第106話『ある女性の独白』



 ビジターに家族という文化や風習はない。



 強いて似ているものを挙げるとすれば、“ コミュニティ ”だろう。



 同世代に製造され、同じ環境化で学習と訓練を受ける。それは、個々の能力に似合った役職へ就くための、選定のためだ。――その際のが、“ コミュニティ ”だ。



 偶然か、それともインターネサインが予め決めていたことなのか……。コミュニティ全員が、私と同じD.E.A.保管室への配属となった。



 D.E.A.とは、この世の常識とはかけ離れた異質なモノであり、認識や視覚の阻害や改竄。時には現実そのものに干渉し、改変してしまう程の脅威的な存在だ。




 ビジターは高度なテクノロジーで、それらを収容し、集積していく。


 目的の一つとして、自身のさらなる飛躍――進化のためだ。




 BC4世紀……アリストテレス、神と宗教の時代。それから約2000年、ニュートン・ガリレオの、法則を探求する科学の時代。


 宗教――天地の法則から、原因、運動法則、結果といったプロセスを探求する科学の時代へ。


 それを経て、ビジターは量子力学――つまりは固有状態から作用素、概念の時代へと、足を踏み入れたのだ。




 しかし、ビジターは進化の袋小路に突き当たる。




 それを打ち破る起爆剤として、科学や量子力学の領域から逸脱したイレギュラーアーティファクトである、D.E.A.に着目した。




――まだ見ぬ 新たな領域。



 全ビジターが渇望する次なるステージを目指して………―――





 私達は様々な世界へと赴き、発見と収容を行い、多種多様なD.E.A.を保管室に集積していった。



 膨大で、途方もない数を。



 特に私の補佐官は優秀だった。窮地に陥った際、いつも彼女の発想に助けられていたな……。彼女は花が大好きで、綺麗な花を見つけては、私のデスクにそれを飾ってくれた。




 比較的デスクワークの多い私にとって、机の無機質さを払拭させる花は、とても好きだった。 いつしかそれが、ささやかな私の楽しみとなっていたんだ……




 彼女は私にとってどんな存在か? と問われれば、旧世代における妹のような存在――いや、彼女は私にとってそれ以上に大切な存在だった……




 今にして思えば……あの時が、私の人生の中でもっとも、充足感と高揚感に満ちた楽しい日々だったのだろう。



 仲間と過ごした日々をこうして思い出すと……心の底から、そういった感情が自然と溢れてくる。




 “ 感情 ”……ああそうか、これが感情、、なのだな。




 そんな日々を過ごしながら、私達はそれら収容したものを隔離し、自らの糧とするべく、解析と研究が行われていった。








 そして私はあの日……D.E.A.保管室を離れていた。



……私はあの日の出来事を、永遠に忘れないだろう。





―――――施設内で、深刻なミーム汚染の発生したのだ。






 私はその一報を受け、現場に到着したが、その時にはもう……為す術はなかった。



 D.E.A.保管室は内部からロックダウンされ、外部から一切の干渉を受け入れない状態だった。



 おそらく内部の職員が、被害を外に広げないよう封じ込めを行ったのだ。自分たちを……犠牲にして……




 連絡手段すらも、向こう側から絶たれている。




 施設の中で、なにかが起きたんだ。


  我々ビジターが後手に回り、そうまでする程、、、、、、の、“ なにか ”が。




 そして、D.E.A.保管室はロックダウンされたまま、区画の抹消が実行された。




 内部から緊急排除プロトコルを実行。




 しかしD.E.A.保管室が時空転移する瞬間。原因不明の爆発があり、区画の一部が脱落――超空のサルガッソー内に漂着した。




 それを、警戒に当たっていた重巡航空管制機『ルシファー』が捕捉。時空の海の中で必死な捜索が行われる。そして55の無力化されたD.E.A.と、一人の生存者が発見された。




 ビジターではない、たった一人の……生存者。




 その生存者が保持していた破損ログから、微かではあるが、事件の断片が見えてきた。



 保管区内で深刻なミーム汚染が発生。D.E.A.が連鎖的に暴走し、事象改変に巻き込まれる形で、その生存者は別の世界から強制転移させられたそうだ。



 その間にも内部職員が変異し、次々にD.E.A.化。事態の収拾は困難と考え、ログを持ち帰ったこの生存者が、ビジターのホームを守るために緊急排除プロトコルを実行した。――これが、事件の大まかな経緯だ。



 ビジターではない その生存者は、D.E.A.‐0056にカテゴライズされ、厳重な調査が行われた。



 言うまでもなく、ビジターに戦慄が走った。



 私達はインターネサインの庇護下にある。



 心を引き裂くはずの恐怖も、精神を蝕む狂気すらも、インターネサインがろ過、、し、ただの無害な情報として再配分される。



 これから起こるであろう膨大な可能性――途方もない、様々なパターンの未来ですら、インターネサインの超高度演算能力によって予測。それら去来する脅威に対し、事前に対応することが可能なのだ。



 我々ビジターは“ 敗北 ”と“ 予想外 ”とは、永遠に無縁。未来永劫 邂逅することはない――と、考えられていた。



 今までそれら、、、が覆ることは、ビジター発足以来なかった。



――だが、その輝かしき神話は、脆くも崩れ去った。



 未来を把握していたしていたはずのインターネサイン。それが予測できなかった脅威に対処し、ビジターのホームを守り抜いた D.E.A.‐0056。



 インターネサインは、この生存者こそが、ビジターを新たな高みへ導く存在として、丁重に受け入れ、彼に手厚い保護とバックアップを約束した。




 D.E.A.‐0056……特異点イレギュラー




 ヤツがビジターを救った英雄?



 バカバカしい…… そんなご都合主義な話があってたまるか!



 なぜ誰も疑問にすら思わない!!



 コミュニティのみんなは、誰もが優秀だった! ビジターの中でも卓越した頭脳と技術、あらゆる状況に対応してきた熟練の組織プロフェッショナルズだぞ!


 そんな彼ら……彼女が、なにもできずに全滅!? それもヤツがたった一人で、事件を収束させたというのか?! 



 そんな事があるはずがない! あってたまるものか!! 





――………だとすれば、可能性は一つだ。




 これはヤツが仕組んだ、でっちあげの自作自演。



 ヤツ、、こそが、あの事件を引き起こした元凶!!



 みんなヤツに利用され、裏切られ、殺されたんだ! 私の大事な存在を! 彼女を! ヤツが殺したんだ!!



 そう考えれば、あのミーム汚染から今日までの起こった全ての出来事に、辻褄が合う。



――すでに疑惑は確信に変わった。



 もう……考えるのはよそう、



 インターネサインによって消されていた感情―――胸の底から込み上げる この怒り、憎悪、憤怒すら生温い、爆発寸前の感情を、すべてヤツにぶつけるのだ! 


 



 私は、前D.E.A.保管室副局長にして、現 交渉調達局に属するビジター。


 識別コード566737‐λ‐94282


 パーソナルネーム レオナ・D・ウェザリー




 家族を殺した報い。そして……彼女の無念を晴らす、復讐者にして執行人。





 裁きを下すのだ。


 そう……裁きを。


 あの子を私から奪った罪を! ヤツに償ってもらう!




 私は音もなく標的に近づく。そしてヤツの背中に銃口を向け、銃爪ひきがねに指を載せつつ、語りかけた。


 さりげなく、親しげに、軽く声をかけるように、




「こんな所で、なにをしているのかしら?」




 さぁ、こちらに振り向け。


 その時が、お前の最後だ。


 彼女が苦しんだそれ以上の苦しみを、その身に刻み込んでやる!!!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る