第22話『ルーシーの疑念。ジーニアスの正体』
ルーシーは鍵の束から、ジーニアスが拘置されている部屋番号の鍵を探し出す。そして鍵穴に鍵を刺そうとした瞬間――彼に制止された。
「ルーシー駄目だ! この鉄格子には電流が流れている!」
「え?! ……ほ、本当だ。鉄格子の上と下に、微かだけど魔力を感じます。これは……。なるほど。魔法陣やルーンが施されていないから、きっと自然魔法ね」
「自然魔法?」
「詠唱や魔法陣を必要としない、自然の摂理になぞらえた魔法のことよ。機能や効力は大幅に制限されるけど、それを補って余りある隠密性――つまり探知されにくいから、ダンジョンのトラップや刑務所でよく使われているの。
人以外なら、ドラゴンやワイバーン、グリフォンなどが使用しているわね。
ああいった大型生物って、大きい翼だけど、羽の面積や、それが作り出す気流。そして重量から算出すれば、物理学上は飛べないはずの動物らしいの。
――でも彼らって、空を自在に飛んでいるでしょ?
それを可能としているのが、この自然魔法なの。地域によっては原始魔法とか、原初魔法とも呼ばれいたりもするから、注意が必要ね」
「魔法という一括の中にも、様々な種類があるのか。」
ジーニアスは「なるほど」と納得しつつ、考え込むような仕草をする。その視線は『探求したい』『もっと知りたい』と願う、繁華街で見せた あの眼差しだった。
それを見たルーシーは『じゃあもっと素敵な場所に行きましょう』と、意気揚々と楽しげな笑みを浮かべ、新たな探索に誘う。
「ゴーレムやアーティファクト・クリーチャー制御系は『自律魔法』。ジーニアスさんが食べたあの梨菓子は『精霊魔法』よ。他にもいっぱい、い~ぱいあるんだから! この騒動が落ち着いたら、一緒に魔導図書館で……閲覧を――」
なぜかルーシーは悲しげな視線で、ジーニアスから視線を逸らし、俯いてしまう。もはやその願いは遠く、永遠に叶わぬかもしれないからだ。
押し黙ってしまったルーシー。ジーニアスは沈黙したルーシーを不自然に思いつつ、彼女を気遣った。
「ルーシー? どうした?」
ルーシーは戸惑いと疑念を混ぜた言葉で、たった一言だけこう呟く。その視線は怯え、失望と、わずかな希望にすがるようなものだった。
「あ、あの! ジーニアスさんって、
ジーニアスはその一言だけで、すべてを把握する。
「その話を……誰から?」
ルーシーは焦った口調で、自身の発言を取り下げる。そしてジーニアスを逃がすため、施錠の方法を模索し始めた。
「あ……あの、やっぱりなんでもありません! ごめんなさい。疑うようなことを言ってしまって。ジーニアスさんが、
ジーニアスは、笑顔を取り繕ったルーシーを見て、心の底から後悔する。
彼はしくじったのだ――自分が何者で、どこから来たかという
ルーシーはジーニアスとの邂逅時、思い違いをしていた。彼が異界門を通じてこの世界に戻ってきた、帰還人である、と。
ジーニアスにとって、それは帰還人という文化を知る、またとないチャンスだった。そのため好奇心と探求を優先し、事実を話すことを棚上げしてしまう。そして改まって事実を告げようとした時、魔獣襲撃の事件が起き、その機会を奪われてしまった。
あの時もっと早く、真実を切り出していれば……――いや、そもそも最初から真実を話した上で現地協力者として提携を結んでいれば、こうしてルーシーを悲しませる事はなかった。
ジーニアスは後悔と共に、話しそびれてしまった真実を告げる。
「ルーシー。君に悲しい思いをさせたこと、謝罪させてほしい」
「そ、そんな……やめて! 謝らないで!! じゃあ、みんなが話していた通り、ジーニアスさんは、ゼノ・オルディオスの仲間なの?! 他にもセイマン帝国の密偵という噂も聞きました! お願いだから話して! あなたは何者なの!! いったい何処から、どうやってこの世界に来たの!!」
「セイマン帝国の密偵……そういった噂まで流れているのか」
「ジーニアスさん……まさか本当に――」
涙ぐむルーシーを、ジーニアスは優しく諭す。
「大丈夫だルーシー。私はセイマン帝国でも、ましてやゼノ・オルディオスの仲間でもない」
「じゃあジーニアスさんは、どこの国の、どの勢力に属しているの? ジーニアスさんの武器は明らかに、この世界で作られたものではありませんでした。あなたは……いったい……」
「私はこの世界において、どこ国にも、ましてや どの勢力に所属も加担もしていない。私は召喚という一種の時空転移機能を使うことなく、自らの意思で、この世界へと赴いた。
果たすべき目的は一つ。
救難信号を送ったローズ・クレイドルの捜索と救助だ」
「ローズ……クレイドル? え、ちょっと待って! クレイドルってジーニアスさんと同じ名前――ご家族の方が、行方不明なの?!」
「彼女と遺伝子的な繋がりは、ほぼない。そもそも我々ビジターに、コミュニティという概念は残っているが、家族という繋がりはなく、その文化は形骸化している。
そもそもローズ・クレイドルとは仕事の同僚であり、パーソナルネームの一部が、偶発的に重なっただけだ」
「ビジター……それがジーニアスさんの種族名?」
「ああ。我々の種族名だと思ってくれて構わない。我々ビジターは、高度な科学技術を持つ世界の住人だ。こうして単体で時空を越え、その世界の事象を見届ける存在。言わば時空の観測者――それが
「単体で? 異界門や召喚魔法もなしに、単体で世界と世界を渡り歩けるの?!」
「大規模な時空転移施設は必要ない。この世界に限っては例外だったが……」
「それはどういうこと?」
「少し難しい話になる。この世界は
我々はビジターは、それを観測していた。
時空観測において、出現と繁栄。そして崩壊はよくある事例だ。
――しかし見過ごすことのできない、不可解な点が2つ観測された。まずは、この世界が観測不能領域という特殊な場所に出現した事。そしてもう一つは、崩壊して消えたはずが、再び何事もなかったかのように復元・再構築されたのだ。これはかつて例がない。消滅した世界が、蘇るなど……。
神の御業か悪魔の悪戯か……まるで創生を司る神が、時空そのものを修復したかのように――」
「それって、フェイシア姉さんが教会で話される聖典の――」
「――神話。そう。フェイタウンの土着信仰である創世の魔王と、一致点が多く見受けられる。
魔王と勇者の戦いの末、世界は崩壊し、完全に潰えた。
それを悲しんだ魔王たちは、力を合わせ、世界を元の姿へ戻すべく、あらゆる叡智を総動員して奮闘する。一人は海を治し、一人は大地を癒やし、一人は空を取り戻す。そして最後の幼き魔王――つまり創世の魔王は、異界門を創り、冥界へと赴く。死した魂を、再び現世へ戻すために……――、偶然にしては出来すぎているな」
「創世の魔王……いえ、由来人は伝承や神話、お伽噺ではなく、本当に実在していた?」
「由来人?」
「あ! 話を逸らしてしまって……ごめんなさい。
えっと由来人っていうのは、現在人や帰還人でもない者。そして転生を拒み、ひたすらこの世界の根底を成す者。
まるで この世界の由来そのもの――そう称しても余りある 生きた歴史。それを人々は、由来人と呼びます。
一部の研究者の間では、『魔王は由来人やこれに該当せず、それすらも越えた存在こそ、魔王種である』との意見もありますが、一般的には由来人で通ります。
かつての魔王は、同じ現在人や帰還人と混じり、このフェイタウンで寧日を謳歌している。同じ魔族や人、亜人と同じ目線に立ち、事の成り行きを見守るために……それが、このオルガン島独自の伝承であり、宗教観です」
「神と人が共に同じ土台に立ち、共存する世界……か。実に興味深い。それは多神教によく見られる宗教観念だ。ところでルーシー、君はゼノ・オルディオスをどう思う? 彼女は本当に由来人――いや、創世の魔王だと思うか?」
ジーニアスの質問に、ルーシーは顔を真っ赤にして答える。擬音で例えるのならプンスカという表現がマッチする具合だ。
その怒りの矛先は、もちろん彼ではない。このフェイタウンを攻撃し、信仰を踏みにじった女性――あのゼノ・オルディオスに対してである。
「まさか! ありえない!! だって私達は! 常に創世の魔王への敬愛と祈りを欠かさずしてきました! そして教え通り、種族を越えた協調性を忘れることなく、フェイタウンとオルガン島の発展のため、今まで生活してきたんです!!
そ、それをなんですか! 一方的に意見を押し付けて、事情も訊かす攻撃してくるなんて!! 無礼千万ですぅ!!
そんなの創世の魔王じゃありません!
ただの わがまま!! きっと人の意見が、自分の意見を侵害すると思い込んでいる、心の狭い狭~い小心者です! そんな人が、私達の崇拝する魔王を語るなんて! とってもと~ってもバチ当たりです!! 私、ほんとうに怒ってるんですよ!」
どこか沈鬱で、重たい空気が流れていた拘置所。しかしルーシーの怒りによって一変する。
彼女はぷんぷんしながら、ゼノ・オルディオスのをボロクソに貶したのだ。騙すべきフェイタウン市民に、こうも名指しで『偽者』と断言され、その烙印を押された。
――彼女だけではない。
おそらく多くのフェイタウン市民が、ルーシーと同じ感情であると見て、まず間違いない。演説を聞いていたジーニアスも、周囲の市民の顔色を見て、あまり手応えを感じられなかったのだ。
これでは、ゼノ・オルディオスの面目は丸潰れである。なにせ、あの高らかな演説も、もはや滑稽な小芝居に成り下がったのだ。
プロパガンダとは、多くの市民への共感――そして心を掌握し、任意の情報を信じ込ませなければならない。だがしかし、ゼノ・オルディオスは、その一つたりとも達成していない。
あの演説によるセンセーショナルなパフォーマンスによって、フェイタウン市民へのインパクトは与えられただろう。しかし団結力の強いこの街では、プロパガンダとしては失敗。創世の魔王を語る偽物という評価にしかならなかった。
『彼女は創世の魔王ではない』
ゼノ・オルディオスという偽者と矛を交えたジーニアス。彼にって、ルーシーの言葉は あまりに力強く、爽快感に満ちたものだった。
彼は、ゼノ・オルディオスが創世の魔王でないことを暴いた。しかし心の奥底では、ルーシーやフェイタウン市民の崇拝対象――本物の魔王ではないかという懸念が、どこか拭い切れずいたのだ。
ジーニアスは笑みを零し、安心しきった表情で笑ってしまう。
「ククッ、アハハハハハッ!!」
ジーニアスは今まで、感情をあまり表に出さなかった。にも関わらず、腹を抱えて笑い出す。ルーシーはそんな彼に驚き、目を丸くする。
「え? ジーニアスさん……」
「ああすまない。これが俗に言う『スッキリした』もしくは『爽快感』というものなのだな。フェイタウン市民である君がそこまで言うのだ。――つまり彼女は、創世の魔王でない。単なる虚言を口にするペテン師! これで……今度は心置きなく戦える!!」
ジーニアスはそう言うと、握りこぶしを作り、再戦に向けて決意を新たにした。
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