第102話『傷ついた少女に、どうか希望を』



 クラウンは妙に間延びした拍手を、タスクフォース101素人部隊に捧げる。


 もちろんこれは称賛を意味するものではない。


 目には目を歯には歯を―――スケアクロウの侮辱に対し、同じように侮辱で返したのだ。


 


「完敗だ。まさかここまでとは思わなかった。認めよう、今回は君たちの勝ちだ」



「今回? ずいぶんと含みのある言い方だな。こっちとしては、大人しく敗北を認めて、すべての時空――ありとあらゆる世界から手を引いてくれると、思ったんだが」



「たった一回……負けただけで?」



「たった? クラウン、状況が見えていないようだな。言っておくがこの一回、あまりに手痛いぞ。


 なにせこっちは、あんたの正体を、ネタばらしする前から事前に掴んでいた――つまり俺たちは優勢、あんたは圧倒的劣勢に立たされたことを意味する。後手に回った経験、今までにないだろう?


 経験から言わせてもらうと。そういうヤツが無理に現状を改善しようとすると、大抵、碌な目に合わない。


 そもそも―――


 他者に寄生し、その影からコソコソしている神様気取りの傍観者。そんな奴が、一人のプレイヤーとして、盤上へと無理矢理 引きずり出されたんだ。



 傍観者ゲームマスターから当事者プレイヤーへ。



 もう暗躍はできない。一方的にアウトレンジからの攻撃はできないんだ。



 だからすでに、あんたの敗北は見えている。



 ここは勝ちを譲って、素直に身を引くべきだ。 



 大局を見極め。己の至らなさと敗北を認められる者にこそ、最後の最後で勝利の女神は微笑む。歴史の授業で散々習った格言だ。そうだろ?」 




「本当に君はユーモアのセンスがあるな。気に入ったよ。殺すのは……最後にしよう」




「嘘こけ! 言葉の裏から殺意ドバドバ溢れてんだよ。ちょっとは隠せ隠せぇ。


 あと、おっさんのアバター……いや、スキンか? まぁどちらにせよ、そんなもん使ってる寄生虫如きに気に入られても、まったく嬉しくねぇ。外見と中身を全入れ替えから出直して来い」



「外見? ああ、このビジター、、、、、、のことか? これ名は知らぬが、少なくとも君らにとっては恩人なんだぞ? なのに、なんて酷い言い草だ」



「恩人?」



「そうとも。


 この男は時空の狭間で漂っていた死に損ない。この体から、ビジターに関する情報を抜き出そうとしたのだが、その前に、彼は自ら脳を焼き切ったよ。文字通り最後の力を振り絞って、な。


 死に損ないだ と思って油断したよ……


 そのまま破棄するのも、それはそれで癪な話だ。だからこうして、この死に損ないを廃品利用しているんだ。


 そもそもビジターの死体など、そう易々と手に入るものではない。時空の狭間で漂っていた彼を見つけたのも、偶発的な邂逅なのだから。



 それにしても嗚呼、なんと虚しく、悲しい話なのだろうか……



 名も知らぬ この彼だが、君たちにとっては英雄に等しい存在。自らの命を断ってまで、ビジターホームへの侵入を未然に阻止した功労者。


 なのに、おっさん呼ばわりで この嫌われよう……。つくづく、彼の人生は報われないものだな。



―――少し空気を変えるか。



 こういうのはどうだ?」





 クラウンが眩い白光に包まれる。その光の中でシルエットが変容し、色合いを取り戻す。


 その姿を見たルーシーは、硬直し、青ざめた表情でその人物の名を口にする――





「フェイシア……お姉様?」





 か細く、絶望感に満ちたルーシーの声。




 フェイシアの皮を被ったクラウンは、ようやく聞きたかった声に満足し、悪魔の表情を浮かべる。そしてルーシーの絶望感に拍車をかけるため、言葉のナイフを彼女の胸に突き刺した。




「聞いてくれルーシー、この女を手に入れる、、、、、には、かなり苦労したよ。


 悪しき あの前例を踏襲しないよう、細心の注意を払って事に及んだ。


 気付かれないよう、悟られないよう……慎重に慎重を重ねて少しずつ、心と肢体からだ――そして彼女の記憶を奪い取った。



 もちろん、魔法も使用可能だ。



 彼女が持つギフトクラスの高位ハイレベルなものから、庶民的な低俗なものまで。すべてを網羅している。



 ビジターであり、魔法が使えないはずのクレイドル。そんな彼が覚醒した際のファンクションデータ――魔法発動シークエンスの情報と、この女の魔導学の知識。それらの情報を照らし合わせれば、ナノマシンの私でも、魔法は扱える。


 お披露目できないのが、極めて残念だよ」




 その自慢話に対し、スケアクロウは鼻で笑い棄てた。



 

「どうせハッタリだ。ルーシー、信じちゃダメだからね! こういうヤツは、口八丁手八丁で惑わすのが生き甲斐なのさ!」




 クラウンはそんな彼の言葉を掻き消すように、次々と姿を変え、ルーシーを動揺させる。




 フェイタウンの市長――サーティン


 森の管理人であり、レミーの恋人――ヴェルフィ・コイル


 港の顔役でもある――レヴィー・アータン


 鬼兎の騎士団団長――アスモデ・ウッサー




 そしてルーシーの幼少期からの肉親的な存在……




 フェイ家の執事――ベールゼン・ブッファ




 クラウンはベールゼン・ブッファの皮を被り、手に入れたコレクションを自慢しつつ、ルーシーの心を踏み潰す。


 それはフェイシアたちにとって、今日まで守り通して来た、絶対に知られてはいけない秘密だった。




「ハッタリ? ならそのハッタリついで良いことを教えてやろう。


 知ってたかい ルーシー?


 こいつら全員…… 由来人だ。


 由来人だぞ? 信じられるか?


 お前たちの世界が創世される遥か昔。神話や伝説上の存在と思われた者たちが、皮肉にも私と同じように、人の皮を被って過ごしていたんだ。



 『そんな馬鹿な?』『ありえない?』



 それに気付いた私すらも、そう思ったさ。最初は、な。


 だがそれは神話でも伝説でもなく、地続きの現実だった。



 ナノマシンは、体内に侵入した相手の記憶を漁ることができる。



 私はフェイシア達の記憶を漁り、照らし合わせ、それが真実なのだと確信した。


 様々な世界を垣間見てきた私だが、そんな私でも、彼女らの記憶には本当に驚かされたよ。


 ひた隠しにしていた太古の記憶―――世界の終焉と創生。今日に至るまでのオルガン島の歴史を……



 劣勢に立たされた?



 誰が? 



――まさか私か?!




 ハハハハハハハッ! アハハハハハッ!!




 君たちのジョークは奇抜でおもしろいなァ。あまりにくだらなすぎて、心の底から笑えたよ。



 ん? 言葉で説明しないと分からんか?



 私は由来人の力――世界創造の力を手に入れようとしているんだよ?


 そうだな……あと2時間、いや、1時間半といったところか。


 そんな相手に対し、よくも自信満々に劣勢と言えたものだな。



 世界の摂理に干渉し、無から有を生み出す究極の力。



 その力さえ手に入れば、もうビジター如きの力に固執する必要は、もうないのだよ。こちらの力のほうが、遥かにオーバーテクノロジーだ。


 そしてこちらの世界の不確定要素と組み合わせれば、あらゆる世界の法則を、任意に書き換えることが可能となるだろう。


 そうなれば、もはやビジターのテクノロジーに用はない。この創世の力を前にすれば、もはやロートルに等しい。故に……後々邪魔な障害になるだろうビジターには、ここで消えてもらう」




 クラウンがそう言い終えると、まるでそれを待っていたかのように、ズン!!! と、重い衝撃が走る。




 その衝撃は施設全体を揺るがすほどの、桁違いなものだった。


 ルーシーとスケアクロウは振動に脚をとられ、倒れそうになる。しかし互いに支え合い、なんとか転倒だけは免れることができた。



 スケアクロウはクラウンを睨み、彼に向かって叫ぶ。



「い、今の衝撃はなんだ?! いったい なにをした! クラウン!!」



「答えるとでも? フィクションの悪役よろしく、作戦進捗状況をペラペラと喋るものか。少しは自分の頭を使って考えるのだな。


 そもそもここホームに私の侵入を許した時点で、君たちの敗北は目に見えていた。


 どうだ? 今の感想を聞かせてくれ。


 あれだけ意気揚々と得意気に ほざいておきながら、最後の最後で、無様にも劣勢に立たされた気分は? ほら、楽しくお喋りしようぜ」




 クラウンはスケアクロウの口調を真似しながら、勝ち誇った表情を浮かべる。



 警告音が鳴り響き、赤き回転灯が走り抜ける中、スケアクロウは敵の瞳をまっすぐに見据えた。





「なにが『最後』だ。まだなにも終わっちゃいねぇ! 


 クラウン…… その1時間半のうちに、俺たちはお前を 止めてみせる!!」





「ハハハハッ! 止めるだと? ずいぶんと自信満々だな! 映画の主人公気取りか? それとも新手の斬新なジョークかな?


 まぁ、私が神へとなる前の前座――気の利いた催し物だと思えば、実に愉しめそうだ。



 いいだろう。君たちに1時間半だけ猶予タイムリミットを与えよう。



 ここからは競争だ。



 もし仮に、タイムリミットまでに異界門上空に展開しているであろう、円卓の間まで到達することができれば、そうだな……なにか豪華な景品でも与えてようかな? それとも、さっき言っていた “ すべての時空から手を引く ” 条件でも、約束してみるか?」





「今更ながら言わせてもらうが、お前が約束を守るようなタマ、、かよ」





「私からの寵愛を断るとは、やはり君は無礼な男だ。


 まぁいい。


 私は円卓の間で待っているよ」




 聞き慣れない単語に、ルーシーは思わず復唱してしまう。




「円卓の……間?」




「ルーシー、こちらの世界に戻って来れば、すぐに分かる。



 さぁ、盛り上がってきたな。



 私が神になるのが先か、それとも君たちが、それを食い止めるのが先か……。



 せいぜい足掻くがいい、矮小で、あまりに愚かな生き物たちよ……」




「矮小? クラウン、小ささ勝負ならあんたの勝ちだ。その勝ちだけは、あんたに譲るよ」




 スケアクロウはそう言いながら、指をパチンと弾く。



 それはシークエンス実行の合図だった。



 するとクラウンを構成している映像にノイズが走り、徐々に薄くなり始める。





「――ッ?!! こ、これは!?」




 クラウンは少し狼狽しながらも、こうもされては、スケアクロウの力を認めざる負えなかった。ナノマシンである彼自身の能力を持ってしても、解析できない なんからの秘破砕技術サボタージュ・テク―― その力によって、ナノマシンが崩壊を起こし始めたのだ。




「なるほど……ナノマシン工学のエキスパートと言うのは、ブラフではなかったということか―――」





 クラウンは消える刹那、最後の最後で邪悪な笑みを浮かべる。そしてルーシーに視線を移すと、彼女の心に、言葉のナイフを突き刺す―――まるで、ジーニアスを刺した時のように。





「いいかいルーシー、これから起こることは、すべて君が招いたことだ。すべての責任、すべての元凶は君にある。くれぐれも……それを忘れるなよ?」





 そう言い残し、クラウンは消滅した。



 スケアクロウはルーシーの肩に手を添え、優しく、あの邪悪な言葉を洗い流すように諭す。




「ルーシー、耳を貸すな。すべての元凶は言うまでもなく、ヤツだ。一刻も早くオルガン島へと戻り、このふざけた野望を阻止しないと。これはもはや君たちの世界だけの問題ではない、全時空の危機だ」



 スケアクロウは思わず力が入ってしまい、やさしく諭すつもりが、途中から強い口調になってしまう。


 しかし肝心のルーシーに、その言葉すらも届かなかった。


 彼女は心ここにあらずで、クラウンが刺した言葉のナイフによって、心を支配されていた。『私のせいで、多くの人に迷惑をかけてしまった』『取り返しのつかないことをしてしまった』――と。



 ルーシーは誠実な人物である。



 他人ひとのせいにはせず、必ずと言っていいほど、まず最初に自分に間違いがあるのでは? と、考えてしまう。



 悪しき者は、そういった優しい人の苦しませ方を、充分に理解している。



 クラウンは、そんなルーシーの善人性を利用したのだ。彼女が罪悪感に苛まれるよう、最後にあのような言葉を言い放ったのである。




 ルーシーができるだけ長く、深く、苦しむように……。




 そして彼女はクラウンの術中にまんまとハマってしまった。自らを責め、自責の念で、なにも考えられなくなってしまう。



 そんな彼女に、さらなる追い打ちが掛かる。


 



 突如として、女性の声でアナウンスが流れたのだ。





『The self destruct sequence has been activated《自爆装置が作動しました》



 Repeat, the self destruct sequence has been activated《繰り返します、自爆装置が作動しました》



 This sequence may not be aborted《停止する事は出来ません》



 All employees proceed to the emergency car at the bottom platform《研究員は最下層のプラットフォームから非常車両で脱出して下さい》』






 スケアクロウは、想定を超える事態悪化に舌打ちする。


 追い込んだはずが、逆に追い込まれていたのだ。


――そんな彼の顔からは、一筋の冷たい汗が、つぅと流れ落ちた。




「あの糞ナノマシンめ! 消える間際に自爆装置を作動させたのか?!」




 そして悪い事は重なるものだ。



 状況を確認していたミスターストライプが、あることに気付き、スケアクロウに向かって悲鳴混じりに報告する。



「あ、兄貴ぃ!! たたた、大変だよ!」


「どうした?!」



「ジーニアスの臓器を運搬しているリニアトラムの制御が効かない! ここの最下層プラットフォームに最大速度で突っ込んでくる!!」



「なに?! リニアトラムの制御がダメなら、路線を変更して時間を稼―――」





 しかし、なにをするにも すべてが手遅れだった。




 今まさにジーニアスの予備臓器を載せたリニアトラムが、最下層プラットフォームに突っ込んだのだ。



 最下層からの衝撃によって、エリア101 戦術情報センターは上下左右に揺さぶられる。



 電圧の急激な変化によって、あらゆる据え置き電子機器から、盛大に火花が飛び散り、照明が一斉に消えた。



 その衝撃は、あまりに凄まじかった。翡翠の侵略者を格納している頑丈な水槽にさえも、亀裂を入れてしまうほどの衝撃だったのだ。


 結晶の活性化を防ぐ阻害剤――アンバールインが、亀裂から漏れ始める。





――そして、永き眠りについていた翡翠の侵略者Emerald.Amber.Raider.。その絶望が今、目を醒まそうとしていた。





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