第50話『死が、二人を見つめる時』


           ◆




 ゼノ・オルディオスは、赤き雷狼と化す。その巨大な体の中には、レミーが摂り込まれたままだ。



 雷狼は大気中に漂う魔素を震わせ、対峙する勇者達に語りかけた。得意気に、挑発を混じえながら……




「どうした? ジーニアス、そしてジャスミンよ。避けているばかりでは、勝利は手にできぬぞ。霞を掴むような思いかもしれないが、もしも勝利の女神が存在し、彼女が見ているのなら、掴めるかもしれんぞ。――まぁ、見ていればの話だが」




 そして赤き雷狼は稲妻を放ちつつ駆け出す。訓練場の魔法障壁沿いを走りながら、様子を伺うかのように。



 ただ走り回るだけなら害はないが、厄介なのは時折 放たれる赤き稲妻だ。攻撃の予測が難しく、休む暇を与えてはくれない。ジーニアスとジャスミンは、常にゼノ・オルディオスを警戒しつつ、赤き稲妻に追い回されていた。


 一向に攻勢へ転じない勇者二人に、ゼノ・オルディオスは憤慨する。




「逃げ回るだけか? 臆し、守りに入った戦士ほど無力なものはない。騎士学校で なにを学んでいた? 授業中も上の空で、隙きあらばスヤスヤと眠りほうけていたのか!」




 赤狼は訓練場の中心部へと跳ぶ。背中を反り、天井という空に向かって遠吠えをする――それに呼応するように、ゼノ・オルディオスを基点として、稲妻が放たれた。


 それはまさしく無差別攻撃だった。


 戦闘中のマーモンやヴェルフィすらも巻き込み、魔力で保護されているはずの石畳も軽々と刳り飛ばす。



 ジーニアスとジャスミンの二人は、攻撃を見切り、寸前のところで雷撃を回避。そしてマーモンとヴェルフィも赤き稲妻を避け、何事もなかったかのように戦闘を再開させる。


 マーモンとしてはジーニアス達に加戦したいが、ヴェルフィを自分の元に押し留めておくので精一杯だった。


 増援が望めない以上、レミー救出は依然として、二人の手に掛かっていた。


 


 赤き雷狼はジーニアス達をさらに追い込むべく、戦法を変える。狼の口が煌々と輝き、それが真っ直ぐに伸びていく……――剣だ。ゼノ・オルディオスには似つかわしくない、聖剣を思わせるフォルム。その柄を加え、赤き雷狼は唸り声を上げる。



「そろそろ本気を出してもらおうか。下手な踊りでは、こちらとしても興が冷めるのだよ。――それともお前らは、レミーを救いたくないのか? 非道い勇者さまだ」



 レミーを人質にとっている元凶に、こうも言われて、ジャスミンが黙っていなかった。彼女は『そこまで言うなら、答えてやる!』と、口ではなく、剣で答える。


 ゼノ・オルディオスに攻撃される前に、ジャスミンはバフで自らの速度を上げ、赤狼へと突貫――真正面から斬り掛かったのだ。


 赤狼は口に加えた剣を振るい、攻撃を受け止めようとする――が、その大振りが祟った。ジャスミンの動きに追随できず、足元へ潜り込まれ、脚に切創を負ってしまう。



 鋭く、それでいて深く踏み込んだ剣筋――そしてなにより殺意に満ちた動きに、ゼノ・オルディオスは嬉々として昂奮する。




「ほう……やるではないか」




 ジャスミンだけではない。ジーニアスもリキッドソードを振るい、狼の脚だけを狙って斬りつける。彼も攻撃に躊躇いがなくなった。これはゼノ・オルディオスが巨大な狼に変異したのもあるが、赤子すらも利用する卑劣さが、最後の引き金となったのだろう。



 二人の目には、怒りが宿っていた。



 だがその怒りは、周りが見えなくなるような動物的なものではない。むしろ冷静さを助長させ、勝利への道を精緻に見極める、“正”の要素を含んでいた。


  その確固たる証拠に、あれほど息の合わなかったジーニアスとジャスミン――あの二人が、今では抜群のコンビネーションを誇っている。出逢って数時間の間柄にも関わらず、阿吽の呼吸で互いをカバーし、猛攻を躱しながら攻撃している。



 赤き雷狼はそんな二人に翻弄されながらも、剣の柄を強く噛み締め、体を回転させて薙ぎ払う。


 ジーニアスとジャスミンは危険を察知し、攻撃を受ける前に飛び退き、距離を取る。



 二人を引き剥がしたゼノ・オルディオス。彼女は損傷部位を自己修復させながら、快哉し、高揚する心を宥めつつ呟く。



「躊躇いが消え、レミーの居ない場所だけを攻撃しているな。なるほど……良い目をしている、、、、、、、、魔力を使わず万物のすべてを見通す――これが、異世界の力、か。これでこそ余興の醍醐味。こうでなければつまらんよ!」



 赤き雷狼は再び、訓練場沿いを走り始める。先との明確な違いは、剣先を引きずり、青い火花を弾けさせている点だ。その剣先の火花が、吸い込まれるように剣身へと燃え移る――聖剣は、蒼炎を纏いし剣と化したのだ。



 燃え盛る剣は、魔法障壁沿いを獄炎に染め上げる。




 追撃の手を緩めなかったジャスミン。だがその炎に釘付けとなり、思わず足を止めてしまう。



 ジーニアスは立ち止まった彼女に向けて叫ぶ。



「ジャスミン止まっては駄目だ! 走れ!!」



 彼の警告も虚しく、赤い稲妻がジャスミンの足元に落ちる。その衝撃によって彼女は吹き飛ばされ、石畳の上を転がった。



「ガハッ?!!! うぐッ……」



 ジャスミンは朦朧とする意識の中、ふらふらと立ち上がる。




「痛ぅ……え? ここは」




 だが彼女の目に 訓練場も、ゼノ・オルディオスも、そしてジーニアスの姿も映ってはいなかった。



 その場所はルーアン。



 ジャスミンの前世において、その人生に幕を下ろした最後の地。魔女として火刑に処された彼女にとって、忌まわしき呪われた地が、眼前に広がっていたのだ。



 ジャスミンは動こうとするが、動けない。


 いつの間にか、彼女は木製の柱に縛り付けられ、炎に包まれていたのだ。叫び声を上げようとしたが、肺に火の熱が入り、内からも焼けただれていく。




 身を焦がす苦痛。それはまさしく地獄と呼ぶに相応しい、最悪の痛みだった。


 





「ジャスミン! 気をしっかり!」




 ジーニアスは、倒れて動かなくなった彼女の元へ駆け寄る。


 このままでは極めて危険だ。ジーニアスはジャスミンを抱えて移動しようとするが、彼もまた、異変に襲われる。



 体が急激に重くなったのだ。



 この症状は魔法による攻撃ではない。ジーニアスは最悪のタイミングで訪れたそれ、、に、絶望と悔しさを滲ませた言葉を吐き出す。




「そんな…… こんな時に、ナノマシンのバッテリーが?!」




 もはやジーニアスにテクノロジーによる補正はない。


 ジーニアス・クレイドルは無垢な“人”へ戻り、戦場のど真ん中に放り出されたのだ。



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