第101話『素人【101】と侮るなかれ』




「クラウンさん?! どうして―――」




「助かったよルーシー。ビジターの本拠地はガードが固くてね。私の力をもってしても、なかなか入れなかったんだよ」



「え? え? それって、あ、あの、つまり――」



「『どういう意味』かい? だからほら、言ったじゃないか。安易に信用すれば、こうして裏切られる――と。君はねルーシー、私に利用されたんだよ。このビジターの巣窟に侵入するための、足がかり尖兵として」



 今にしてみれば不自然だった。


 クラウンはローズ捜索の手がかりを、ビジターよりも先に入手し、ジーニアスへ与えていた。



 行方不明になった彼女の私物である、薔薇のエングレーブが入った懐中時計――あれが、なによりもの証だ。



 ローズの懐中時計を、どこで――いや、どうやって入手した?



 いや、違う。そもそも彼との会話の中で、なにか根本的に不自然な点があった。


 どこだ?


 あれは、たしか――




「識別コード 765737‐θ‐87480  どうして気付かなかったの! このコードはローズさんの識別コードだ!!」



「ハハハハッ! ルーシー今さらかい?


 あの時はコードを閲覧されてもいいように、咄嗟にローズのコードを口走ってしまったが、今にしてみれば、別にデタラメな数値を言ってもよかったな。


 なぜならルーシー、君なら、仮にその真実に気付いたとしても、私の話術でどうとでも言い包めることができるからだ。


 例えば……そう、『現地協力者として相応しいかどうか、君の記憶能力を試した』とか、『テストは合格だ。君を現地協力者として認めよう』とかね。君を騙せる程度の言い訳なら、いくらだって作れる。


 

 お人好しの君のことだ。物腰の柔らかい私の口調にまんまと騙され、今の現状となにも変わらなかったろう。



 そもそもだ。


 そもそもルーシー、君には、クレイドルと違って識別コードの閲覧権限はない。



――故に、ローズの識別コードを言ってしまったのは不適切な判断であり、私の失態だった。まぁ今の今まで、気付かれなかったから、結末は変わらんがね」




「じゃあジーニアスさんを襲ったのも、枢機卿やゼノ・オルディオスを嗾けさせたのも、あなたなの?!」




「想像力豊かだなルーシー。枢機卿やゼノ・オルディオスに関しては、私は関知していない。楽しそうな催し物を計画しているようだから、敢えて野放しにしているが。



 だがしかし、ポポルにクレイドルを襲わせたのは、間違いなく私だ。



 ルーシー、本当なら、ここに立っているのは君ではなく、彼だったんだよ。



 しかし彼よりも君―― ルーシーのほうが適任だと私は判断した。だからクレイドルには、心地よくベッドの上で休んでもらったんだ。君がこの世界へ来なければならない、動機、、としてね」




「よくも…… どうしてこんなことをするの?!」



「理解できないのか?


 君たちだって小説なり童話なり楽しむだろう? 主人公や登場人物らが、不幸になり、苦しみ、非情な現実にもがく姿。読者はそれを眺め、充足感を得る。それと同じことだ。


 まぁフィクションとは違って、予定調和がなく、突拍子もなく理不尽なのは、それはそれで味があって良いものだが……おっと、話が反れてしまったね。



 詰まる所、私の目的は――――絶望だ。



 ルーシー、君が現実に押し潰され、絶望する姿が見たかったんだ。



 外の世界が見たい。クレイドルを救いたい。


 その願いが、希望が、悲願が、どす黒い絶望へと塗りたくられ、虚無の瞳で愕然と膝を折り、天を仰ぐ――その姿が……どうしても、見たかったんだ」




「なんて悪質で卑劣…… 許せない!」




「怒り――か。まだ不屈の精神が残っているな。だめだよルーシー。君に怒りの瞳なんて似合わない。そんな姿を見たら、クレイドルはきっと悲しむぞ」



 この時点でルーシーは不自然さを感じた。突然の侵入者――そんな異常事態にも関わらず、誰も口論に参加しないのだ。ルーシーは縋るような瞳で、エイプリンクスに視線を向ける。




「エイプリンクスさん! あ、あの!!」



 エイプリンクスはかなり戸惑った様子で、ルーシーにこう訪ねてしまう。 



「ルーシー……さっきからどうしたんだい? いったい……誰に向かって怒鳴っているんだ?」



「誰ってここに!!」


「ここ? そこには……誰もいないぞ」


「ッ?! そ、そんな……――」



 ルーシーの背筋に、例えようのない不快と悪寒が駆け抜けた。


 なにかの間違えでは? と思いつつ、エリシアとリゼを見る。しかし彼女たちもクラウンの姿は見えておらず、不安げな視線をルーシーに向けていた。



 ルーシーが抱いた孤独感を助長するように、クラウンは楽しげにこう告げる。




「無駄だよルーシー。私の姿は、君にしか見えていないんだ。私の姿が見えているのは、クレイドルとルーシーだけ。なぜなら私の正体は――」




 クラウンはそう言いながら、ルーシーに手を伸ばす。



 ルーシーは身構えたがどうしていいのか分からない。



 逃げ出したくても、それだけは絶対にできない。なぜなら自分が逃げ出せば、セクター全体を危険に晒すことになるからだ。まだジェミナス02救出は完了しておらず、その作業の真っ只中。作戦を放棄すれば翡翠の侵略者エメラルド・アンバーレイダーが野に放たれることになる。



 ルーシーは退くことも進むこともできない。



 クラウンはそれらすべてを承知の上で、わざと正体を現し、ルーシーに全貌を打ち明けたのだ。



 そしてクラウンの指先が、ルーシーに届こうとする――だがそれを、ある人物が止めた。



 彼はクラウンの腕をガシッ!と掴み、その正体を先に言い当てて見せる。




「―――ナノマシン だろ? クラウン。正確には、ナナイトや微小結晶機械群といった他のナノマシンすらも従属化させる、自律思考と侵蝕性能を有するナノマシン。で、いいかな?」




 まさか言い当てられ、腕を掴まれると思っていなかったクラウン。平静を装いつつ、スケアクロウの手を振りほどき、後方へ飛び退いて距離を離す。



 その姿を見たスケアクロウは、わざらしいヘラヘラとした笑みで相手の神経を逆撫でする。



「どうしたクラウン。恥ずかしがる必要なんてないだろ? つーか、さっきまでの ご自慢な威勢はどこいったよ? シャイかな?


 おいおいおい! なんだなんだその目は!


 初対面の俺ごときに、ガチ糞ビビりまくりじゃん。


 ああそうか、わかったぞ。



 クラウン、お前さぁ、こう思っているんだろう?


 『なぜジーニアスとルーシーにしか見えない幻影の腕を、掴むことができるんだ!』――って。


 んじゃ、ここでいっちょ種明かしといこうか。


 二人の体内にあるナノマシンを通じて、映し出されるクラウンという立体映像。その腕を掴み、その感触をそっちのナノマシンへフィードバックさせるのは、実のところそこまで難しくはない。


 なにせ自慢じゃないが、俺はナノマシンの専門家エキスパートなんでね」



 クラウンは無表情かつ無言で、スケアクロウを凝視している。


 その視線を向けられているスケアクロウは、なぜ自分にナノマシンの知識があるのかを簡単に語ってみせた。



「元いた世界じゃ、ナノマシン工学を齧っていた身。勝手知ったるなんとやら さ。


 だがある日、運命を変える出会いがあった。


――っても、美女とのドラマチックな出会いではなかったがね。

 

 警察の捜査協力が舞い込み、ある遺体を調べていたんだ。それが俺の運の尽きさ。まさかビジターの遺体だったとは……。


 血液中のナノマシンを解析して、すぐに気付いたよ。これはこの世界のものではない。どこか別の――次元を越えた超高度技術ハイテクノロジーで構成されていることに。


 まぁそのせいで、俺はビジターに捕らえられ、D.E.A.とかいうわけのわからん区分に分類されて幽閉――という憂き目を見ることになった。


 彼らの言う文化汚染と、テクノロジーの機密漏洩を防ぐためには、この手段が最適解なんだろうけど。マジで最悪だよ。



 ――って、おいどうしたクラウン!



 さっきから喋っているの、俺だけじゃん!



 なぁなぁなぁ、楽しく お話しようぜ。会話会話♪ 言葉のキャッチボール♬ ほら、饒舌トークはあんたも好きだろ? さっきみたいにペラペラ喋ってごらんよ。



 ん? それともアレか?



 少女が絶望するのは好きだけど、自分が絶望するのは嫌いなのか?



 だとすると、とんだ ガラスハートな黒幕だよ! ハハハハッ! 笑える。



 フェイタウンで暗躍している枢機卿のほうが、まだ大物感があるじゃん。ソイツにすらキャラクターのインパクトで負けてるよ、君」




 スケアクロウはクラウンを煽りに煽りつつ、指をパチンと鳴らす。すると事を見守っていたエイプリンクス、リゼ、ミスターストライプ、エリシアの全員が、目を見開いて身構えた。



 ミスターストライプとエリシアは「ひっ!」という悲鳴を。


 エイプリンクスとリゼは即座に臨戦態勢へ移行する。



 エイプリンクスは移送データの進行具合を確認しつつ、緊急事態に備え、コンソールの上に指を置く。リゼは獰猛な獣のように、クラウンに向けてガルルルルッ!と唸り声を上げた。



 ルーシーの視覚情報が、この場に居るすべての人へ共有される。



 もはやクラウンは、ルーシーにしか見えない存在ではない。列記とした脅威として、眼前に曝け出されてしまったのだ。



 しかしクラウンにとっては、もはや、そんなことはどうでもよかった。


 スケアクロウが披露したマジック。そのトリックを、未だ見破れずにいたのだ。



 自分はルーシーの中に潜伏しているナノマシンであり、彼女の脳内に投影している映像――幻だ。その幻の腕を、あろうことかスケアクロウは掴んだ、、、のだ。



 ありえない。


 幻であるはずの腕を掴む。


 解析不能な事象。



 どうやって私の腕を?


 感覚のフィードバック?


 いや……そんな痕跡は一切なかった。


 ナンバリングすらされていないD.E.A.が、これほどの脅威に昇華するものなのか?



――そもそもこの男! いったいなんなんだ?! 




 クラウンは疑問の坩堝で溺れながらも、スケアクロウに掴まれた部分を擦る。歯痒いさを覚えながらも次の手が出せず、沈黙と共にスケアクロウを睨む。



 本来のシナリオなら、ここでルーシーを絶望へと叩き落とすはずだった。それなのに、思わぬ人物が勝手に舞台へと上がり、とっておきの余興をブチ壊したのだ。



 クラウンとしては困惑を通り越し、ただただ不快だった。



 そんな姿に、スケアクロウは場の主導権を握る者として、侮辱を込めたアドバイスを贈呈する。




「クラウン。うちのチームは結成数時間の即席のタスクフォースだ。『どうせなにもできないだろう』と見くびっていたんだろう? 


 そこ。そういうところなんだよ。


 潜在的であれ、表層的であれ、他者を見下す癖がある者は、大事な場面でクソ痛ぇ目を見るんだ。



 結論から言ってしまえば、リスペクトだよ、リスペクト。



 どんな生理的嫌悪感を抱く人物であろうが、身の毛もよだつ邪悪な敵であろうが、他者へのリスペクトを忘れず、敵からすらも学ぼうとする人間は、いつの世も手強く、厄介なのさ。



――っていうかさぁ、せめて黒幕を気取るなら、相手がどんな手を使おうとも先読みして潰すのが、本物の黒幕ってもんなんだよ。こうしてトリック見破られて、黙り込んでいる時点でダサさMAXだよ」




 度重なる愚弄。


 人間 如きにここまで舐められ、ついにクラウンの感情が爆発する。激昂――それは音もなく静かに、紅蓮に煮えたぎる憤怒だった……





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