第99話『少女が背負っている代償』



 ガンッ! ガンッ! ガシャン!!!!




 けたたましい音と共に天井版が外れ、そこからルーシーが顔を覗かせる。




「エイプリンクスさん!!」



「ルーシー?! そんな所に逃げ込んでいたのか!!」



 彼女たち三人はメンテナンス用のハッチから、送風用のファンを経由し、天井まで上がって息を潜めていたのだ。



 気配を消す魔法を使用すれば、ビジターは欺ける。しかし確実性を重視し、天井まで上がっていたのだ。



 だがしかし、高速回転している送風ファンをどうやって通り抜けたのか?



 それはルーシーだけが持つ、特別な能力を行使すれば、なんら問題はなかった。



 送風ファンを解体し、三人が通り抜けてから、元の状態に戻す。



 まさかビジターも、なんの機材や道具もなしに、高速回転しているファンを分解し、わずか数秒で元の状態へとに戻す――そんな神がかった芸当ができるとは、夢にも思わないだろう。



 ルーシーは収納式梯子を、天井から降ろす。そして梯子の支柱を掴むと、滑るようにシュルルルと降りる。その梯子の降下方法は、軍人や特殊部隊が多用している方法だ。仮想現実で訓練を積んだルーシーもまた、多分に漏れず、少女とは思えない熟練の動きで降りてくる。



 その間にエイプリンクスは消火器を準備し、燃え盛るホロテーブルの火を消そうとする――が、消火器は人間が使うことを想定して設計されている。そのためチンパンジーの手では、どうしても要所要所で躓いてしまい、うまくいかなかった。



 手こずりながらも、エイプリンクスは少女たちに下がるように促す。このまま火が広がれば、サブジェネレーターが爆発する危険性があった。




「ルーシー! 来ちゃ駄目だ! 危ないから下がっていなさい! 私が今、火を消すから!!」




「大丈夫です! 私に任せて!!」




 ルーシーはあの力、、、を使う。



 両断されたホロテーブルを分解し、火を消す。そして全てのパーツを、空中に整列させた。



 修復すべき箇所を把握したルーシーは、かざしていた手に力を込め、裂けた部分と焼け焦げた部分を修復――損傷していた箇所が時間を巻き戻すかのように、元の姿へと戻っていく。


 まるで組立工程を記録した映像を、早送りしているかのように……




「これで大丈夫! よし! 後は――」




 空間上に浮いていたパーツが組み立てられ、戦術情報センター中央部へ、ゆっくりと降ろされる。



 ケーブル類が、ルーシーの力でホロテーブルへと吸い寄せられ、接続――内部の自己診断プログラムが作動し、無事に再起動が開始される。




 まるで神の御業の如き奇跡を目の当たりにした、エイプリンクスとミスターストライプ。二人は唖然とし、神秘的な光景に、我が目を疑う他なかった。




「信じられない、部品が空中に浮いて、自動で組み上がっていく?! こ、これは現実なのか!? この力で、懐中時計を修復したのは知っていたが……」



「すげぇ!すげぇ!すげぇや! ルーシー、君って最高だよ! 壊れてもルーシーなら、なんでもすぐに直せるじゃないか!」




 称賛の声を受けるルーシー。しかし彼女は返答することなく、胸を押さえながら、膝を着いた。




 ルーシーは『大丈夫です。いつもの発作ですから』と、皆を心配させないよう声を出そうとする――が、それすらもできなかった。この発作はいつもと違った。頭の先から足の先まで貫くような痛み、痺れ、悪寒。



 ルーシーの視界が翳み、あまりの激痛のせいか、妙な感覚に襲われる。



 倒れたそうになった体をなんとか手で支える。その手の平は、冷たい床の感触――しかしそれが、波打ち際の砂浜のような感覚とダブり、砂利の触感と重なったのだ。



 それと呼応するように、ボヤけた視界にも異変が及ぶ。



 目を凝らすと、そこは砂浜だった。時折 波が押し寄せ、大量の魚の死骸が彼女の体や腕に、ボトボトと当たる。



 これだけの死骸があれば、鳥や小動物が漁るものだが、それすらもない。 



 よく見ると大型の魚類や無数の鳥の死骸、哺乳類の躯も、砂浜に横たわっていた。



 その砂浜はまるで、すべての生命が斃れ去った死の世界――そんな連想させるには、充分すぎるものだった。



 幻覚と呼ぶには、あまりに現実的な感触と光景。



 ルーシーは困惑しつつも眼の前の世界を否定し、正気を保とうとする。そしてそんな彼女に、手を差し伸べる存在があった。エリシアだ。ルーシーは目を閉じ、彼女の声に耳を傾け、彼女の存在に集中する。




………… ――聞こえる。




 エリシアだけではない。エイプリンクスやミスターストライプ。リゼのわんわんと泣く声まで耳に聞こえてきた。それは鮮明さを増し、最後には、砂の感触も いつの間にか消えていた。



 ルーシーはゆっくりと目を開け、祈るような気持ちで、目の前の世界を確認する。そこは紛れもなく、ビジターの世界であり、エリア101 戦術情報センターだった。



 ルーシーは安心したが、まだ胸の激痛は続いていた。出そうとしていた言葉は、痛みに呑まれ、安堵の心は苦痛に蝕まれてしまう。




 そんな戦術情報センターの自動ドアが開き、スケアクロウが飛び込んでくる。彼はルーシーに駆け寄ると、すぐさま彼女の容態を確認する。




「エイプリンクス! ルーシーはあの力を?」



「ああ、そうだ! レオナがホロテーブルを破壊して、それを修復し終えた途端に」



「無理が祟ったか……」




 スケアクロウは注意深くルーシーを観察し、異変を探る。そして気になる箇所を見つけ、「ルーシーごめんね。ちょっと胸に触れるよ」と声をかけ、その部分に手を置く。するとルーシーから苦悶の表情は消え、次第に穏やかになっていく。



 荒い息遣いが少しづつ整っていき、最後には、深く深呼吸できるまで落ち着く。



 ルーシーはようやく言葉が出せる状態まで回復し、汗ばんだ額を拭いながら謝罪する。




「あ、あの……本当にごめんなさい。いつもはここまで酷くないのに……」




「例の発作だね。ジーニアスの手帳にも、その事は記載されていた。やはり君の持つその能力と発作は、なんらかの因果関係があるかもしれない」




「力を使っていなくても、この発作は起こるので一概には――……でも今日のは、かなり酷かった。もしかしたら――」




 ルーシーは言葉を止める。スケアクロウの瞳に不安が宿り、表情が暗くなったからだ。それ即ち、この力を使ってジェミナス02救出する作戦の中止を意味し、ジーニアス救出作戦が暗礁に乗り上げる事も、同時に示唆していた。




 ジェミナス02を救うことが、ジーニアス・クレイドルを救出する条件。



 この約束を守らねば、彼を救ってはもらえない。




――いや、厳密には違う。たとえ約束が果たされなくても、ジーニアスを救ってくれるだろう。なぜならスケアクロウたちは、あまりに優しすぎるからだ。




 だからこそ。


 そう、だからこそだ。


 彼らの優しさに酬うべきであり、恩は、恩で返すべきなのだ。



 施され、救われてばかりでは良心が瓦解する。そして最後には、罪悪感で身を引き裂かれるような苦痛を味わうことになる。



 なにより、ジーニアスに顔向けできない。彼から蔑視の眼差しを受けることになれば、それこそ、身を裂かれるほどの心痛になるはずだ。


 



 ルーシーは心苦しく思いながらも、スケアクロウ達を心配させないよう、嘘を見繕う。





「――まぁ、で、でも! 連続して発作が起こることはないので、安心してください! むしろ今、この発作が起きて良かったです。これがもし、ジェミナスさんを救出している最中に起きていたら、一大事でした!」





 スケアクロウは訝しげな表情で、それを聞き入れ、ルーシーに質問する。





「まぁたしかにそうなんだが……。ルーシー、君の命に関わる事だから、正直に答えて欲しい。本当に……大丈夫なんだね?」




「全然だいじょうぶですって! なら、見ててください――」




 ルーシーは自身の健康具合を披露するため、スクッ!と立ち上がる。そして華麗にターンする。その舞いはあまりに軽やかで、まるでバレリーナのようだった。


 ルーシーはクルッと廻り、スカートが円を描き、見えてはいけないものが見えそうになる。




 スケアクロウたちは、少女の見てはいけない部分を見てしまわないよう、即座に目を逸らす。そして少々焦った様子で「そ、そっか。ならいいんだ」とはぐらかす。




 その様子に、ルーシーはまだ疑われていると感じ、少々ムキになって、再度、健康具合を披露しようとする。





「あ、その口調、まだ信じていませんね~。今度は華麗に三回転してみせますから! ちゃ~んと、見ててくださいね!!」





 もう一度、華麗に舞おうとしていたルーシーを、エリシアとスケアクロウが「ちょ、ちょっと待って!!」と、かなり焦った様子で制止した。



 ルーシーは「え? どうしてそこまで必死に止めるの?」と、困惑する。


 そんなドタバタしている様を、リゼは楽しそうにケタケタと笑いながら、指を差しつつ こう言った。




「ルーシーお姉ちゃん! まわってまわって! もういっかいまわって、おパンツみせてよぉ!」




 その言葉を聞いた瞬間、ルーシーはすべてを理解した。なぜこうも、スケアクロウたちが必死に止めに入ったのかを……



 ルーシーの顔が真っ青になり、次第に耳と頬が赤くなっていく。嗚呼……穴があったら入りたい――あまりの恥ずかしさから、彼女は手で顔を覆い、しゃがみこんでしまった。

 



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