第55話『遠き カーテンコール』



「……この戯れも、真の意味で佳境に入った。 すべての力を――全身全霊を持って、ここで絞り出すがいい。 さぁ示せ! 汝らの力を! あらゆる手段を駆使し、この私を捻じ伏せて見せろ!!」



 巨大なサソリは肥大化したハサミを振り上げ、それを勢いよく振り下ろした。



――轟音。



 その衝撃は観覧席全体を揺るがし、舗装された階段を削ぎ落とした。想定を上回る衝撃に、天井の防水タイルが剥がれ、それが次々に落下してくる。



「危ない!」



 ルーシーは味方の上に落ちようとしているパネルを、ハンドキャノンですべて迎撃する。VR偽物の現実 仕込みとはいえ、その銃捌きと命中精度たるや、熟練の域と称して過言はない。


 つい先程、初めてハンドキャノンを手にしたとは思えない射撃で、驚異を取り除いていく。



 その援護射撃に助けられながら、サーティンとベールゼンは巨大なスコーピオンに向かって駆け出す。各々の武器を振りかざし、スコーピオン・クイーンと化したゼノ・オルディオスに会心の一撃を加えていく。



 もちろん斃そうとは思ってない。



 攻撃の一つ一つに重きを置いているのは、巨蠍の足を止めの時間稼ぎ。レヴィやエリシア、ジャスミンなどの戦えない人達を、できるだけ遠ざけるためだ。



 マーモンも護衛についてはいるが、なにせ両肩にヴェルフィとジャスミンを担ぎ、さらにはレミーを背負っているのだ。いくら人外染みた力を持つ彼とはいえ、負傷者を積載したままでは、さすがに戦闘はできまい。



 そして未だ意識のないレヴィを駄菓子屋の亭主が担ぎ、エリシアと一緒に後退を始める。駄菓子屋の亭主は、過去のしがらみによって戦えない。だが、だからこそ、自分がするべき事が見えていた。


 戦えないとはいえ、彼は元軍属である。


 いつの世も、有事という修羅場を経験した者は、こういった場面でも機転が利く。――いや、命がかかっている分、普段よりも数倍手際が良くなり、力も増すのだ。


 事実、レヴィの体が比較的軽いとはいえ、少女を担いで全力疾走しているのだ。火事場のバカ力とは、まさにこのことだろう。(マーモン氏は例外)



 そんな撤退中の駄菓子屋たちを、コボルトの志村が援護する。彼らと入れ替わるように前進し、見晴らしの良い狙撃地点へと向かう。



 コボルトの志村は排莢しつつ階段を駆け上がる。観覧席の最後尾であり一番高いところまで移動し、その場所で座り込んだ。



「ここなら、あの蠍女の全体が見下ろせるな」



 志村は狙撃態勢をとる。


 左脚の外側面を地面に付け、右脚を立てつつ、その上にウィークハンドの肘を乗せ、フォアエンドを置く。――こうして体全体でライフルを固定することで、バイポッドや銃身を乗せるものがなくても、安定した狙撃を行える。



 志村は中折れ式二段散弾銃で、慎重に狙いを定めながらも、ゼノ・オルディオスが定めた新規ルールについてボヤく。



「つまり訓練場にいるあの男と、タイミングを合わせてコアを破壊しろってことか?  ふざけやがって! 無理難題ふっかけられる、こっちの身にもなれってんだ!!」



 ゼノ・オルディオスゲームマスターにとって都合の良いルール改変。それを強いられるプレイヤーにとっては改悪でしかなく、無茶振りを要求される者にとっては、迷惑千万に他ならない。しかも異議や反論も許されないとなれば、志村のようにボヤきの一つも吐きたくもなる。


 だが彼ら、そして彼女たちに発言権はない。この場所でイニシアチブを握るのは、ゼノ・オルディオスなのだ。


 そんな彼女の弱点であるコアが、再び破壊される――それを行使したのは、ベールゼンである。魔力で加速させたレイピアの剣先。その鋭い殺意が、赤いコアを打ち砕いたのだ。


 ベールゼンは巨大なハサミを避けつつ、一旦距離をとり、スコーピオン・クイーンの様子を伺う。




「試しに砕いたが……どうだ?」




 しかし結果は、訓練場のゼノ・オルディオスと同じだった。砕け、飛散したはずのコアは、何事もなかったかのように元へと戻る。



 ゼノ・オルディオスは修復したコアをなぞりつつ、『やれやれ、いい加減にしろ』といった表情で、こう言った。




「どいつもこいつも、話を聞かんやつばかりだな。同時破壊でしか、私は斃せんと言ったはずだ。さすがにこれは少々……お仕置きが必要かな?」




 スコーピオン・クイーンは意味ありげにほくそ笑みながら、指をパチンと鳴らす。


 すると爆薬で開けたはずの地下訓練場出入り口を、あの紫色の肉液が塞いでしまう。石畳の隙間から溢れたそれは即座に硬化し、まるで琥珀のように半透明な物質へと変わる。



 この地下訓練場から脱出しようとしていた、駄菓子屋たち。彼らは唯一の脱出路を絶たれ、どうしていいのか分からず、立ち往生してしまう。



 駄菓子屋の亭主は「こんなのありかよ……」と心の声を漏らしつつ、聳える琥珀の壁を見上げた。



 呆然としている彼らに、遅れてやって来たマーモンが声をかける。




「どうした!」


「どうもこうもないぜ! 見てくれよコレ! あの女、逃げ出さないよう壁を造りやがった!」


「なんだこれは……琥珀? ふむ、砕けるかどうかやってみよう。ジャスミンとヴェルフィーを頼む。とくにレミーはお腹に赤子を宿している。くれぐれも慎重にな」



「お、おう! 了解した。 気をつけてな。この壁、なんか嫌な感じがする」



 マーモンは肩に担いでいた二人と、背負っていたレミーを駄菓子屋たちに託す。




 彼は目を閉じると、腰を落とし、動きを止めた。そして目をカッと開いたかと思うと、目にも留まらぬ疾さで鞘から剣が引き抜かれる――――




 この世界では、シールドによる防御を基礎とした剣術が主流である。マーモンが行った剣術は、世にも珍しい抜刀術。居合斬りだった。



 剣を抜いた勢いで一撃を加え、対象に致命傷を負わせる刹那の御業。不利な状況を一変させるこの剣術であるか、今回はそうならなかった。



 甲高い金属音が鳴り響く。だがその音には不穏な濁りがあり、マーモンは思わぬ結果に驚く事となる。




「――――なに?!」




 琥珀の強度に、剣が白旗を上げたのだ。



 折れた剣先が、勢いよく石畳の上を滑り、椅子の脚に刺さって止まる。

 


 それを見たゼノ・オルディオスこと、スコーピオン・クイーン。彼女は「無駄無駄」と嘲笑い、器用にも戦いながら、その琥珀がなんであるのかを説明した。


 

「それはただの琥珀ではない。リフレクト魔導反射加味エンチャントさせた極上の逸品さ。魔法だけでなく、物理攻撃すらも跳ね返す代物だ。かなり魔力を消費するから普段は使わんのだが……興に乗っている今、大盤振る舞いしたい気分でな」



 スコーピオン・クイーンはそう告げると、最後にこう締め括る。



「カーテンコールまで付き合ってもらうぞ! さぁ踊れ!! お前らのフェイタウンを守る意志は、その程度なのか!!!」

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