1-2

 遠くから何かが近付いてくるような音とも言えない音が聞こえてきた。

 結局は音なのだが。


 こういう時は、地面に耳を付けて音を確認するんだっけかな。マンガでそんなことをしていたような……。


 馬蹄が近付いてきているように感じた。

 馬蹄の振動が乱れたようにも思える。複数頭いるのかもしれない。

 馬か。今の俺を試す為には、ちょうどかもしれないな。


 おっと、そういえば、武器もあると神が言っていたな。


 ポケットをまさぐり、足元も探してみた。

 光る小さなものがあるが、まさかこれじゃないだろうな。


 手に取ってみた。うん。柄の部分は良いんだよ。柄の部分はね。

 神がくれただけあって、持ち手部分の柄は格調もデザインも俺好みで、申し分はない。

 ただ、なんだこの刃の部分は。


 刃は5㎝もない程で、柄と比べても圧倒的に短い。これを武器というのかさえ怪しいと思えてしまう。

 良いモノなのかもしれないが、研ぎに研いだ、以前は偉大な剣だったという過去を持つ、ただのアンティーク雑貨みたいなものじゃないのかと疑ってしまう。


 もっと腹立たしいのが、この極小の刃物にぴったりサイズの鞘だ。これは嫌がらせか?

 研ぐ度にこんなにも豪華な鞘を作っていたのだろうか。

 鞘には職人の技だからこそ成せる凹凸おうとつがあった。それを指でなぞった。きめ細やかで丁寧な仕事が一層皮肉を含んでいるように思え、腹立たしかった。


「神のやついやがらせを……!!」


 そうは言っても、俺はチート能力を手に入れたどこにでもいる普通の現代人だ。馬が近付いてくるこのかっこうの機会を逃す訳にはいかない。

 剣はとりあえず、ポケットにしまい込んだ。情けないが、入ってしまうんだ。高そうな剣がポケットに。困ったものだ。神も。


 俺は、昔バブル時代にしていた再放送のドラマであったシーンのように、馬車の前に飛び出した。


「怪しい馬車止れ~」


 両手を広げて馬車の前に立ち塞がった。

 馬が驚き、棹立ちになり止まった。馬が棹立ちになったことで、馬車の操縦者が振り落された。

 操縦者は地面に勢いよく身体を打ちつけ、気を失った。


 あらあら。腕試しもできず、こんなに呆気なく始めのミッションが終わっちまうのか。

 俺が安心していると、馬車に繋がれた幌ほろで覆われた荷台の中から人影が2人現れた。


 なに?!


 客車から出てきた1人は全身を毛に覆われたネコ科の獣と、もう1人はトカゲのような皮膚と顔をしていた。

 鉄の甲冑を身に纏い、腰に西洋の両刃剣をぶら下げている。


 獣人……!?


「おい、なぜこの馬車を止めた。この荷を知っているのか?」


 獣人の兵士2人が近付いてくる。


「い、いや、知ってるというか……」

「怪しい奴だな。始末しておくか」


 爬虫類顔の兵士が剣を払い、近付いてくる。


「ちょっと待ってくれ。話せば分かる。なあ! なあ!!」


 あまりの出来事にポケットの中を探した。心地良い掴み心地がしたものを引っ張り出した。


「なんだその剣は?」


 トカゲ男が俺を指差して嗤わらっている。奥の方でネコ科の獣顔の兵士が腹を抱えている。


 ちくしょ~~~!!!!!


 トカゲ男が嗤ったままさらに近付いてきた。


「はあ~、笑った笑った。とりあえず殺しとくか」

「遊ぶんじゃないぞ。今は時間が惜しい」

「分かってる」


 俺は殺されるのか……?

 咄嗟に刀を抜いた。5㎝にも満たない刀が姿を現した。

 すごく滑稽だ。

 しかし、トカゲ男はクスリと嗤おうともしない。目が別のものでも見ているように。


「早く済ませろよ」

「ああ、分かってる」


 なんて、事務的なやりとりなんだ。

 どうにでもなれと思い、俺は情けない程に短い刀を振り回した。


 あああああああああ!!!!!!!


 頭に衝撃がきた。

 トカゲ男が刀の柄で頭を小突いてきた。

 脳震盪でふらつきながら倒れ込んでしまった。

 一瞬記憶が飛んだ気がした。

 すぐさま目を醒ますと、自分が仰向けに転んでいることに気が付いた。

 前を、いや寝転んでいるので、上を見るとトカゲ男が俺をまたいでいた。

 その態勢にままで剣の柄を大きく引き上げている。


「目覚めたか。少々痛いが、気にするな」


 いや気にするって……!!!


 ――――そう声に出そうとした



 グサッ!!!!!!



 強い衝撃とともに腹に未だかつて感じたことのない激痛を感じた。

 腹部に無機質な冷たいものが深く押し込まれてきた。

 剣が入っていく度に腹部から暖かいものが溢れてきた。


「ああ、ああ……」


 あ、ああ……。い、いた……


 腹部に力が入らず、声が出ない。


 痛い、すごく痛い。それに思っていた痛さとも違う。なんだこれ、ああそうそうあれだ。下痢の時のような感じだ。ああ、これは下痢だ。すげー痛い。やばいやばいやばいって。


「あらよっと」


 トカゲ男が大根でも引っこ抜くような調子で剣を抜いた。と、思う。

 腹部から暖かいものがもっと溢れてきた。

 今ドクドクと勢いよく溢れてきている暖かいものが何であるか、薄々とは気付いている。でも、それを口に出すと痛さが増すような気がして……。


「おい、早くトドメを刺せよ」

「いや~、剣がコイツの血で汚れちまってよぉ」


 トカゲ男が噴き出すように笑い出した。


「コイツ腹から血をドクドクドクドク出しまくってるぜ~」


 俺がこのドクドクを血だと思わないようにしていたのに、このトカゲ男め。

 痛い痛い!!


 ネコ科の獣顔の兵士も口だけで嗤っている。

 トカゲ男は俺の服で剣についた血を拭っていた。


「放っといても死ぬか」

「そうだろ? それに腹からドクドク血が出まくるのを見るのも面白れぇだろ?」


 おいおい。笑いごとじゃないよ。

 死ぬのってこんな感じなのかな。もう痛くもなくなってきた。

 身体中の血がなくなってしまったのか、さっきまで勢いよく溢れていた血が出て来なくなった。


 鮮やかだった視界から少しずつ色が抜けていく。

 色彩が単調なものになり、赤一色になった。そして視界が暗くなった。


 トカゲ男の耳障りな嗤い声だけが耳に届いてきた。


■ ■ ■ ■

■ ■ ■ ■

■ ■ ■ ■

■ ■ ■ ■


 胸の鼓動の音があまりにも大きいので、慌てて目を開けた。

 まだ腹のあたりが痛いような力の入らないような感覚は残っている。

 視界に広がるのはキレイな青空で、ただ木の枝葉がそれを覆っている情景だった。

 それで自分が仰向けに転んでいるんだということに気が付いた。


 腹部に暖かい感覚はないので、もう血も止まったのだろう。

 しかし、血独特の鉄っぽい臭いが鼻を刺す。腹を刺されたからなのだろう、血に混じって、吐瀉物としゃぶつのような臭いもあった。それが一層気分を悪くしている。

 肘をつき、ゆっくりと起き上がろうとする。やはりまだ腹部に痛みが残る。


 神の野郎、一度は生き返れると言っていやがったが、痛みは残ってるじゃねぇかよ。

 生き返って、初めの感想は『サイアク』だ。最も悪に近い感情を抱かざるにはおえない。


 起き上がると、血が多く減ったからなのか、少しよろけてしまった。

 よろけた時に、何かが自身の下半身にぶら下がっている感覚があった。


 前方を見ると、木の向こうに馬車がまだあることに気付いた。

 それ程時間は立っていないのかもしれない。

 馬車の操縦者が伸びたままのようで、トカゲ男が馬車を操縦しようとしていた。


 俺が生きていること、アイツらには気付かれてなさそうだ。

 それよりも、この何かぶら下がっている感覚は何だ?

 あえて下を向かずに考えてみるか。


 蔦つた? いや木の枝か? もしや蛇? いやいや、これはトイレットペーパーの芯を繋げた工作物のような……。


 そんなのじゃあない。もっとこう……、そう昔N○Kの教育番組で見たウインナーを作る工程の映像を見た、分かれる前のウインナーがぶら下がっているような…


 おいおい、「ウインナーがぶら下がっている」って、そりゃもう下ネタだぞ。


 一度死んだ身体だ。蛇とか虫がぶら下がっていても、それ程驚かないだろうぜ。いや驚くかもだけど……。

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