1-4

「しっかりするのじゃ。どうしたんじゃ?!」

「サラ様、今は揺らすのは得策とは言えません」


 サラが身体に触れようとして、金髪の兵士が手で遮ったようだ。


「では、どうするのじゃ? この者は私を助けてくれた恩人なのじゃぞ。グティ」

「それはそうですが……」


 グティと呼ばれた金髪の兵士が辺りを見渡す。


「この夥(おびただ)しい量の血をこの者は流したのです。先ほど立っていたことさえ奇跡としか言いようがない」


 このグティという兵士、俺の血の量を見て言っていたのか……?

 痛みで声も出ねぇ。くそ声さえ出れば……!!!


「グティ待て。私がこの者に会った時点ですでに血は出ておらぬようじゃったぞ」

「それは誠ですか?!」

「こんな時に嘘を申してどうする」


 グティが身体に触れてきて、ゆっくりと俺を仰向けにした。

 腹部を確認しているようだ。


「し、信じられない……。こんなにも血を流しながら、立ってさえいた。そして今はもう血も止まっている」

「そちが信じられぬことでも、現実としてこの者は生きておる。恩には報いるべきじゃ」


 グティが力強く抱き上げてくれた。

 荷台に載せられる。馬車が走り出した。

 揺れが気になったが、睡魔の方が勝ち、そのまま眠ってしまった。



■ ■ ■ ■



 意識が戻った。ふかふかとした暖かいものの中に入っているのが分かった。

 恐らく毛布だろう。

 毛布を嗅ぐと、外に干したであろう日の光をいっぱい浴びた匂いがした。


 こんなに気持ちのいい布団で寝たのはいつぶりだろうか……。


 ゆっくり目を開けると、白い部屋にいた。

 寝たまま辺りを見渡した。

 メイドのような格好をした若い女性が椅子にすわったままでテーブルに肘をついて、ウトウトとしていた。

 その寝顔をぼんやりと見つめていた。

 メイドの女の子がふと目を覚ました。辺りをキョロキョロとし、俺が起きていることに気付いたようだ。


「ああ!! ほんとだ! 生きてたぁ~!!」


 間の抜けたような声でひどいことを平然と言ってのけてきた。


「ご気分はいかがですか?」

「うん、悪くない。この毛布は君がいつも干してるの?」

「ああ、はい。何かお気に召しませんでしたか?」

「いや、いい匂いがして、とても気持ちが良かったと思ってね」

「それはそれは」


 そういうと、メイドの女の子は水をコップに入れ、手渡してきた。


「なんでもおっしゃって下さいね。身体が治るまでこちらに滞在していただくよう、ご主人のグティエレス様より仰せつかっていますので」

「グティ……エレス……? サラという女の子は分かるんだが」


メイドの女の子が口に手をやり、驚いたような表情をした。


「まぁ、そうでしたわね。あなた様はライトブリンガー家のお譲様をお救いになられたのでした」

「そ、それはサラという女の子のことか?」


メイドの女の子がニコリと笑い、頷きながら、


「ふふ。ライトブリンガー家のご令嬢と知らずにお救いになられていらしたんですね。あなた様の欲の無さがグティエレス様もお気に召されたのかもしれませんわ」


手渡された水の入ったコップに少し口を付けた。

水は沁み渡るように身体中に広がっていくように感じた。


「そのグティエレスという人は……、もしかしてあの金髪のイケメン兵士のことか?」

「イケメン兵士ですか。グティエレス様はさぞお喜びになるでしょうね」

「サラという女の子にグティと呼ばれていた……と思う」


 水を勢いよく飲み干した。

 メイドの女の子が手を出してきたので、飲み干したコップを渡した。

 メイドの女の子は受け取りながら、笑顔を向けてくれた。


「そうですわね。ライトブリンガー家とヒブリア家は古くから縁の深い良家ですから」


 グティエレスっていう金髪兵士はヒブリアって姓なのか。それでサラって女の子がライトブリンガー。


 …………俺、なんで寝てたんだっけ…………。

 そうだ!! 腹を傷!


 布団をめくり、着ていた服を上げて腹部を覗き込んだ。

 傷のあった腹部には大きなカサブタのようなものができていた。

 指でカサブタをめくろうとしてみたが、まだ取れるような状態ではないようだ。


 顔を上げると、メイドの女の子が自分の手で目を覆っていた。


「あ、あの私は、そういった奉仕は行っておりませんでして……!!」

「へ?」

「え?」

「あ」


ギュルギュルルルルルルーーー

腹が鳴った。


「な、なにか食い物をもらえますか?」

「はい……」


 メイドの女の子が申し訳無さそうな表情で頷いた。

 俺かっこわるー!!


■ ■ ■ ■


 未だかつて食べたことのないような豪華な朝食が出てきた。


「病み上がりなんですから、残しても構いませんよ」


 メイドの女の子が笑顔で覗き込むように言ってきた。

 なんだか照れてしまい、声が出ず頷くだけ頷いていた。


 それよりもこの食事は……。


 今はそっちの欲より食欲が大いに勝っているらしい。

 この卵が小さなコップのようなものに乗ったもの。こんなの貴族の食べ物の象徴のようだ。

 朝なのに焼いた肉もあるよ。焼き肉っていうよりステーキのような…。

フルーツもピンク色のブドウみたいなものに、メロンかな?これもピンクだな。みかんっぽいフルーツもピンク……。フルーツは全部ピンクかな。


 ブドウの皮を剥くと中は薄いピンク色だった。


 結局何もかもピンクなのね!! 美味さは異常だけど!

 こんなに美味いフルーツ喰ったことないよ!

 咀嚼すると、身体の中から熱いものが湧き起ってきた。


 食欲が止まらず、バクバクと喰い続けた。


 起き抜けなのにこんな脂っこそうなステーキ、でもサラッと溶ける!

 肉を喰うとより、身体の中が熱くなるのを感じた。

 また卵に目をやった。

 この卵はどう食べたらいいか分からん! でもたぶん美味いんだろう!!


「そ、そんなに食べて大丈夫ですか?! 昨日あんなにお腹が痛そうになってたんですよ?!」

「べいびべいび。ばだべっでどぅがだ(平気平気。腹減ってるから)」


結局朝食を全て食べ尽くした。


「ふぅ~。ごちそう様」

「すごい食欲でしたね!」


 メイドの女の子がニコニコしながら、食器を下げた。


 腹部をまた覗いてみると、カサブタが取れそうな気がした。

 カサブタの端っこをコリコリやってみると、浮き上がり、そこからキレイに剥がれた。

 血も出ていなかった。


 こ、これは……。

 身体の治癒力が高まっているんじゃないか?


 カサブタが剥がれ、キレイになった腹部を撫でていると、食器を下げ終わったメイドの女の子が入口から顔だけを出し、こちらをそっと覗き込んでいた。


「な、なにをしてるんですか……?」

「い、いやぁ~、カサブタがキレイに剥がれたんだ」

「え?! 嘘!」


 メイドの女の子が急接近して、マジマジと腹部を覗き込んでくる。

腹部に手を当ててきた。


「ほ、ホントですね。昨日はあんなに痛そうだったのに……。今日カサブタになって、しかもそのカサブタまでが剥がれるなんて……」


 そう言ったままメイドの女の子は、無言で腹部をスリスリ撫で続けている。


「あ、あのぉ~……」


 しかし、聞こえていないようだ。


「もしも~し」


 弾かれたように顔を上げるメイドの女の子。

 我に返って、距離を空ける。

 聞こえるか聞こえないかの声で「すみません」と呟いた。


 なんだか、気まずい空気になったので、とりあえずカーテンを開けてみることにした。

 外は気持ちいい程晴れ渡っていた。

 大きな庭が広がっている。真ん中には噴水もあるようだ。

 花や緑にも手を入れてあり、この家が金持ちの家なんだと改めて実感した。


「グティエレスって人、いい生活してんなぁ~」

「お金持ちではありますが、大変苦労はされていますよ」

「そんなもんか」


 また窓から外を見てみた。


「町はここから近い?」

「歩いて、10分ぐらいでしょうか」


 背伸びをした。腹も一杯になったし、もう腹の痛みもない。

 見知らぬ町で、俺のことなんか誰一人知らないこの世界がどんな町なのか見てみたくなった。

 こんな気持ちは、あっちではあまり実感したことがなかったような。


「ちょっと外に出てこようかな」

「見た目、傷は治ったみたいですが、本当に大丈夫ですか?」


 腹を出して、腹を軽く叩いて見せた。

 メイドの女の子は慌てて、また距離を取りながら、服を置いていった。

 去りながら、「お腹冷えますよ」と小さく呟くのが聞こえた。


 置いてくれた服はこちらの平民が着る服のようだったが、まだ新しく俺の為に用意してくれたように思えた。


「さて、町に散策にでも行きますか!」

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