第89話『ファンタジーから、SFの世界へ !!』【後編】




 光の渦とも、巨大な筒とも思える広大な空間。その中を、ルーシーの意識が飛翔する。




 ルーシーは光の中で、奇妙な感覚に襲われていた。それは一瞬のようで、それでいて長い時間のような不思議なものだった。




  七色に輝く光の軌跡が、前方から降り注ぐ。まるで空から降り注ぐ流星群の中を、高速で飛行する――そんな錯覚を覚える光景。




 そんな流星が降り注ぐ前方から、一際眩い星がルーシーに去来する――いや、その光は他の星々とは異なり、まるでルーシーを待ち構えていたかのように聳えていた。




 円形状の光の壁と、ルーシーと重なる。



 瞬間、彼女の意識は光に呑まれ、夢の中へ溶けこむように真っ白になった。

 



――――――――……………………


―――――――…………………


――――――……………


――――…………


――……





「………、?」




 ルーシーは恐る恐る、ゆっくりと目を開ける。目の前には、巨大な格納庫のような空間が広がっていた。



「ここは? 成功したの?」



 ルーシーは戸惑っていた。ビジターが帰還する発着場と、その見取り図は頭の中に叩き込んである。そしてビジターに見つからないよう、概ね逃走ルートも算出していた。



 だが目の前にある光景は、彼女が想定していた場所とは かけ離れていたのだ。




「どこ? まさか……転移先の座標軸がズレていた?」




 なにが起こったのか分からないのは、ルーシーだけではない。リゼやエリシアもまた、目を見開き、周囲を確認している。



 エリシアはキョロキョロと視線を泳がせながら、ルーシーになにが起こったのかを訪ねた。




「あの……ルーシーさん、ここはどこですか? 私たちは舗装された林道にいましたよ……ね?」



 エリシアはそう言いながら、近くにあったあるものへと歩む。それは三脚で、頭頂部に板状の物体が取り付けられていた。エリシアがそれに触れようとしたのだが、ルーシーが急いで制止する。




「ちょっと待って! それは私達の世界にないものだから、触れたらなにが起こるのか分からないの。だから絶対に触っちゃ駄目!」



「私達の世界に……ないもの? それじゃまるで、ここが別の世界のような言い方じゃないですか。アハハ、そんなわけ……ない…ですよね?」



「エリシア……ほんとうにごめんなさい。実はその まさか、、、 なの。巻き込んでしまうなんて――」




 謝ろうとしていたルーシーの視界に、目を疑うような とんでもないものが映ってしまう。



 四方を取り囲む謎の三脚。そこから伸びているコードの末端には、機器をコントロールするのであろうコンソールが置かれていた。その端末を、カチャカチャといじ弄くり倒すリゼの姿が目に入ったのだ。




「ひぃいいいぃ!? なにをしているのぉ!!!」




 温厚なルーシーも、さすがに顔を真っ青にしてリゼを端末から引き剥がす。


 キーボードカチャカチャを邪魔されたリゼ。彼女は ほっぺをぷく~と膨らませ、ルーシーに文句を垂れる。



「えー! どうしてぇ! もっとタイプライターをカチャカチャしたいのにぃ!!」




 ルーシーは立膝をつき、リゼと視線を合わせつつ、顔をブンブンと横に振った。




「あれはタイプライターじゃないの! それに そんなことしたら、ビジターに私達の存在がバレちゃう!!」



「びじたー? なぁに、それ?」



「えっと……リゼちゃん、あのね。ここはビジターって人たちの家の中なの。勝手に人の家に上がったら、怒られちゃうでしょ? だから、誰にも姿を見られたらいけないの。いい? リゼちゃんは素直で良い子だから、お姉さんの言ってること、分かるわよ……ね?」



「うん! リゼいい子だからわかるよ! かくれんぼだね!」



「そう! かくれんぼ! もし、誰にも見つからずにフェイタウンに帰れたら、ご褒美に、好きなもの買ってあげる」



「好きなものぉ! やったぁ! えっとねぇ、うんっとねぇ! なにがいいかなぁ~」



 リゼは楽しそうに、脳内でご褒美を選び始めた。



 ホッと胸を撫で下ろすルーシーに、エリシアが問いを投げかける。


 


「あの、ルーシーさん。びじたーって?」


「話は後! 早くここから抜け出さないと、見つかって―—」




 ここから逃げ出そうとするルーシー。しかしなにかの物音に気づき、即座にその方向を見る。少し遅れて、エリシアも音のした方向へと視線を移す。その物音の正体は、ブラストドアだった。重厚かつ複雑な機構を持つ防護壁が稼働し、その奥から一人の男が姿を表す。




 場違いなパジャマ姿の男は、開口一番、心底安心した様子でこう言った。




「いやはや、間一髪。ルーシーが降り立つはずだった発着場は、交渉調達局が厳重な警備網を敷いている。待ち伏せされていたんだよ。我々が網で掬い取っていなければ、今頃は皆、捕まっていた」



 ルーシーは警戒を厳にし、身構えた状態で訪ねた。




「網で掬う? どうやって――そもそもなぜ私の名前を? あなたは……いったい」




 男は点滴が下がったイルリガートルスタンドを押しながら、ルーシー達へと歩みを進める。顔面は包帯でぐるぐる巻き。左腕は痛々しくも、アームスリングで下げていた。



 にも関わらず、穏やかな口調で、問われた質問に優しく答える。




「あー、まず問いの一から回答するね。


 網っていうのは、君たちを取り囲んでいる そこの三脚――正確にはその先端にある時空転移装置で、ビジターの発着場へ行く前に、その装置で、君たちを捕縛――ここへ無理やり転移させた。より端的に表現するなら、釣った魚を、外敵のいない安全な生け簀に移したのさ。


 問い二。ルーシーの名を知っていたのは、ジーニアス・クレイドルが、自分の個人デスクに情報を送信していたからだ。開けるのに苦労した甲斐があったよ。フェイタウンの地形や文化、そして君たちの会話内容から交戦記録などの情報が、向こうから送られていたんだ。


 例えるのなら、ん~と、そうだな……。ああ小説、小説だ。 神の視点から描かれた君たちという物語しょうせつ。その小説ものがたりを、予め読んでいた――という形かな。


 問い三。名前……か。名前は――」



 

 ルーシーとエリシアの間を、なにがか高速で駆け抜けて行く。それは名乗りの途中だった男に向かって跳び、襲いかかったのだ。


 エリシアが彼女の名を叫ぶ。



「リゼ だめ! なにしてるの やめて!!」



 その声に、リゼは戦いながらも逃げるよう促す。



「お姉ちゃんたちは逃げて!! こいつ魔族の臭いがする! 敵! ぜったいに悪いやつだよ!!」



 リゼは小さな体を駆使し、機動力を活かして攻撃する。パジャマ姿の男は、イルリガートルスタンドを振るい、リゼの飛び蹴りを受け流し続ける。反撃はせず、すべての攻撃を退け、避けていた。



 しかし医療用のスタンドは、戦闘を考慮して設計されてはいない。



 攻撃を受け続けたスタンドは、ついに耐久力がゼロになり、グニャリと へし曲がって壊れてしまう。



「今日だけで何本ダメになるんだか!」



 彼は そう言いながらスタンドを投げ捨て、代わりに床に落ちていた点滴のパックを拾い上げる。そしてそれをリゼに向かって投げつけた。


 リゼは手刀で点滴パックを両断する。だが中のリンゲル液が飛び散り、それをもろに被ってしまう。



「ぴゃ?! 前が見えな――」



 僅かに生じた隙――男はある人物に合図を送った。



「エイプリンクス! 今だ!!」



 その掛け声と同時に、立ち止まっていたリゼの周囲に光のリングが顕現する。その三本のリングは、脚、腹部、肩の部分までスライドすると、一気に収縮した。



「う、うごけない! なにこれ?!」



 リゼは身動きを封じられ、もぞもぞと抵抗も虚しく、床へと倒れる。



 男はそんなリゼを見下ろしつつ、「暴れないほうが身のためだ」と忠告する。




「貨物を固定するバインドリングだ。民間用とはいえ、それを破壊するのは至難の業だよ」



 そう告げると、男はルーシーとエリシアに、改めて自分が敵でないことを明言する。



「さぁ二人とも、そろそろ交渉調達局が侵入者に気付く頃だ。時期に、ここを嗅ぎつけるだろう。さぁ、この船から出よう」



「「ふ、船?」」



「ああそうだよ。ここは廃棄物運搬用の、巨大貨物船の貨物室なんだよ。もちろんこの船は、水の上に浮かぶのではなく、時空という大海原おおうなばらを征く船なのさ」


 男はジタバタと暴れるリゼを肩に担ぎ、ボディランゲージと共に二人を誘導する。



「さぁ、こっちだ」




           ◇




 エレベーターで艦橋へと上がり、階段を上がって甲板に出る。



 そして長いタラップを降り、桟橋と思われる場所へと降りた。



 しかし桟橋や甲板、タラップに至っても、そのどれもが大きく、少女たちの知る常識とはかけ離れたデザインだった。



 とくにルーシーやリゼにとって驚愕したのは、廃棄物運搬用の貨物船だ。



 フェイタウンやセイマン帝国の常識では、木製が主流。しかし目の前にあるそれは、材質の一切が不明なばかりか、なによりその大きさが桁外れだった。村どころか、町一つがすっぽり入ってしまうほどのスケールなのだ。



 そしてその船すらも凌駕するのが、港と思われる構造物の大きさだ。あるべきはずの空はなく、代わりに光る天井が広がっている。



 ルーシーとエリシアは息を呑み、その大きさに圧倒されながらも、目を奪われた。


 


「これが……船? 嘘でしょ?」



「この船は、一部に空間圧縮技法が取り入れられているから、これでもコンパクトな部類されるんだよ。あ、そろそろだね」



「そろそろ?」



「出航の時間だ。見ててごらん」



 警告音が鳴り響き、タラップが格納される。そして貨物船が抜錨し、大海原へと出航した。



 艦首前方の空間が歪む。黒いタールの壁のような空間が展開する。


 船は少しずつ進み、タールの壁へと沈んでいく。波紋が緩やかに波打ち、艦尾が呑まれると同時に、黒い壁は消滅――貨物船と共に、初めからそこに無かったかのように、綺麗に消え去った。




 産まれて初めて目にする圧巻の光景。ルーシーとエリシアは、ただただ唖然とする他なかった。


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