第23話『妖精の母』



 常に冷静で、感情を表に出さなかったジーニアス。そんな彼が、今までにない、熱き闘志を燃やしている。



 それも自らの損得や、怨恨、権力誇示でもなければ、ましてや己の力を試したいという、私欲のためでもない。


 異世界からの使者は、ただ純粋に、このフェイタウンを守るため戦おうというのだ。




 そもそもジーニアスがいなければ、このフェイタウンは深刻なダメージを受けていたはずである。



 確かに魔獣の討伐数だけ見れば、セイマン帝国の勇者に軍配が挙がる。その華々しい戦果は、オルガン島の歴史からしても、快挙と言って差し支えない。



 だが、そんな勇者ですら叶わなかった相手――ゼノ・オルディオス。数多の魔獣を指揮していた彼女と、対等に戦うことができたのは誰か? 他でもない、ジーニアスただ一人だ。戦果は得られなかったが、退けただけでも勲章授与に値する働きである。



――にも関わらず、ジーニアスは謀反や諜報容疑をかけられ、拘置所で不遇な扱いを受けていた。



 ルーシーはそれに対し、不満と、自責の念に駆られる。


 ジーニアスの理不尽な処遇――その原因の一旦は、自分にあるかもしれないのだ。



 最初に彼と出会った時、ジーニアスにいくつかの不自然な点はあった。しかしそれは記憶の混濁と決めつけ、敢えて追求も確認もしなかった。





 ジーニアスが自分を責めていたように、ルーシーもまた自分を責めていたのだ。




 これ以上すれ違いが起きないよう、ルーシーは覚悟を決めて尋ねる。嫌われても、疎まれても構わない。彼を救うために、これ以上




「あの! 変なこと訊いてごめんなさい。嫌なら答えなくてもかまいません。ジーニアスさんって、このフェイタウンを攻めたりしないんですよね? ローズさんを探しに来た、だけ……ですよね?」



「残念ながら、ローズ救出の障害となるのであれば、実力を持ってこれを排除する。それはフェイタウン市民も例外ではない」



「そ、そんな……」



「――だがしかし、だ。このフェイタウンで そんな人間がいるとすれば、それは間違いなくこの島を歪ませる、ゼノ・オルディオスのような存在だ。そんな対話すらできぬ輩は、将来的な驚異になりえる。もちろんここで言う将来的驚異というのは、我々ではなく君たち、フェイタウン市民にとってだ」




 ジーニアスの言葉に、ルーシーはホッと胸を撫で下ろす。




「よかった……じゃあそれは、つまり――ジーニアスさんと争うことはないって事ですよね?」




「可能な限り、そうならないよう最善の努力は尽くす」




「でもジーニアスさん捕まってしまって、不当な扱いを受けています。なんてお詫びしたらいいか――」




「気に病む必要はない。どこの所属かも分からぬ来訪者を、捕まえないほうが大いに問題だからだ。


 その点、アスモデ・ウッサーの判断は適切な対処であり、妥当と判断している。私が彼女の立場なら、きっと同じことをするからだ。


 そもそもこうした状況に陥ったのは、私に責任がある。あの時、礼を言うためアスモデ・ウッサー近づいたミス。その場かぎりの嘘を見繕い、やり過ごそうとした私のミス。来訪者――いや、そもそも不法密入国者である私が、堂々と近づいて良い相手ではなかった。


 拘置所に抑留され、清潔なベッドと排泄場所を用意されているだけでも、高待遇であり、ご厚意に感謝すべきだ。あの場で斬り殺されていても、こちらとしては文句は言えないのだから……」




「でもジーニアスさんは良い人です。優しいし、あの時だって! 私を助けてくれました! ジーニアスさんがいなければ! 私! 死んでいたんです!!」




「ルーシー、君こそ良い人だよ。命を犠牲にしてでも他者の命を守ろうとした。あれは効率化を優先させる、我々ビジターが忘れた文化と道徳であり、コミュニティのあるべき姿。――そして人に対する想いだ。


 だからこそ、この過酷な現実を提示したい。


 いいかい? 


 助けたからといって、その人が、必ずしも善人であるとは限らないよ。君をなんらかの形で、利用しようとしているかもしれないから」




「じゃあ……ジーニアスさんも私を利用しようと?」




「実に良い質問だ。ああ、良い質問というのは、その『疑う姿勢』のことだ。君の優しさは素晴らしいが、どうか心の片隅に、その気持ちを置いておいてほしい。


――では、質問に答えよう。


 もし仮に斥候として利用するなら、政治的重要拠点の中枢に潜り込む必要がある。君は素晴らしい逸材に変わりないが、そういった意味では、他に適任者がいるだろう。


 そもそも現地人を利用するなど、不適切極まりない。理想論かもしれないが、我々ビジターと現地協力者は、互いに意見交換を行えるほど、平等かつ対等な立場でありたい。


 そして腐っても私は観測者だ。


 この世界を悪戯に破壊してはならない。こちらへの攻撃がない限り、この世界への介入と干渉は、極力避けたい。もっとも……これだけ法を破っておいて、今さらビジターを名乗るのはおこがましく、滑稽なのだがな」



「私のせいで、ジーニアスさんは法を破ってしまったの?」



「君が原因ではない。そもそも現地協力者の保護そのものは、違法ではなく、率先して果たすべき我々の義務だ。


 問題があるとすれば、ローズ救出だよ。


 捜索が打ち切られたにも関わらず、許可なく救難信号を辿り、正規の手順を踏むことなく、この世界に立ち入ったことだ。


 誰も彼女の生存を信じず、見放した事に対する憤り。それが、私の行動を駆り立てた。例えそれが善意から行う救助活動であっても、これは間違いなく違法。我々の世界では、絶対に破ってはいけない事だ。


 厳密に言えば、ルーシーと出逢う前から規範――つまり法を犯しているんだ。そしてそういった者は、もはや観測者ビジターにカテゴリーされない。コミュニティから逸脱した者――離反者インサージェントに分類され、ビジターから追われる身となる。


 安心してくれルーシー。例え君が、どの選択肢を選んだにしろ、私が元の世界に帰れない者という現実は、揺るぎないものだった。もし仮に帰還できたとしても、この拘置所よりも、さらに居心地の悪い場所に行くだけさ」




 ルーシーにとって、ジーニアスの言葉には、所々よくわからない単語が混じっていた。


 しかしそれでも、ルーシーは、彼の伝えようとしている事は理解する。






 大事な人を救うため、ジーニアスはすべてを投げ棄てて、この世界に来たのだ。


 ローズは必ず生きている。ただそれだけを信じて……――。






「そんな事情があったなんて……私、全然気づけなかった」



「知らなくて当然だ。私は君に、この情報を開示しなかったのだから」



「そうじゃなくて、ね。あの、その……ごめんなさい。貴方あなたを察っしてあげることができなかった」




「察っする……。文字や言葉を使わず、『顔色を伺う』もしくは『気遣い』という、非直接的情報伝達か。それは極めて難解だ。我々はナノマシンで感情を制御されている。感情の希薄な我々から、感情を読み取るのは不可能に近い」




 ルーシーは聞き慣れた単語に、ハッ!と目を輝かせる。




「ナノ……マシン? 私、知ってます!! 帰還人の方が出版した、空想科学小説で読んだ記憶があります。血管の中も通れるほど小さい、極小のアーティファクト・クリーチャーですよね。ジーニアスさんの世界では、それを実用化しているのですか?!」




「これがなければ、我々ビジターは脆弱な炭素生物に成り下がる。我々ビジターは、ナノマシンや様々なテクノロジーの補佐があって成り立つ、ある種の複合生命体なんだ。


 感情を制御し、揺るぎない理性と超高レートの情報処理能力。


 インターネサインから切断された今となっては、その性能もかなり低下はしている。だがそんな今でも、ある程度の未来予測ぐらいは可能だ」




「いんたーねさいん?」



「私としたことが……。インターネサインを説明していなかったね。これなくして、我々ビジターを語ることはできない。なにせ私やローズを製造した存在、、、、、、であり、我々は彼女の指示で様々な世界に赴き、調査を開始する。我々ビジターを支えると同時に、その規範そのものであり、私とコミュニティを繋げる母胎だ。


――とは言っても、なかなか想像しづらいはずだ。


 我々の組織体系は、この世界の生物に擬えるのなら、ハチやアリといったものと酷似している。女王蜂を主体とした組織構造だ。


 そしてその女王蜂の名こそ、超高度自律発展型演算装置インターネサイン


 私は彼女を母と呼び、ローズは父親と定義していた」



「ジーニアスさんの……お母さん……」



「こうして言葉で説明しても、理解するのは極めて難しいだろう。今までの話だって確固たる証拠がない以上、すべて虚言と捉えられても不思議ではない」



「そんなことないです! 私は! ジーニアスさんの言っていることを信じます!!」



「ありがとうルーシー。その言葉は信頼の証であり、光栄の極みだ。だが百聞は一見にしかず――実際に会ってみるかい?」




 ジーニアスの思いがけない提案に、ルーシーは自分の耳を疑うような顔で驚き、訪ね返してしまう。無理もない。彼の話からすれば、そう易々と対面できる存在だと、微塵も思えないからだ。




「え? 会えるんですか?!」





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