第107話『タイムリミット【Part2】』




 女性はルーシーに銃口を向けている。だがその銃口は定まっておらず、不安定――その原因は、構えている女性にあった。



 彼女の脚と肩が恐怖で震えていたのだ。



 これではいったい、どちらが場を支配しているのか分からない。銃口を向けているはずの女性が、明らかに弱腰なのだ。



 ルーシーも最初は困惑していたが、彼女の様子を見て、すべてを理解してしまう。



 スーツにネクタイを締めた女性は、間違いなくビジター。そしてそんな彼女がこの様子ということは、最悪の事態が起こったという事である。



 加えて、女性が手にしているライフルは、M1ガーランド。ビジターの持つテクノロジーからすれば、あまりに似つかわしくない、骨董品同然の武器だった。



 とにかくルーシーは、彼女を刺激しないよう、穏やかな口調で話しかける。



「私の名前はルーシー。ルーシー・フェイ。貴女を傷つけるつもりはありませんから、どうかライフルを下ろしてもらえますか?」



「今すぐ武装を解除しなさい!」



 ルーシーは語りかけながらも、ゆっくりとヘッドセットを外す。



「私達は武器を持っていません。敵意はないの。だから、ね? どうか落ち着いて――」



「落ち着いて? ふざけないで! これが落ち着いていられる状況?! あんた達のせいで、なにもかもメチャクチャになったのよ!!」




「信じられないかもしれないけど、それらを行ったのは私達じゃない。それを行った犯人――いえ、元凶は、すでにこの世界を去りました。私は彼を追います……いいえ、追わせてください!!」



「そんな嘘を信じられるわけが――」

 


 ビジターの女性が怒鳴り声を上げる。それに呼応し、彼女の指に力が入ってしまう――そして引き金がギキッと鳴り、危険な音を奏でようとしていた。




 その時―― 


 妖精のミーアが、その姿を顕現させ、女性の視界を覆う。




「ひぃ?!! な、なにッ?! なんなの!?」



 突然現れた妖精に、女性は半ばパニック状態へ陥り、恐怖に駆られて発砲してしまう。



 弾丸が跳弾するものの、幸い、誰にも当たらなかった。



 ルーシーは次弾を撃たせないよう、ヘッドセット投げて時間を稼ぐ。投擲されたヘッドセットが女性の頭に直撃し、「痛ッ?!」という短い呻きと共によろける。


 ルーシーはその隙に、女性が持つライフルに向かって手をかざす。M1ガーランドは、まるで砕け散るかのように、バラバラに分解されてしまった。


 わけも分からず、呆気にとられるビジターの女性。


 その隙を尽き、ルーシーは一気に距離を詰めた。そして女性が装備していたスタンロッドを、目にも留まらぬ疾さで腰からシュ!と奪い取る――ロッド先端部が、ビジターに突き押される。



「ごめんなさい!!」



 謝罪と共に、スタンロッドから電流が放出された。ビジターの女性は意識を失い、ルーシーにトサッと もたれかかった。



 ルーシーは女性を抱えながら、床に散らばっていたライフルを元の状態に戻し、ヘッドセットと共に拾い上げる。



「ミスターストライプさん! 残り時間は?!」


「4分47秒! 急いで! もう時間がないよ!」



 ヘッドセットを装着し直したルーシーは、ビジターの女性とライフルを背負う。そしてミスターストライプを小脇に抱えながら、区画コントロールセンター室から廊下へと出た。


 出口はすでに見えている――廊下の突き当りにある緊急用エレベーターに乗れば、ものの数秒で区画外へ脱出することができるだろう。



 ミスターストライプが、「がんばれ! がんばれ!」とルーシーを励ます。手足のない彼にできる、せめてもの慰めだった。



「ルーシー頑張って! 出口はすぐそこだよ」


「は、はい! 頑張ります!! エレベーターにさえ乗れれば! 助かるんですから!!」


「あのエレベーターは、区画外まで直通だからね! さぁ! 行こう!!」


「はい! ……――ふぅ、せーのッ!!」



 ルーシーは胸の痛みが再発しないよう祈りながら、気合を入れ、エレベーター目指して歩もうとした。



――――だがしかし。その出口が、なんの前触れもなく吹き飛んでしまう。



 重厚なドアがルーシーとミスターストライプの横をかすめ、壁と天井に突き刺さった。



 自爆装置を止めるためか……


 はたまた、ルーシー追撃を目論んだのか……



 エレベーターシャフトの中から、あらゆる物質を貪る存在――翡翠の侵略者が現れたのだ。



 まさかの事態。ルーシーは目の前の非情な現実を信じられず、顔を横に振りながら叫んだ。




「そんな! 唯一の出口なのに!!」


「閉じ込められた?! なんてことだ…… ルーシー! ここにいても危険だ! とにかく区画コントロールセンターへ戻るんだ!!」




 戻ってもどうにもならないことは、ルーシーは分かっていた。



 しかし廊下に立ち尽くしていても、翡翠の侵略者に食されるだけだ。少しでも距離を取るため、さっき出たばかりの室内へ戻る。そして焼け石に水と分かっていたものの、ドアをロックする。




 ルーシーは考える。区画の抹消――先程始動させてしまった時空転移装置を止めるか?



 いや駄目だ。



 この装置を止めても、自爆装置が作動している。そしてここから自爆装置を止めることはできない。距離的にもう間に合わないし、そもそも出口は翡翠の侵略者によって塞がれている。



 まさに四面楚歌の八方塞がり。



 このままでは女性のビジター含め、自分たち四人は全滅する。




 絶体絶命。もはや残されたものは絶望と分かっていたが、ルーシーはそれでも諦めなかった。クラウンの邪悪な笑み―― そして…… 病室で横たわる、ジーニアスの姿が脳裏をよぎったのだ。



――諦めてはならない。


 

 ルーシーは最後まで希望を棄てず、周囲を見渡し、突破口を模索した。




「こんなところで死ねない! なにか……なにか策があるはず!!」



 すると彼女の視界に、あるモノが映った――エアバイクだ。重力制御による三次元機動や、地上スレスレを飛行することができる旧世代のビークルである。



「急いでいて見逃していたけど、そういえばなんで……こんな場所に、エアバイクが? ここは建物の中なのに――」



 そしてルーシーはあることに気付く。 近くには工具ボックスと交換用の部品が入っているであろう、セルケースが数点置かれている。


 わざわざこんな場所で修理しようとしていたという事は、ここで、このエアバイクを使用するため。もちろん断言はできないが、その可能性は極めて高い。


 

「このエアバイクは、ここで使うために修理されていた。――……ッ?! そうか! この建物全体が冷却塔内部に造られている。外壁の目視点検のために、このエアバイクが使われていたんだ!」



 ルーシーは脳内にある区画のマップデータを引き出し、建物の外がどうなっているのかを確認する。



 しかし、ホロテーブル内の図面データには、冷却用ハッチが壁面に存在するのだが、実際には、冷却材循環ユニットが置かれていた。つまり図面と現実に差異があったのだ。



 集積回路の冷却材喪失に備え、外部が冷却塔になっているのは間違いない。



 加えてここは区画コントロールの中枢であり、周囲には膨大な集積回路が備わっている――つまりこの部屋から、外部へアクセス可能なハッチが、必ず存在するということだ。




「ルーシー上を見て! この部屋の中央真上に、冷却塔へ通ずるハッチがある!!」



「えッ?! 本当だ……真上にあって気付けなかった。きっと冷却ユニットを増設する際、ハッチを天井側に変更したんだ。だから図面と――……。ミスターストライプさん、これで脱出できますね!」




 ルーシーはエアバイクを分解させ、新品同様の能力を発揮できるよう修復させる。そしてエアバイクの後部シートを開け、中から緊急搬送用ハーネスを取り出す。これは、負傷者をタンデム搬送する際に使用する、固定具だ。




 ルーシーは女性のビジターを背負いながらバイクへ跨り、ミスターストライプを挟み込む形で、タンデムハーネスを用いて固定する。




「ミスターストライプさん、ごめんなさい! キツイかもしれないけど、無事に脱出できるまでの辛抱です!」



 ミスターストライプは窮屈そうな声で、問題ないと返答する。



「うぐぐ…… だ、だいじょうぶ。ルーシーには言い辛いんだけど、脂肪と乳腺組織のクッションが充分に機能しているから、こっちは平気です」

 


 ルーシーは、そのクッションがなに、、を意味するのかを察し、顔を赤くしながらエアバイクを急発進させた。


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