第54話『スコーピオン・クイーン』
偽のエリシアは新しい余興を提示すべく、指をパチンと鳴らした。
すると訓練場の赤き雷狼や、観覧席の人型の魔獣がすべて溶け出す。
紫の液状化した肉塊は、魔法障壁の亀裂を塞ぐ。ジーニアスとの一対一の戦いに、水を差されないようにするためだ。さらには液状化した肉塊は、偽のエリシアの元へ集結する。そして体積を増大させ、新たな姿に変貌を遂げる――今度は観覧席に、巨大なクリーチャーが顕現したのだ。
狼の次は――巨大な
しかもただの蠍ではない。前体部の触肢が巨大蟹のように肥大化しており、中体第
偽エリシアの上半身は急速に成長し、顔つきすらも変わっていく……そしていつの間にか、豊満な体を持つ、あのゼノ・オルディオスへ変異していた。胸部を始めに、体の各所を甲冑のように甲殻で身を包んでいく。
それを見た駄菓子屋の亭主は、本物のエリシアを庇いつつ、狼狽しながらも唸るようにこう呟いた。
「スコーピオン・キングならぬ、
その言葉に猟銃を構えた志村は、言葉で駄菓子屋の背中を叩く。彼の弱気になった心を、策励したのだ。
「おいおい、それがかつて皇軍兵士様だった奴の言葉かぁ? お互い、負け戦は胃もたれするほど食い飽きてんだろ。ビビればビビるほど、相手の思うつぼってもんさ。負けて苦汁と煮え湯を同時に喰らうくらいなら! 相手にガツンと噛み付いてやろうや!」
志村の言葉は駄菓子屋に向けられたものだが、同時に自分への戒めでもあった。彼もまた心の中で、ゼノ・オルディオスの力を改めて目の当たりにし、たじろぎ、束の間 臆病風に吹かれたのだ。
教会前での戦いも現実離れしていた。だが地下での彼女は、駄菓子屋の言う通り、さらに非常識極まりないものだった。
体の一部であろう肉塊を、スライムのように移動させたばかりか、それで質量を操作し、体を巨大化させたのだ。そんなもの、長い人生を歩んできた彼とて、産まれて初めて目にする光景。
自分の背丈の半分もない少女が、みるみる膨れ上がるように巨大化し、サソリの化け物となる。――そんなものを目の当たりにすれば、恐怖の一つも覚えよう。
コボルトの志村はゼノ・オルディオスの弱点である、コアを探し出す。
彼には、どこにコアがあるのかが、分かるのだ。
帰還人として、彼がこの世界で得たギフト。それは前世の射撃センスを極限まで向上させ、戦闘能力を一気に向上させる『超感覚』――コアの場所を探り当てる能力は、その恩恵の一つだった。
厳密には、ギフトは超感覚の一つだけである。だがそれには、他の保有スキルを相乗的に向上させる要素が含まれており、弱点看破と必中能力も並列して機能するというレアギフトだった。
だからこそ高位神官のフェイシアとマーモンは、協議を重ね、この世界では所持や製造が厳禁とされる、銃火器の所持を認めたのだ。
すべては万全を期すため。
ジャスミンがアスモデ・ウッサー公認の切り札であり、光であるとするならば、コボルトの志村はさながら その影であり闇であろう。なにせ裏社会ご意見番であるマーモンが、合法・非合法問わず装備を整え用意された、虎の子なのだから……
観覧席のゼノ・オルディオスと体積が入れ替わるように、訓練場のゼノ・オルディオスは、人型を維持したフォルムへ変異した。
魔族のような角と腕や脚――、
そして竜族のように急所である胸や鼠径部周辺を鱗で包み込む。ジーニアスとの高速戦闘に特化したフォルムへと、体を創り変えたのである。
そして彼女の胸の谷間上には、レッドメタリックに輝く、魔獣を構成する中枢核――コアが、これ見よがしに露出していた。
ゼノ・オルディオスは満足げに笑いながら語る。
「皆、そろそろこの催し物にも飽きてきたんじゃないか? それとも お疲れかな? 私としては、十分な収穫はあってとても満足だ。
この私をここまで追い込む、本物の猛者がいたんだ。そんな上物と剣を交えれば、思わず笑みが零れてしまうというものだ。
だがあの男と戦うとなると、まだまだだ」
ゼノ・オルディオスは、ジーニアスによく見えるよう、そのコアを指先でコンコンと叩きながら告げる。いや、ジーニアスだけではない。スコーピオン・クイーンと化した、観覧席のゼノ・オルディオスも、露出させたコアを指差し、まったく同じ言葉を口にする。
「「ルールを少し変更しよう。コアを破壊すればお前たちの勝ちという点は、変わらない。だが――」」
しかし戦闘マシンと化しているジーニアスに、聞く耳は持ち合わせていない。ゼノ・オルディオスが説明しているにも関わらず、斬りかかったのだ。
ゼノ・オルディオスはその斬撃を、腕から生やしたショートソードで軽くあしらう。巨狼の時とは打って変わって、その動きは機敏かつ繊細である――そのため、彼の動きの上をいくことが可能となり、不意打ちにも問題なく対応できた。
だがジーニアスの成長は目まぐるしいものがある。彼はゼノ・オルディオス本人ですら気づいていない癖を見抜き、その隙を突く。
それは思いもよらない攻撃だった。
斬撃のフェイントで攻撃を所定の位置へと誘引しつつ、袖の中からアンカーを射出したのだ。もともとは高所へのクライミングで使われるものであるが、それを敢えて、飛び道具として使用したのだ。
高速で射出されたクライミングフックが、長槍としてゼノ・オルディオスのコアを直撃――中心部を穿つ。コアは粉々に砕け、無残に飛散する。
だがしかし、体を構成する源を破壊されて尚、ゼノ・オルディオスは健在だった。彼女は体を回転させ、ジーニアスを魔法障壁まで蹴り飛ばす。
そして乱れた髪をかき上げながら、忠告する。
「ジーニアス、この私に処世術を教えさせる気か? 理性や意識を喪失しているお前に言っても無駄かもしれんが、人の話というものは最後まで聞くべきだ。でなければこうして、無駄な労力を強いることになる」
改めてゼノ・オルディオスは、この最終ゲームのルールを説明する。
「「さて、では話の続きだ。コアを破壊すればいいのは変わらん。だが――」」
ゼノ・オルディオスの胸上にあったコアが、まるで映像を巻き戻すかのように修復し、元に戻ってしまう。傷一つない光沢を帯びた球体。再び元通りになったコアをコツコツを指で叩きつつ、この場に居合わせた全員に告げる。
「「――同時だ。訓練場にいる私と、観覧席にいる私のコアを、同時に破壊しろ。それが、お前たちにとっての勝利条件なる。どうだ? あまりにも簡単なルールで変更で、拍子抜けしたか?」」
ゼノ・オルディオスの言う通り、ルール変更そのものは複雑ではなく、シンプルなものだ。しかし意思疎通ができなくなったジーニアスとタイミングを合わせ、同時に弱点を攻撃するとなると、話は違ってくる
それは現状において、不可能に近い命題だった。
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