第93話『浮遊する瞳』

 


 エレベーターが研究所に向かって降下していく。



 包帯まみれの男は、「もう安全だから、外に出てもいいよ」と告げる。



 装甲車はそれなりに広いのだが、なにせ鋼鉄で外界から遮断されている空間であり、ファンタジーの世界にはない代物しろものだ。慣れない彼女たちにとっては、喉が詰まるような、閉塞感があると考えた。



 ここからは、監視カメラやマルチスキャナーといった類のセキュリティは、ほぼない。従って、ビジターにルーシーたちの存在を勘ぐられる事もないと、彼は判断したのだ。



 ルーシーとエリシアは、後部からエレベーターへと降りる。二人は緊張感と息苦しさから開放され、同時に「んん~ッ!!」と背筋を伸ばす。思わずしてしまった同じ動作。ルーシーとエリシアは目を合わせ、笑いあった。これは同じ動作をしてしまった笑みというよりも、窮地を脱し、生きている喜びによる笑みだった。



 ルーシーは目に溜まった涙を指で拭いつつ、エリシアに語りかける。



「エリシアちゃん、にしてもこのエレベーター、とっても広いわね」


「えれべー……たー?」


「ああ、えっとね。こういう上下に移動する設備のことを、エレベーターって言うの。このエレベーターは斜めに下降しているから斜行式エレベーターに分類されるわね」


「斜行式……エレベーター。そういえば上の景色が斜めに動いています。壁が下から上に流れている……天井がない、まるで穴の底にいるみたい。――あの穴の先が、さっき私達が居た場所?」




「ええそうよ。ずいぶんと深くまで行くのね」




 エレベーターの広さは、彼女たちが思った以上に大きかった。



 なにせ装甲車が、エレベーター上でなんら問題なく方向転換ができるほどのスケールがある。ドラゴンまるまる一騎乗せても、充分に お釣りが来るほどの広さなのだ。



 前触れもなく、エレベーターの動きが止まり、ガコン! という金属のロックオンが木霊す。そして警告音と共に、ブラストドアがゆっくりと開く―—が、少し開いたところで警告音が鳴り響き、ドアの開閉が止まってしまう。



 それを見た包帯まみれの男は、頭をポリポリと掻きながら「ま~たかよ」とボヤく。



「やれやれ、ここら辺は古いセクターだし、こうもなるか。ドアのガタつきが ひでぇや」




 エイプリンクスがそんな彼の横に並び、同意の溜息を漏らした。




「まぁそもそもここは、放棄されていた場所だしな。このセクターの管轄権を譲渡し、こうしてプライベートな施設を与えられただけでも、ありがたくは思うのだが……」



「でもなぁ……。こうも毎度毎度、玄関のドアがこの調子じゃ、ありがたみも薄れていくさね。向こう側からなら、警備室の端末操作で問題なく開くんだけど……。まぁここで愚痴ってもしょうがない。そんじゃま、エイプリンクスさん、マニュアルで解放させるか?」


「うむ。そうだな」


「じゃあ俺が電源ユニットを持ってくるよ」


「馬鹿を言うな。何度も言うが、君は、大きな手術を受けた身なんだぞ。いいからそれは、私がやる。だから君はコンソールで操作を―—」



 エイプリンクスの言葉を遮るように、エリシアが悲鳴を上げた。


 包帯まみれの男とエイプリンクスが、何事かと彼女たちを見る。



―—するとルーシーが、怯えるエリシアを抱きしめながら、ある方向へ指をさしていた。



「ドアの向こうに、目が! 光る目が!!」



 彼女の言う通り、少し開いたドアの向こうに、巨大な光る瞳があり、こちらをギロリと見つめていた。その瞳はサーチライトのようにエレベーター内を照らし出す。


 その光が弱まると同時に、故障していたはずのブラストドアが、重厚な金属音と共に、ゆっくりと動き出した。


 ルーシーは危険を感じ、咄嗟に、エリシアを庇いながら装甲車の影へ隠れる。


 半開きだったドアが完全に開き切る。


 巨大な怪物が姿を見せる――かと思いきや、そこにそんなモノは居なかった。あるのは人の頭部ほどの大きの、巨大な目が浮遊していた。機械の目は来訪者に向かって、語りかけた。



「あッ! 兄貴ぃ! エイプリンクスぅ!! ほんと心配したよぉ~。ビジターが警戒を強化したみたいでさぁ。ほら! 兄貴がぶっ壊した多脚型UGVあるだろ? あれの 徘徊頻度が めちゃくちゃ増えたんだ!」



 怪奇的な見かけとは裏腹に、なんとも愛嬌のある間の抜けた声で、マシンガントークを連発する。その瞳は機械で構成され、自律思考——いや、確固たる個と自我を持つ、電子生命体だった。



 機械の目玉はフヨフヨと、まるで風船のように空中に浮いている。独自の揚力を生み出し、自らの意思で飛行しているのだ。


 それを可能としているのが、棒状の重力制御用ロッドと、リフレクターである。そのフォルムはソビエト連邦が開発した人工衛星、スプートニク1号に、長方形の太陽光パネルを追加したようなフォルムだった。



 機械の眼球は包帯の男へ近づくと、あるはずのない首を傾げながら訪ねた。



「あれ? 客人様は?」



 そんな目玉に、包帯の男は軽く、ソフトなチョップをかます。



「頼むよミスターストライプ! その大事な客人を怯えさせてどうすんだ!」



「え? あひっ? 怯えるってなんで? おいら、また なんかやっちゃいましたか?」



「ああ、やっちまったよ。登場の仕方がモンスターパニックムービーそのものだったぞ」




「????」




「分からない? 考えてもみろ。ブラストドアの隙間から、巨大な目ん玉がこっちを覗いてれば、向こうに ド デカいバケモノがいると錯覚するだろ」




 機械の目玉ことミスターストライプは、ここでようやく状況を理解し、「なるほど。そりゃそうだ」と納得する。




「だから悲鳴を上げていたのか……」



「さぁミスター、怖がっている彼女たちに自己紹介を。友好関係を再構築するんだ」



「わ、わかったよ兄貴。あー、コホンッ! 初めまして! おいらの名前はミスターストライプ! 怖がらせちゃってゴメンね。できれば、みんなとお話したいな。ダメかな? まだ……おいらのこと、怖い?」



 ルーシーとエリシアが、装甲車の影から恐る恐る、顔を覗かせる。その顔は『本当に大丈夫なの?』といった表情だ。


 包帯まみれの男は両腕で○マークを描く。ミスターストライプが無害であり、仲間であることを二人に報せる。



 それを見たルーシーとエリシアは、重い足取りでミスターストライプへと歩み始める。



 ルーシーは歩きながら、ミスターストライプに異様な感覚を感じとった。




「エリシアちゃん、感じる?」




 そうルーシーに尋ねられ、エリシアも同じように小声で訪ね返してしまう。




「え? 感じる って?」



「あの目玉――いいえ、ミスターストライプと呼ばれる彼から、微量な魔力を感じる」



「あ! ほんとだ……魔力で浮遊しているのでしょうか?」



「ええたぶん。自然魔法の類だろうけど……。翼の揚力補助ではなく、純粋な自然魔法だけで、物体をああして浮かせる。しかもそれを小型の機械へ組み込むなんて……これは間違いなく、すごく高度な技術よ」



「でもビジターって魔力を感じ取れないって、包帯の人が言ってましたよね? だとしたら――」



「この二人――いいえ、三人と言ったほうがいいかな。この三人の中に、魔法に熟知した者がいる。私達の住む世界よりも、もしかしたら遥かに高度な――」




 この時、ルーシーの脳内に、リゼの言葉が反響していた。




『お姉ちゃんたちは逃げて!! こいつ魔族の臭いがする!』




 ルーシーは歩きながらも、ポツリと呟いてしまう「魔族……か」と。




 エリシアが、浮遊する摩訶不思議な機械の目玉をまじまじと見つつ、包帯の男に尋ねた。




「あの……味方……で、いいんですよね?」



「安心して。ミスターストライプも、エイプリンクスも、そしてこの俺も、なりはこんなだが、君たちの味方であり、ジーニアスを救いたいと思っている者達だよ。ここには味方しかいないさ」



「ここ…… ここって、いったい なにをするところなんです?」




 その言葉に、包帯まみれの男とエイプリンクス、そしてミスターストライプが、ヒソヒソと目配せする。そして三人は、長年発表する機会を逃しに逃していた、千載一遇の好機チャンスといった瞳で答える。


 


「エリシアさん! よくぞ! よくぞ訊いてくれました!! この場所はビジターの管理外であり、D.E.A.が独自の管轄権を持つ独立自治区にして次世代技能研究区画!! その名を――」




 三人は小さな声で、「せーの、」とタイミングを合わせ、研究区画の名を叫ぶ。

 



「羅生門!」

「アーク!」

「エリア101 !」







――空気が凍った。



 あれだけ仲睦まじく、上がりに上がっていたテンション・ボルテージ。それが急激に冷え込み、チームの間に寒々しい隙間風が流れる。

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