第70話『涙の先に垣間見た、彼女の面影』
祈り終えたジーニアスは立ち上がると、申し訳無さそうに話を切り出す。
「ジャスミン、実は――」
しかしジャスミンは、すべてを悟った口調で優しく遮る。
「おっと、それ以上言うな。ポポルか……もしくは処刑された兄妹の話――その話をすでに、他の誰かに打ち明けていたのだろう?」
「――ッ! どうしてそれを?!」
「簡単さ。顔色を伺ったまでのこと。より正確には、“ 目 ”は“ 口 ”ほどにものを言う――あなたの視線から、心を感じとり、ただそれを読んだの」
「視線から心を……読む? それは文字通りの意味ですか? それとも比喩で、なにかしらの魔法を?」
「そんな回りくどいことをする必要はない。ただ純粋に、その人を見て、ありのままを感じとるだけよ。まぁ堅物の私よりも、こういった繊細なことはジルのほうが得意だったがな」
「ジル? 初めて聞く名ですね」
「ああ、すまん。前世での……友人の名さ」
ジャスミンは笑いながらそう言うと、ゆっくりと立ち上がり、ジーニアスと視線を合わせ、微笑んだ。
「悩んでいるのは本当だろう。それは言葉の端々から伝わった。
そしてあなたの目には、微かな怯えがあった。未来の見えない不安。不慣れな感情の抑制……――でも、その奥にある瞳の色は違った。力強く、色褪せず、驚くほど真っ直ぐで、揺るぎないものがあった。
あの目は明らかに、人を見捨てるくらいなら、死を選ぶ。主に体と心を喜んで差し出す、自己犠牲の覚悟を秘めたもの。なんだか……懐かしさを感じたよ
戦場で嫌になるほど見てきたが、本当に迷っている者の目は、濁り、もっと曇っていて、視線はブレている。
しかし、ジーニアスはそうではなかった。だとすれば、答えは自ずと導き出される。私に悩みを打ち明ける前に、答えは、すでに決まっていて、心の中で折り合いをつけていたんだ。
あー、でも、ポポルの話をしている時の目は、なにか……うまく言えないが、
ジーニアスの中で払拭できない、深く、拭いきれない淀んだものを感じた。
――いや、もしかしたらなんだが、ポポルを失う前に、なにか別の喪失……友人か、誰か愛する人を亡くしたんじゃないか?」
その言葉を聞いた瞬間、ジーニアスの目から涙が溢れ、頬をつたう。なぜか左目からだけ、涙が流れていたのだ。
ジーニアスは自身に起きた現象に、彼自身が驚く。そして不思議そうに、頬から流れ出た涙を、指で掬い取った。
「これは……涙? 私は……泣いているのか?」
なんとも皮肉なことだろう。
涙の理由を訊き出そうとしていた当の本人が、自分でも訳も分からず、涙を流していたのだ。
彼のボヤケた左目の視界。そこには、ここに居るはずのないローズの面影が重なっていた。
視線の先にいたジャスミンは、自身の失言に気づき、ハッとした表情で発言を取り下げようとする。
――だがその時だった
隣の病室から、男の悲鳴が木霊したのだ。
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