1-3

 さすがに俺のウインナーはこんなにも長くないだろうから、ウインナーってことはないだろうけどって、また下ネタかよ。

 多少のワクワクを感じながら、下を向いた。身体にぶら下がっていたのは、あまり見覚えのないものだった。ただ見た目は気持ち悪いのは確かだ。


 赤い。いや少し白いか。この赤さは血か?

 ホースみたいな……? いや違うな。

 

 触ってみると、案の定ヌルヌルとしていた。そして、べっとりと付着しているのは血で間違いないだろう。先ほど死ぬ前にドクドクと血が溢れ出ていたから、あれが付いてしまったんだろう。


 しかし俺はこれに似たようなものを見たことがある。そうだ焼肉で食べたホルモンだ!

 一度は死にかけたのに俺ってやつは、もう食い物を連想しちまうのか。

我ながら鈍いやつだぜ。

 ホルモンがぶら下がっている根元を触ると、腹に繋がっていた。

 よくよく見ると、ホルモンは俺の腹の中から出てきていて、このホルモンはホルモンでも牛や豚ではなくて、俺自身のホルモン!


「うほほーーーーいいいいぃぃいいいーーーーーー!!!!!」


 声を上げてしまった。馬車で去って行こうとしていたトカゲ男に気付かれた。


 ヤバい!


 トカゲ男が馬車を降りて近付いてきた。

 慌てていた。もう一度切られてしまったら、俺はもう生き返ることができない。

 相手は俺を見るなり殺し損ねたと思って、また斬りかかってくるだろう。どうすれば……!!


 「貴様、なぜ立っている」

 「あ、いやそのこれは、あの」


 何も言葉が出て来なかった。手持ち無沙汰なのもあり、ぶら下がっていた俺のホルモンを手繰り寄せて指に巻いたりしてしまう。昔、再放送のドラマで見たOLが固定電話のコードを指に巻かせるように。


 ネコ科の獣顔の兵士も近付いてきた。


 ヤバい。ホントにヤバい。絶体絶命の状況。どうすればいいんんだ。


 なぜ?! なぜ?!

 こんなにも死に直面した状況なのに、俺はなぜ、なぜ!自分のホルモンを指に巻いているのだろう。

危機的状況に反して自分の仕草が意外にもほのぼのとしている、相反する行動になぜか照れてしまった。

 

「えへ」

 

 もう長く伸びたホルモンが、いやそもそもホルモンは固定電話のコードよりも全然太い。したがって途中から指じゃなくて腕に巻いてしまっていたのだけど、腕にホルモンを巻いたまま、なぜか照れてしまった。

 すっごいベットベトしているはずなのに、そんなことも気にせず、なぜか照れてしまった。


 トカゲ男たちも唖然とするしかないようだ。


 「お、お前、なんでそんな状態で生きてられるんだ?!」

 「腕に巻くとかさすがにおかしいですよね?」


 トカゲ男の顔が曇った。ヤバい。俺、なんか会話のアンサーを間違えたのかもしれない。

 「お前、自分のホルモンをユニークに使い過ぎだろ」とかそんな類の質問と思えてしまって、咄嗟にしかも半分照れながら、意味不明なアンサーを導きだしてしまった。

 絶対「アイツ何言ってんだ」って顔してるよ。ほら。


 とりあえず、このホルモンがあると、俺も上手く会話ができそうもない。会話をしなければ、殺されるかもしれない。相手の警戒心を取り除くなんだ。こんなホルモンを腕に巻き巻きしてる奴だが、無害なんですよ。とアピールしなくては。

とりあえず時間を伸ばすんだ。

 とりあえずこのホルモンは邪魔だな。痛みも特にないし。

 パニックって「とりあえず」多用しちゃってるよ。


 よし、気持ちを切り替えて、痛まないことを願いながら……。


「お前! 一度出てきた腸をまた自らの身体の中に入れるのかっ!?」

「えへへ、じゃ、邪魔なんで」

「そういう問題かー!!」


 よし、なんとか会話が成り立ったぞ。この間にホルモンをしまっておこう。

 あ、でもやっぱりちょっと痛いわ。ホルモン引きちぎるのも怖いし、見えたままでも気持ち悪いし、もう仕方がないよね。

 

「よし、これで大丈夫」


 一歩退いたトカゲ男にネコ科の獣顔の兵士が耳打ちをした。


「アンデット?! まさか、存在するとは」

「そうとしか考えられん。あんな状態になっていれば普通は即死だ」

「いやアイツは一度死んでいた。俺は確認した」

「だからこそだ」

「こんな平和ボケしたアホそうな面をしているのにか?」

「アンデットだからそうなんだろうよ。死に無関心になっているのかもしれん」

「なるほどな。こんな奴を相手にしていては時間ばかりがかかる。という訳か」


 兵士たちがゴニョゴニョと話している時、ネコ科の獣顔の兵士の耳がピクリと動いた。


「やつら、すぐ近くまで来ているぞ。馬車なんぞでは追いつかれてしまう」

「くそ! ここまでか。こんな死に損ないに会わなければ……!!」


 トカゲ男が睨んできた。

 その眼光に怯えてしまったが、殺されない為に、そして友好に関係を保つ為に、俺は日本人に代々伝わる特能を発動した。


―――愛想笑い―――


 愛想笑いには、何の感情もない。ただ、敵意がないことを示そうと日本人が編み出した特殊能力だ!


「何笑ってやがる。死にぞこないが」


 そして、第2の特能! 『相手の意見をそのままオウム返し&頷く』

 同意からは争いは生まれない!!!


「ええ、へへへ。死にぞこないですとも。ええ」


 トカゲ男が舌打ちをし、兵士2人が離れて行った。馬車から繋がった馬の革紐を切り、馬にまたがり去って行った。


 「よ、よかった……!!」


 殺されなかった。あいつら俺をアンデットだと勘違いしていたようだ。

 ホッと一息をつくと、今になって膝が震えてきて、立てなくなった。

 座り込んだ。

 しばらくそのまま佇(たたず)んでいた。痛みは続いているが、それ程気にはならない。


 その時、複数の馬蹄が聞こえてきた。

 また奴らが戻ってきたのかもしれない。

 そう思ったが、奴らが来た方向から5人程の騎馬がやってきた。

 奴らを追っていた連中なのかもしれない。


 一人が馬車の荷台に入っていた。

 他の4人は騎乗なまま待機をしている。明らかに一番高価そうな朱色の甲冑を身に纏った一人が被っていた兜を脱いだ。

 金色(こんじき)の長いストレートの髪が弛(たゆ)んだ。


 一瞬、女性かとも思うほど整った顔をしていたが、眼光が鋭く、険しい眉、やや角ばった頬を見ると男性なのだろう。しかも偉いだけではなさそうだ。相当に強そうに見える。


 馬車の荷台から兵士に手を取られ、一人降りてきた。

 こちらは女性のようだ。いや、少女という年齢か。

 白いショートケーキを思わせるような赤色が所々アクセントで入ったドレスを身に纏っていたが、ドレスは少し汚れていた。

 先ほどのトカゲ男たちに何らかのかたちで攫われたのであろう。

 少女の髪も金色(こんじき)に輝いていたが、こちらは溶けるに髪の1本1本までが輝いてみえた。金色の髪の毛が透けるように白い肌によく似合っていた。


 少女が荷台から降りるのと同時に金髪の騎士に跳び付いた。


「そち、私を護ると言っておったではないか」

「申し開きの言葉もありません。ただ、サラ様のご無事が分かり安堵致しました」


 サラと呼ばれたその少女は、金髪の騎士が言い訳するわけでもなく、自分の身の安全を慮ってくれていたことに、怒りの矛先をどこに落とせばいいのか分からないようなムッとした表情をしながらも、頬が赤くなっていた。


「ところでサラ様、なぜ馬車のみになっているのですか?」

 

 サラという少女が俺に指を差した。


「あの者が助けてくれたのじゃ」


 サラが少女特有の跳ねるような歩き方で近付いてくる。

 サラがしゃがみ込み、俺の腹部をマジマジと近距離から見つめてきた。


「穴が塞がりかけておる。やはり死んでおらんの」


 その言葉に慌てて自分で腹部を見た。腹部に穴は開いているものの俺のホルモンが出入りしたとは思えない程、穴自体が小さくなっていた。


「サラ様、この者が……」

「そうじゃ、身を挺して私を助けてくれたのじゃ」


 朱色の甲冑を着た金髪の騎士が近付いてきた。

 だが、また眩暈がしてきた。そしてジワジワと痛みが蘇ってきた。


「痛い! 痛い痛い!!!!」


 俺はその場でうずくまるように倒れ込んでしまった。

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