第3話

「おいお前。聞いているのか!?」


 はっと我に返り、目の前に立つ教官に顔を向ける。

 とても不機嫌そうな顔をしている彼を見て僕はすぐに弁解した。

 教官は侮蔑するような目で見てくる。

「ったく。資格も持ってないクズがいい気になるなよ」

「すみませんでした……」

 すぐに謝ったおかげでそれ以上の追及はまぬがれた。

 それから教官は声を荒げながら今日の授業の説明を再開した。

「いいか。今からお前達には男女二人ずつのペアを作ってもらう。そしてペアごとにお互いの良いところを十個見つけろ。制限時間は三分だ。始め!!」

 僕ら生徒、もとい無資格者達は一斉に立ち上がり、異性を求めて教室内を歩きまわる。徐々にペアができていき、一分もしないうちに全ての男女がペアになった。

 そしてすぐに教官の命令に従って互いの良いところを褒め合う。


「君はとても美しい」


「あなたの笑顔が素敵」


「優しそうだね」


「なんでも知ってそう」


 狭い教室内に浮ついた言葉たちが飛び交う。

 胃の奥から込みあげてくる吐き気をなんとかこらえ、僕は目の前にいる女の子の良いところを挙げ始める。


「かわいい」


「キモイ」


「頭が良さそう」


「バカ」



 女は僕をほめるのではなく貶してきた。それ以前にこちらを見ようともしない。

 それでも気にせずほめ言葉を彼女に語り続けた。

 しかし一向に彼女の口から僕への褒め言葉が聞こえてこない。

 互いに九つの言葉を交わしたところでようやく疑問を口にした。

「君はなにがしたいんだ?」

「なにもしたくない」

「いい加減にしてくれ! このままだと君も僕も反省室送りだ!」

 ノルマを達成できない者は反省室に収容される。

 たとえ僕一人で相手の良いところを十個あげたとしても、彼女がノルマを達成できていなければ連帯責任を取らされる。

「あなたにはノルマしか見えていないの?」

 その時初めて女が僕を見た。

 そしてはっきりとした口調で言った。

「あなたには人を愛する資格なんかない」

 女が放った言葉が僕の胸に深く突き刺さる。

「君だって僕と同じ無資格者ないじゃないか」

 教官が口にしたのと同じものなのに、どうしてだろう。

 目の前の彼女が何か言っている。僕もまたすぐに口を開いた。

「君には……ない」

 それが彼女に放った最後の言葉だった。

 気づいた時には、僕と彼女は教官に取り押さえられていた。

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