第24話『仮り染めの現実』
会えるの?と問われたジーニアス。彼はジャケット裏に手を差し伸べつつ、ルーシーにこう答える。
「会えるとも。とは言っても実際に会うわけではない。
ジーニアスは言葉を詰まらせてしまう。彼はシャツの胸ポケットやスボンのポケット上に手を置き、なにかを探していた。
「懐中時計……しまった。ハンドキャノンと一緒に、押収されてしまったのか」
その言葉に、ルーシーは「そういえば忘れてました!」と添えつつ、手にしていた小さな麻袋から、あるものを取り出す。
「ジーニアスさんがいつも使っていた、あの懐中時計ですか? それなら保管庫から持ってきました! あと手帳とか、それとペンも! これがないと、ジーニアスさんの気になること、メモできませんからね」
ルーシーはそう言いながら、鉄格子に触れないよう留意しつつ、懐中時計とメモ用具一式をジーニアスに手渡した。彼は慣れ親しんだ私物をまじまじと見つめ、驚きと共に訪ねる。
「ルーシー。どうやってこれを?! こういった押収物は、大概、厳重に保管してあるものだ。そう簡単に取り戻せるはずがない」
そう問われたルーシーは、腰に手をやりつつ胸を張り、「ムフーッ」と得意気な息を吐きつつ、こう答える。
「フフフ……ジーニアスさん。私の秘めたる力、見くびってもらっては困ります。フェイシアお姉様のように、人の目を掻い潜って進み、華麗に重要物資を奪還する隠密潜入! 実は私、こういうの得意中の得意技なんですから!
――って言いたいけど、実は見張りの方々には、少し眠ってもらっているだけなんです。だからこうして誰にも見つからず、ここまで辿り着けたんですよ」
「眠る? やはり魔法で?」
「相手は街を守る騎士ですよ。そんなことしたら、魔法陣を発動させた瞬間にバレちゃいます。差し入れのお菓子に、睡眠薬を入れておいたんです」
「なるほど睡眠薬か。いくら街の復興に人員を割いているとはいえ、ルーシーがこうも簡単に、拘置所の見張りをやり過ごせるのは、妙だとは思っていた。なるほど……古典的であるが故に見逃しやすく、それでいて確実な方法だ。親しい間柄なら、睡眠薬が混入されているなど、まず疑わないからな」
「あぅ……改まって言われると……あの……罪悪感が――」
「魔法の存在する世界でも、こうして単純な方法が有効な場合もあるのか。ルーシー、とても勉強になったよ」
「と、とにかく! あと30分は大丈夫ですから。本来なら、見張り交代の時間ですけど、今日は……あんな事があって、ほとんどの騎士は出払っているんです。ここにいる見張りの方々も、新入りや、見習い騎士の方ばかりなので。しばらくは大丈夫です」
「適切な人員配置だ。今はこんな場所に人員を割くべきではない。勾留されているにも、どうやら私一人だけのようだしな」
ジーニアスはそう言いながら、懐中時計の蓋を開ける。
ルーシーは前々から、この仕草を不思議に思っていた。
明らかにジーニアスは、時計の時刻を見ているのではない――その視線の先にあるモノ。それはまるで、空間上に浮かぶ、見えない文字列を追っているようだ。
改めてジーニアスの仕草を見ると、その不自然さを再確認できる。やはりどう見ても摩訶不思議な仕草だ。
「ジーニアスさん、いったい なにを見ているのですか?」――ルーシーが そう訊こうとした時、先に言葉を放たれてしまう。
「ルーシー、貴女の人差し指を、こちらへ差し出してもらえますか?」
ジーニスはそう言いながら、鉄格子の間から人差し指を出し、その指先に触れるよう促す。
ルーシーはそれがなにを意味するのか まったく分からず、心のなかで首を傾げる。それでも恐る恐る、慎重に、人差し指をジーニアスへ向けた。
「でも、これになんの意味が?」
「すぐに分かるよ」
ルーシーとジーニアスの指先が揺れる刹那、ルーシーが緊張と不安から、思わずビクついてしまい、指をヒュッ!と引っ込めてしまう。
彼女がこうして警戒感に苛まれるのも、無理はない。なにせ『インターネサインに会う』と言って、写真や絵を見せるというのなら、まだ話は分かる。
だがしかし、それがなぜ、『互いの指先を触れ合う』――という手段に至るのか。それを理解できず、警戒してしまったのだ。
そんな彼女を見たジーニアスが、優しい口調と
「ルーシー 私を信じて」
ルーシーはジーニアスの顔を見て驚く。
今まであれだけ無表情で、喜怒哀楽を微かな仕草と視線で表現したいた――あの彼が、
その優しい笑みはまるで、愛する娘に全幅の信頼を置く、父親のように……。
今までに見たことのない、ジーニアスの笑顔。ルーシーはそれに唖然としつつ、気がつくと吸い込まれるように、彼の指へと、その幼く柔白な指先をかざしてした。
そして二人の指先と指先が触れた瞬間――周囲の空間が半透明で、水色の世界へと変わる。
まるで周囲の壁や鉄格子が、結晶の造形物のように、透き通った光る物体へと変わったのだ。
突然の異変に、ルーシーは叫ぶ。
「ジーニアスさん! こ、これって――」
ルーシーが驚く間もなく、今度は浮遊感に襲われる。高い所から落ちる際に味わう、重力の楔を断ち切られたかのような感覚だ。だがそれはすぐさま収まり、彼女の視界は暗黒に包まれた。
ルーシーの視界が暗転したのは、彼女が恐怖ですくみ、目を閉じてしまったからだ。
なにが起こったのか分からず、目を閉じて震えるルーシー。そんな彼女の肩に、ジーニアスは手を置き、こう告げた。
「怖がることはない。目を開けてごらん。君が望んでいた外の世界…… 擬似的ではあるが、今、君の目の前には、外の世界が広がっているよ」
彼の言葉にルーシーは、『そんなはずは――』と顔を上げる。その瞬間、彼女は目の前の光景に圧巻し、言葉を失う。
――そこにはもう、冷たい留置所は広がってなかった。
代わりにそこにあったもの。広大な空間が広がる場所――機械的なパイプラインや機材が並び、それらはすべて、空間の中心部へと向けられている。
――巨大な
重力制御用バインドリングの中、虹色に輝く結晶が、空間上に浮いていた。
その輝きは慈愛に満ち、目にした者に安らぎと安心感を与える、不思議な色を放っている。
ルーシーはクリスタルに目を奪われつつ、その結晶の名を口にしていた。
「これが……この大きな結晶体が…… インター ネサイン?!」
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