写らない

北きつね

第1話

 彼女は、今日も来ている。彼女が持つには、少し古いカメラを持っている。


 そのカメラで、決まった時間に、決まった方向を一枚だけ撮影して帰る。彼女の日課になっているようだ。


 彼女が撮影しているのは、普通の・・・日本中探せば、どこにでも有るようなガードレールだ。T字路になっている場所で、左右が見えるように、カーブミラーが設置されている場所だ。信号は無いが、細い路地には、一旦停止の標識がある。彼女は、細い路地の桜の下から、カーブミラーが設置されている路地のガードレールを撮影している。


 僕が知っている限り、彼女はあのガードレールを撮影し始めて、3ヶ月近くが経っているはずだ。


 僕は、今日彼女に声をかけてみる。


僕「ねぇ毎日撮影しているけど何を撮っているの?」

彼女「写らないの・・・だから、毎日撮影しているの」

僕「写らない?」

彼女「うん。ここにね。パパとママとユウが写るはずなんだよ」

僕「え?」

彼女「だって、未練があれば、この世に残るのだよね?」

僕「え?」

彼女「パパとママとユウが、私を残して居なくなるのに、未練が無いはずがないよね?」

僕「あ!」

彼女「なに?パパとママが見えるの?見えるのでしょ?私の事、私の・・・ほら、だって、毎日、同じ時間に、ユウを迎えに行ってここを通るよ。だから、私・・・パパが大事にしていた、カメラで、私をたくさん撮って、ユウをたくさん撮って・・・だから、今度は、私が、パパとママとユウをたくさん撮ってあげることにしたの・・・なんで、なんで、なんで、ねぇパパとママとユウが見えるのでしょ?教えて、どこに居るの?ねぇ?教えてよ!!」


 掴まれた彼女の手を振りほどく事ができなかった。

 真っ直ぐに僕を見る目に、涙が流れてきていない目に、何を言っていいのかわからない。


 彼女が撮影し続けたのは、ガードレールでもカーブミラーでも無かった。

 飲酒運転の車にはねられて、死んだ大切な人の写真を撮影していたのだ。


 4ヶ月前に、19歳の男が、飲酒運転の挙げ句に、父親と母親と一緒に居た子供を巻き込んで、ガードレールに激突した。

 運転していた男は、車を乗り捨てて逃走した。車の中には、男が飲んだと思われるサワーの空き缶が多数転がっていた。その後、少し先で倒れて動けなくなっている所を警察に捕まった。


 彼女は、僕が答えを持っていない事を悟ると、何も言わないで、カメラをガードレールに向けて構えてから、ニッコリと笑ってからシャッターを切った。


 そして、彼女は明日も撮影に来るだろう。

 家族が最後に居た場所を、家族を失った場所を、1人になってしまった場所を撮影するために・・・。


 涙を流さないで、僕を問い詰める彼女に、僕は告げる言葉が用意できない。彼女は、これからも1人で撮影を続けるのだろう。僕は、彼女に何ができるのだろうか?


 今度、僕は彼女に告げてみる

僕「ねぇ僕がシャッター切ろうか?君と一緒なら、お父さんとお母さんと弟さんが写るかもしれないよ?」


 彼女が何ていうのかわからない。

 でも、僕は彼女が望む”者”が写るまで何度でも声をかける。


 兄がしでかした事の罪滅ぼしにはならないのはわかっている。わかっているが、僕にできる事は何もない。


---

僕「ねぇ」

彼女「なに?」

僕「昨日も写らなかったの?」

彼女「・・・うん」

僕「君が一緒じゃ無いから写らないんじゃないの?」

彼女「え?」

僕「だって、君のお父さんとお母さんと弟さんは、君と一緒に居るのだよね?」

彼女「・・・うん。でも、私・・・嫌われていたかも・・・」

僕「そんな事ないと思うよ?」

彼女「どうして?私に見えない・・・写らない・・・私・・・」

僕「ねぇ僕がシャッターを切ろうか?君と一緒なら、お父さんとお母さんと弟さんが写るかもしれないよ?」

彼女「本当!」

僕「うん。でも、君のカメラは大事な大事なお父さんの物だよね?」

彼女「・・・うん」

僕「だから、明日また来て・・・僕もカメラを買ってくる。それで、君とご家族を撮ろう」

彼女「いいの?」

僕「もちろんだよ。君とご家族が笑っている写真が撮れるまで、何度でも何日でも僕が付き合うよ」

彼女「・・・」

僕「だから、君のその大事な大事なカメラ・・・少しだけ休ませてあげようよ」

彼女「・・・うん。そうする。でも、でも・・・最後に一枚だけ、お願い・・・パパとママとユウと一緒に撮影して欲しい・・・けど・・・ダメ?」

僕「僕でよければ、撮影するよ」

彼女「お願い」


 僕は、彼女が望むままにシャッターを切った。

 彼女は僕に・・・違う、ファンダーの奥に写るはずの父親を母親を弟を思って、笑いかける。


 僕は、彼女の泣きそうな笑い顔を忘れる事ができなかった。


 その日、貯めていたバイト代を全額おろして、彼女と約束したカメラを買いに行った。店員に聞いて、素人でも扱えるカメラを20万かけて購入した。

 金銭的な事で償いができるわけではない。僕は、これから毎日彼女を撮影し続ける。


---

「ねぇ」

「なに?」

「ありがとう」

「どうしたの?」

「あの時声をかけてくれて」

「・・・うん。でもそれは・・・」

「わかっている。5年・・・6年目だっけ?」

「そうだったね」

「うん」

「でも、君・・・知っていたよね?」

「うん。最初は・・・解らなかった・・・でも、親切な余計な事をいう人に教えてもらった」

「そうだったの・・・ゴメン。黙っていて」

「いいよ。全部許してあげる」

「ありがとう」

「そのかわり」

「うん。わかっている」

「よろしくね。旦那様」

「こちらこそ。奥様」


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写らない 北きつね @mnabe0709

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