララーさん!


「じゃあ、今日さっそく歓迎会を開きますね、そのつもりでね。うふ」

「あ、でも俺グティエレスの家に何も言わずに出ていっちゃってるし。荷物らしい荷物は置いてないけど」


 ララーさんが小刻みに数度頷いた。この感じも可愛いな。


「それなら安心して。ある人にその件は話しておくわ」


 ある人?


「不安そうな顔、かわいい。ふふふ。そんなに心配しないで。今日から住み込むことも含めて、グティエレス様のお屋敷へも急使を送っておきますわね」

「そんなことまで頼んでいいんですか?」

「ふふふ、ヒロトくん。ここで依頼を出すわ」

「そっか。そうでしたね」


 ここはララーさんにお任せしよう。はぁ~かわいい。

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