第92話『爆走せよ! 装甲車!!』



 多脚型UGV無人陸上車輌――ボルドガルド。



 変形機構を備えたこの無人機は、高速起動形態として、球体型を採用している。これにより平面を高速で転がり、対象へ急接近するのだ。



 強力な武装を兼ね揃えたボルドガルドが、転がりながら装甲車へと近づいてくる――



 球体は装甲車の真横を通過し、そのまま遠ざかっていく。ボルドガルド各所に搭載されているセンサーは、魔法——つまり不確定要素によって隠蔽カモフラージュされた装甲車の存在に気付くことなく、通り過ぎる。


 そして球体形態のUGVは、膨大な兵器群が並んでいるメインストリートを、我が物顔で闊歩し、過ぎ去っていった……。



 包帯まみれの男が、ルーシーとエリシアに視線を合わせ、『もう大丈夫だ』という意味を込めて頷いた。



 すると装甲車内に、皆の安堵の息が流れる。



「エリシア、ルーシー、よく耐えたな! 偉いぞ!」




 ルーシーは胸の上に手を置き、軽く深呼吸をしつつ答える。




「き、緊張しました。あの……もしかしてバフかエンチャントを使ったのですか?」





「ご明察。効果は抜群だったな!


 この通り、ビジターは不確定要素というのが苦手なのさ。“ 大 ” が付くほどにな。彼らの持つデバイスやガジェットも魔法を想定して造られてはいない。だからこうして魔法でコーティングすれば、奴らの目を欺くことができる。


 加えて、気配を殺して周囲に溶け込むものや、視覚やセンサーなどの認識機能を阻害する魔法ならば、効果がいかほどのものだろう?


 ビジターからすれば、より一層 見つけることは困難であり、それこそ至難の業だ」




 装輪装甲車——シャドーヴォルダーの魔導機関が停止し、それと入れ替わるように発動機が再起動する。力強いエンジン音が鋼鉄の唸りを上げ、再び走り出した。


 包帯まみれの男は、エイプリンクスに進路変更を指示する。



「エイプリンクス、このままここを走るのはよろしくない。また奴らと 搗ち合う可能性がある」


「ならどうする?」


「裏口を通ろう」


「裏口? ……もしかして、地下のバックヤードを?」


「ここより警備は厳重だが、セクター9のBF-D33貨物用斜行エレベーターに乗っちまえば、あとは研究所まで直行できる。幸いにも、ここからそのエレベーターまでの距離は、約900メートルで遠くはない。現状これが、もっとも最適解だと思うのだが……どうだろう?」



「……うむ。最初の難所さえ越えれば問題なかろう。隊長の意見に従うよ」



「フルスピードで頼む。あああと、スピード出しすぎてエレベーターに突っ込むのだけは、勘弁な」



 最後の警告に対し、エイプリンクスは不敵な笑みを浮かべて答えた。



「そんな素人みたいなミスはしないさ。見ていろ――」



 エイプリンクスはアクエルを踏み込み、シャドーヴォルダーを急加速させる。タイヤと床が高速で擦れ、摩擦により、接点から白い煙が上がった。



 キュルルルルルルッ!!!



 車内にいるルーシーとエリシアは、突然の加速に「きゃ?!」と短い悲鳴を上げる。


 包帯まみれの男は態勢を崩しそうになりながらも、運転席のシートを掴んで起き上がる。そして運転手に向けて、



「ェ、エイプ! くれぐれも事故だけは避けてくれよ!」



「事故? かつて私の運転で、シャドーヴォルダーに傷をつけたことがあったか?」



「いやないけどさ! 一度も! で、でも今日が初めてってこともあるだろ! 初体験っていつも突然じゃん!!」



「敢えて断言しよう。それはない。そしてこれからもな」



「なら俺からも敢えて訊かせてもらおう! その自信満々の根拠ってなにさ?!」



「んなもん決まってる。培った経験、、実績、、さ! これだけは、いつの世も裏切らない!!」



 エイプリンクスはそう言いながらハンドルをきる。


 

 装輪装甲車はその巨体からは考えられない軽快な横滑りを見せ、そのまま真っ直ぐ坂道へと侵入――そしてさらに加速しながら、エレベーターを目指す。



「え、エイプさん! 念のためもう一度 言うけど、この速度じゃエレベーター突き破ってシャフトへ真っ逆さまだぞ! 慣性の法則とか、本当に分かってるんだよなぁ!?」



「少しは信頼してほしいものだ。フルスピードを御所望したのは、他でもない君なんだぞ?」



「もちろん承知しているし、信頼も充分してるさ! だが今日は俺だけじゃなくて、大事な客人を乗せているんだぞ!!」



「だがビジターに見つかったら、その客人である、彼女たちの命が危ないんだろ。――任せろ、私はもう誰も失わせはしない!」

 

 

 坂を下り終えた装甲車は、火花を散らし、軽くバウンドしながらバックヤードに侵入する。そして減速することなくエレベーターのブラストドアに向かって突き進む。


 エイプリンクスは器用にも運転しながらキーボードを叩き、ハッキングを行う。エレベーターの管理プログラムに侵入し、ブラストドアを強制開放させたのだ。しかしその奥に広がっていたのは、暗いエレベーターシャフトの巨大な穴。肝心のエレベーターそのものが、まだこの階に上がって来ていなかった。



 それを目にした包帯の男が、「やばい!」と声を上げる。


 しかしエイプリンクスは相反する反応を見せた。



「いいや、ドンピシャだ!」



 エレベーターのドアが完全に開放すると同時に、転落防止用の安全バーが下がり、今まさにエレベーターが到着したのだ。



 エイプリンクスは再びハンドルをきる――装甲車はドリフトしながら減速し、後部からエレベーターへと滑りこむようにして乗り込んだ。



 キキィイイイィイイィイイ――――ッ!!!!



 甲高いブレーキ音が木霊す。


 

 装輪装甲車シャドーヴォルダーは、エレベーターに辿り着くと同時に、見事 停止した。



 そして間髪入れず、エレベーターのブラストドアが、その重厚さからは想定できない速度で閉まる。



 重々しく物々しいカーテンが幕を下ろす―― 同時にエレベーターは、目的地である研究所に向かって降下していった……。



 そのわずか数秒後。



 エレベーター前に、多脚型UGV ボルドガルド が姿を見せる。彼らはエレベーターのドアで立ち止まると、異常がないかを軽く確認した。異常なしと判断したのだろうか? 再び球体へと変形すると、そそくさとバックヤードの巡回を開始した。



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