第52話『覚醒のジーニアス』



 赤き雷狼ゼノ・オルディオスは紅の迅雷をジーニアスに向かって放つ。六つの雷が石畳を削り飛ばしながら、ジーニアスへと迫る。



 六つの光柱がジーニアスを起点として収束する。魔力によって破壊力を増大させた稲妻いなずま。その逃げ場を失ったエネルギーが、爆風と衝撃波へと変換され、地鳴りを上げて地下訓練場を揺るがす。



 戦闘中だったヴェルフィとマーモンも、それに巻き込まれてしまう。衝撃波によって、二人は訓練場の端まで吹き飛ばされ、魔法障壁に叩きつけられてしまった。




 ゼノ・オルディオスは、真紅の稲妻を その身に帯電させつつ、予想を下回る戦果に舌打ちした。




「チッ、駄目か。明らかに手応えが浅かった。これは厄介なことに――――上か?!」



 

 尋常でない殺気。



 赤き雷狼はそれを感じ取り、飛び退こうとした。――が、その巨体が祟り、動作がほんの少しだけ遅れてしまう。その刹那いっしゅんが命取りになった。



 ジーニアスは空中で回転し、限界まで加速をかける。そして渾身の踵落としを狼の頭頂部へと落とす。





―――――――ドムッ!!!!!!!





 その攻撃は一発だけだったが、あまりにも重く、強烈なものだった。



 凄まじい打撃によって、巨狼の頭部が石畳に沈む――



 ゼノ・オルディオスはその衝撃に、意識が断裂しそうなりつつも、反撃に転じようとする。まずは彼との距離を離すのが先決。そう考えた彼女は、狼の口から蒼炎を吐き、牽制する。



 あらゆる生物が本能的に怖れる “火”。



 知性のある人ならば尚の事、反射的に怯み、向こうから距離を置くだろうと考えたのだ。



 しかしジーニアスはまったく逆の行動をとる。その牽制が繰り出される前に、雷狼の懐へと入り込んだのだ。そしてリキッドソードを振るい、腹部に斬撃を繰り出す。


 一撃や二撃ではない。短時間に乱舞とも言える斬撃を注ぎ続けたのだ。




「バカな?! ジーニアス! こちらにはレミーがいるのだぞ!!」




 人質など お構いなしの攻撃。


 予想を覆され、ゼノ・オルディオスは狼狽えつつも範囲攻撃を放った。赤き雷狼をに纏いし電光が、無数の針ニードルラッシュへと変異し、それが一斉に放たれる。まるで散弾銃のように……


 ジーニアスもこのままでは分が悪いと悟り、無差別攻撃が執行される前に、自ら離れた。放たれた針は魔法障壁意外のありとあらゆる場所に刺さる。だがそれでも、ジーニアスを捉えることはなかった。



 ゼノ・オルディオスは損傷した腹部を自己修復させつつ、急いで駆け出す。立ち止まっていては、いつ何時なんどき、攻撃を受けるか分からないからだ。




 彼女は訓練場を走りながら考察する。





「ジーニアス、怒りで我を忘れているのか? 仮にそうだとして、攻撃の精度が上がっているのは説明がつかない。まさか……こちらの意図が悟られている?」





 ゼノ・オルディオスは自問自答するが、答えは返っては来ない。



 挙げ句 考えが纏まることはなく、現実に映し出されているのは、ジーニアスという狩人に追い込まれている、哀れな自分の姿。しかも今まで見下した台詞の数々が、悲しいかな小物感を漂わせるオマケ付きだ。




「魔法を使わず、それでいて異世界の力を使うことなく、この疾さとは……。ジーニアス・クレイドル、称賛に値するぞ。だがどちらにせよ! 私のこの動き、、、、には、追随どころか、その目で捉えることすらできまい!!」




 赤き雷狼が光り輝く。


 血のように真っ赤な稲妻いなずまに包まれ、その速度が飛躍的に向上する。いや、それは飛躍と言うにはあまりに並外れており、まさに神速の域だった。



 電光石火――雷光の化身と化したゼノ・オルディオスが、広大な訓練場を所 狭しと疾走する。




「――格の違いというものを、その目に焼き付けるがいい!!」




 速度を活かし、ジーニアスとのすれ違いざまに火炎と電撃を放つ。


 ジーニアスは雷撃を斬り払いして無理やり反らす。そしてリキッドソードを液体に戻し、ラウンドシールドへと再構築させ、蒼炎を防いだ。




「ジーニアス! 善戦していたのに、そうやってすぐ守備にまわるのは お前の悪い癖だ。戦場で動きを止めれば死ぬぞ!! 優れた目を持つ お前なら、戦いながら状況を見極めることができように!」




 そう言いながらゼノ・オルディオスは距離を置き、踵を返そうとした時、姿勢を崩してしまう。




「――――んぅッ?!! な、なんだ!?」




 バランスを失う赤き雷狼。彼女は左前脚に妙な違和感を感じ、何事かと視線を落とす。そこにはあるべきはずの脚がなかった。


 ジーニアスはすれ違いざま、蒼炎と赤き稲妻をシールドで受け止めつつ、目にも留まらぬ疾さで、巨狼の前脚を斬り落としたのだ。


 敢えて動きを止め、ゼノ・オルディオスに攻撃をさせる――そして 攻撃の際に生まれてしまう隙を利用し、会心の一撃を与えていた。




 格の違いを見せつけるはずが、逆に、彼の力を思い知らされる形となった。




 ゼノ・オルディオスは驚きつつも、肩を震わせて、隠しきれぬ高揚感にニヤリと笑みを浮かべる。まるで待ちに待ち望んだ このしゅんかん に出逢えたかのように、



 


「嗚呼……懐かしい……とても懐かしい感覚だ。追い込まれ、恐怖に全神経が逆撫でされ、身が竦む…… クククッ……ハハハ、アハハハハハハッ!!


 何たる僥倖!!


 暇つぶしの余興のつもりが、最高のメインディッシュとはな! そうだ! ジーニアス、それで良い、、、、、




 ゼノ・オルディオスは追い込まれているにもかかわらず、嬉々として喜びの声を上げる。そしてジーニアスの攻撃を避けつつ、マーモンたちの側に着地した。



 

「マーモン、いつまで寝ている。お前らの欲しがっていたレミーとヴェルフィは返すぞ。起きたらジャスミンを連れ、観覧席へ上がれ。お前たちがここに居ては、我々の戦いの邪魔となる」




 マーモンは頭を左右に振り、半ば朦朧とする意識中で、思わず訪ね返してしまう。それもそうだろう。あれだけ盾にしていたレミーやヴェルフィを、こうも簡単に手放すとは夢にも思っていなかったからだ。



「なに?! なぜだ。なぜ人質を解放する?」



「本気で戦うとなると、私の腹の中にいるレミーが邪魔になる。それに――」




 赤き雷狼ゼノ・オルディオスは、マーモンに語りかけながら、背中から触手を伸ばす。


 触手は魔法障壁に突き刺さったままとなっていた、聖剣の剣先を掴む。そして力任せにガコッと引き抜くと、それをジーニアスに向かって放り投げた。続けて雷撃と火炎弾を放ちつつ、話す時間を稼ぎながらこう続ける。




「レミーを人質にとったのは、彼女が由来人と なんらかの繋がりがあり、誘き寄せるのに格好の材料だったからだ。


 しかしこの期に及んで、由来人は一向に姿を見せない。



 非情なのか、


 それとも愛する人の危機に気づかないマヌケか、


 あれだけの高濃度魔力残滓。そしてレミーの記憶を守った、高度なプロテクションフィールド。それを垣間見れば、もはや伝承でも、架空の存在でもない。由来人――つまり魔王種は必ず、このフェイタウンにいる。


 

 ヴェルフィが由来人か? とも思っていたが、そもそも私に操られるような男が、創世の魔王と肩を並べる存在なわけがない。


 だがそれよりも、今は見違えるような強さを覚醒させた、ジーニアス・クレイドル――彼の資質を見定めたい」



 赤き雷狼の腹が割れ、触手に抱えられたレミーが、石畳の上へと降ろされる。ゆっくりと、慎重に。



「やれやれ、これでやっと肩の荷が降りた。


 この女はジャスミンの言うところの、『お人好し』だ。そんな善人レミーが死ぬのは、なんとも寝覚めが悪い。――にしても赤ん坊を身籠っていたとは。こんなヒヤヒヤした戦いは、二度と御免だ」



 それを聞いたマーモンは、レミーを抱き上げながら視線で訴える。『お人好し』という言葉を自身に当てはめるのは、不適切であり、不愉快である――と。



「今更 そうやって “お人好し” を装っても、お前がこの街で犯した罪や、人質を盾にした事実も変わらんぞ」



「これはこれは、なんと酷い言い草だ。たしかに街は破壊した。だが見てみろ。誰一人として死人は出さなかったんだぞ。感謝してほしいくらいだ」



「感謝?」



「そうだ。マーモン、君に言ったはずだ。私は所詮、隷属という鎖と呪縛に縛られた傀儡である と。そんな自由なき私が、魔王を演じながらも ああして死者を出さなかったのは 、あるじへのささやかな反逆なのだよ。これからお前たちに立ち塞がるであろう、あの男は、断じて甘くはな――」



 話の途中で爆発音が轟く。それは訓練場でも、観覧席で響いたものでもない。地下訓練場の出入り口――封じられていたその扉を、外から何者かが吹き飛ばしたのだ。




 火薬の臭いと共に 舞い上がる粉塵。




 その煙の中から、新たな来訪者が姿を現す。




 猟銃ベアハンターを構えたマタギ、コボルトの志村。



 騒動に巻き込まれてしまった不運な男、駄菓子屋の亭主。



 そんな二人に助けられた、、、、、、、、、、、、セイマン帝国に属する奴隷――エリシアの姿だった。




 志村の横にいるエリシアと、観覧席にいるエリシアの視線が重なる。




 地下訓練場に、まったく同じ顔で同じ服装の人物が、同時に存在していた。まるで鏡でも見ているかのように……




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