第88話『ファンタジーから、SFの世界へ !!』【前編】





 ローズとジーニアスの懐中時計が、ルーシーの手から離れる。2つの懐中時計は重力に逆らい、浮遊する。





「この力を使うのは、今しかない――」




 ルーシーはそう言いながら手をかざすと、懐中時計が瞬時に分解される。


 まるで見えざる神の手によって、製造工程を逆再生するかのように、すべての部品という部品が曝け出されたのだ。


 もはやそれは御業みわざという域すらも遥かに超越していた。丁寧かつ毅然と部品が配列され、空間上に静止している





 ルーシーには、誰も知らない ある特殊能力があった。





 触れた物体の構造や特性を解析――理解する、類い稀な力。





 力はそれだけではない。それらを分解し、彼女の意思で、本来の能力を発揮できるよう修復することもできるのだ。





 魔法。そしてギフトや理力にもカテゴライズできない、あまりに範囲外アウターで異質な力。





 この能力があったからこそ、日頃からベールゼン自慢のホームセキュリティを難なく突破し、こっそりと屋敷を抜け出すことができたのだ。



 ベールゼンが多額の費用を投じた、魔力で施錠する究極の錠前。職人技が光るその錠ですらも、ルーシーにとっては子供のおもちゃ同然だった。解呪と共に分解し、何事もなかったかのように元に戻せば、誰にもバレることはない。




 ジーニアスの延命処置――


 ルーシーの体内に残されていたナノマシンで、彼の時間を埋葬できたのも、必要な機密情報を抜き出し、裏マニュアルで超法規的措置を発動させたからこそ、ビジターの承諾なしで実行できた。





 そもそも地下訓練場で戦えたのも、彼女の能力による影響が大きい。


 VRで訓練を積んだこともあるが、ルーシーの能力によってハンドキャノンの特性を瞬時に熟知し、構造を網羅していたからこそ、あの状況下で自在に戦えたのだ。





 そして今、ルーシーはその能力を存分に駆使し、懐中時計の中にある情報を抜き出す。




 懐中時計の内部機構を解析しながら、ビジターの世界に行く手段を模索する。




「すごく頑丈で強固な防衛網……さすがビジターのテクノロジー。複雑で、鮮麗されている。どこかを無理やりこじ開けると、別の主要フレーム部がロックされる仕組みなのね。


 しかも情報が外部に漏れないよう、一つでもレッドフラッグが立てば、あらゆる情報が連鎖的に抹消フォーマットされるよう設計されている。



 難攻不落かつ、万全のセキュリティ。



 まるでこれらのギミックそのものが、芸術品のように艶やかで、綺麗。す、すごい造りね……――でも、」




 ハイレベルなテクノロジーに、ルーシーは心が折れそうになる。


 しかし彼女には、ある考えがあった。ローズに何かのアクシデントに遭遇し、帰還不能に陥った。だとすれば、緊急シグナルを発っしたはず。だからこそ、クラウンがこの世界に彼女の存在を感知し、ジーニアスと出逢うきっかけとなった。



 だとすれば――




「ローズさんの懐中時計。……――よかった! まだフォーマットされていない! なら、その中のバッファ内に残っている彼女の緊急用コードと、この部分——動力炉を直結させれば……。よし! できそう!! 


 ジーニアスさんが不在で、私にアクセス権限がなくても、この懐中時計が使用できる。そもそもローズさんはビジターの中でもトップクラスの人だから……――やはり、私の思っていた通りね。 彼女の持つコードは特製で、ハイレベルな権限がある! これなら、あらゆる手順を無視して、すべてのデバイスへのアクセスができるわ!!



 ジーニアスさんの懐中時計は民間用のものだから、緊急用コードでシステムが立ち上がってくれれば、あとは緊急帰還用座標に、自動オートで戻ることができる。



 

 機密保持のための緊急用帰還システムエマージェンシー・ベイルアウト




 問題はここから。はたしてこのまま、私の読み通りに事が進んでくれるのか。


 チャンスは一回だけ。


 失敗すればレッドフラッグが上がって、懐中時計の内部情報は抹消されてしまう。


 それに例え、向こうの世界に行けたとしても……交渉調達局やビジターの自治組織に捕まってしまったら、ジーニアスさんを救えない。


 失敗は―――絶対に許されない」




 ローズの懐中時計から必要なパーツが摘出され、それがジーニアスの懐中時計へ移植される。


 そして瞬く間に懐中時計は組み立てられ、ルーシーの眼前へと落下してくる。


 彼女は意を決した瞳で懐中時計をパシッ!と掴む。右手にジーニアスの懐中時計を、そして少し遅れて落下してきたローズの懐中時計を、左ポーチに収めた。



「………よし!」




 ルーシーは緊張する心をほぐすため、軽く深呼吸をして息を整え、緊急用帰還システムを起動させた。



 ルーシーは自分の心に言い聞かせるよう、誰にも聞こえないような小さな声で、告げる 『すべて上手く いく』と。




「――大丈夫。必ず成功するから……いいえ、成功させてみせる! ぜったいに!!」




 ローズの緊急用コードが、ジーニアスの懐中時計に流れ込む。システムがジーニアスによって発令されたものと誤認し、緊急用帰還シークエンスが強制的に実行された



 ルーシーの願いは通じたのだ。




『――警告。機密保持のための緊急用帰還シークエンスエマージェンシー・ベイルアウトを起動します。15ナノクリック後に、時空転移を開始します。


 15、


 14、


 13……』





「やったの? ……――やった! ハハハッ!! やったわ成功よ! これでジーニアスさんの故郷へ行ける!! これも創世の魔王様の思し召し! ありがとうございます! 本当に……グスッ、ありがとう……」




 緊張から解き放たれ、ルーシーは涙目、涙声で歓喜する。そうなるのも無理はない。あらゆる技術的特異点を経験し、テクノロジーの最果てへと脚を踏み入れたビジター。そんな彼等の防壁を突破し、ルーシーは最初の難関をクリアしたのだ。



――しかし喜びも束の間、ある意味 運命的なトラブルが、ルーシーを襲った。




 

“ ルーシーうしろ! 誰か来る!! ”





 突如ルーシーの脳内に、何者かの声が響く。それは ジーニアスの危機を報せた、あの声だった。彼女が ハッ!? と振り向いたのも束の間、何者かが茂みから現れ、胸へ飛び込んで来る。



 ルーシーは振り返り様にそれを受け、「おふっ!」と呻きながらよろめく。そして、『前にも、こんなことがあったような』――と、デジャブ感に苛まれた。



 飛び込んで来た幼女は、これまた満面の笑みでこう言った。



「おねえちゃん見つけた! ――って、あれ? どちらさま?」



 これまた舌っ足らずな口調で、あの時とまったく同じように首を傾げる人物――紛れもなく、病院で同じことをした、あのリゼ・ルーテシア・オルディーヌだった。


 さらに茂みからもう一人飛び出す。ルーシーに抱きついたままのリゼの背中に飛びつくと、まるで勝鬨か、大物を仕留めた漁師のように叫んだ。




「獲ったどぉおおおおおおおおおお!!!!」




 ルーシーは目をパチくりさせながら、別人のような姿となった少女の名を口にする。




「エリシア……さん?」



 草木まみれの髪に、若干血走っている目のエリシア。ルーシーの存在に気付くと、反射的に「あ……、どうも」と、リゼの背中に抱きついたまま会釈した。



 三人の間に、沈黙 という なんとも間の抜けた空気が漂う。

 

 そしてルーシーは『ハッ!』と我に返り、自分から離れるよう促した。



「二人とも! すぐに私から離れて! このままじゃ時空転移に巻き込まれ――」



 ルーシーは急いでリゼを振りほどこうとするが、無情にもカウントダウンは進んでいた。そして―――




『3、


 2、


 1―――――』



 

 カウントダウンがゼロになる瞬間、眩い極光が周囲を染め上げる。



 それは、ほんの刹那の出来事――。



 光が消え、残されたのは一陣の風。そしてカラカラと地面を転がる、枯れ葉の音のみ……








 点滅を繰り返していた街灯が、突然 息を吹き返し、正常に戻る。




 街灯はルーシーとクラウンが座っていたベンチを、煌々と、温かな光で照らすのだった……。






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