第21話『観測者の密談』
ジーニアスの脳裏で、ローズとルーシーの笑顔が重なる。
そして虚構と現実が曖昧な中、彼は夢から覚める。
偽りの目覚めではない――本当の目覚めだ。
ジーニアスがまず目にしたのは、石畳の天井。そして強固な鉄格子である。彼は拘置所に搬送され、ベッドで横になっていた。
彼は上半身を起こすと、鉄格子の向こう側に向って声を掛ける。
「クラウン……そこにいるのだろう? ああ分かっている。言いたいことは……分かっているんだ」
再帰性反射が解かれ、景色が人型へと変わっていく。そしてクラウンが姿を現し、不満げな視線で、ジーニアスを見つめる。『告げるべきことが山ほどある』といった瞳だ。
「私は、『正しいことを成せ』とは言った。だがしかし、目的を放棄してまで それをしろ と言った覚えはない。
「忘れるものか……
「ああそうだ。救難信号は間違いなく、この時空と時間軸上から発信されている。ここだ。彼女はこの、フェイタウンのどこかにいるのだ。ディメンション・オービタルフレームの残骸すら、未だ見つかってないというのに……」
「だからと言って、このフェイタウンに住む人々は敵ではない――」
「――だが味方でもない。だろ? 君を騙し、ローズと同じように鹵獲を目論んでいる可能性が高い。
私達のテクノロジーが流出すれば、この世界はどうなる?
深刻な文化汚染が瞬く間に広がるぞ。私達の技術で、酷い惨劇が繰り返されることになるのだ」
「
「なにが言いたい」
「いや、おかしいと思っただけだ。たしかに我々ビジターの規範に、その世界に干渉してはならないという基本原則はある。
そして その規範ゆえに、私は多くの命を見捨てることになった。今も……あの時の光景が脳裏から離れない」
「ではフェイタウンで戦ったのは、その時の贖罪か? それとも懺悔?」
ジーニアスはベッドから立ち上がり、鉄格子越しに、クラウンと向き合う。そして彼の意見を否定した。
「クラウン、それは違う。ローズなら……彼女ならそうしたから、私もそうしたまでだ」
「ローズの意思に沿った、選択と決断か。もしもインターネサインが、フェイタウン市民を敵と判断し、攻撃目標に指定した場合。君ならどうする?」
「我々ビジターは、仮定という定義をしない。どれだけ仮定を想定したとしても、作用による結果そのものは、変わることはないからだ。
“見る”という思考そのものが、観測対象に影響を及ぼすのなら、話は別だが」
「敢えて答えず、はぐらかしに皮肉……か。この世界に毒されている自覚は?」
「影響は受けているだろうな。もはや私は、インターネサインの庇護下にない。制御されていた 怒り、悲しみ、憎しみ、そして喜び――。今まで抑制されていた
「まだナノマシンが、君の
――まぁその心配はあるまい。
創電機能が喪失しないかぎり、わざわざナノマシンのバッテリー供給システムを使う機会はないのだからな。しばらくは安泰だ」
「…………」
ジーニアスは沈黙する。そして眉間にシワを寄せ、『実はそれなんだが……』という、なんとも言い辛そうな瞳を見せた。
それに気付いたクラウンは、『そんな馬鹿な!』という視線を返し、彼に尋ねる。
「まさかそんな……創電機能を喪失したのか?! ありえん! 核戦争やEMPという環境下ですら、十分に機能する強固な設計なんだぞ。それを破壊できるはずが――」
「ゼノ・オルディオス。彼女の攻撃を受けた際、創電機能を喪失した」
「ならば原因は――」
「――魔法。我々に知覚どころか、ほぼ認識すらできない、驚異の現実改変能力。あの未知の現象しか、原因は思い当たらない。研究機材もない現状では、なにもかも仮定になってしまうが……。
戦闘後すぐにログを漁ったが、電圧や電流そのものは、攻撃想定の範囲内だった。
しかしセンサーには捉えられない、なんらかの未知のエネルギーが、機能障害を引き起こしたと考えるのが妥当だ。それは避雷機能を阻害し、行き場を失った電流が、創電機能に帯電。すべてを焼き潰してしまった」
クラウンは喪に服すかのような視線で、彼を見つめてしまう。
その視線に気づいたジーニアスは、牢屋の中から励ましの言葉を送る。本来なら、その言葉を受取る立場にも関わらず……
「クラウン。そんな目で見ないでくれ。生命維持装置への電力供給は、まだ しばらくはもつ。その間に捜索し、ローズを見つければいいだけだ」
「だがその後は? ナノマシンの機能を失えば、精神的重圧に押し潰されるぞ。今までマシンが抑えていたトラウマのすべてが、君の心という一点に集まるのだ。それがどういうことなのか、技術者の君になら分かるだろう!」
ことの重大さに、クラウンだけが焦りの表情を見せる。
しかし当の本人であるジーニアスは、達観した瞳で満足げに頷き、『なにも心配はいらない』と言ってのける。
「ああ分かっている。実は……クラウン、君には感謝しているんだ。ローズ救出に私を誘ってくれたことを。
君は私に、やり直す機会を与えてくれた。
彼女が行方不明になったあの日から……私は自分を責め、空虚な日々を送っていた。もしかしたら、オービタルフレームそのものに、欠陥があったのではないかと。何度も設計図を見直し、あらゆるシチュエーションを再検証した。そんな事をしても、ローズが帰還できるはずがないのに」
「クレイドル。やめてくれ。私は君を死地に送るために、離反者になることを勧めたのではない。ローズを救い、私達の世界へ彼女を帰還させることが、果たすべき目的なのだ。インターネサインにすら見捨てられた、彼女のことを……」
「ああ、分かっているよ」
「とにかくここから出よう。話はそれからだ――」
クラウンはジーニアスを拘置所から出すため、錠を開けようとする。だがその時だった。クラウンの手に電流が走り、バチッ!と閃光が迸る。
「――ッ?!」
クラウンは感電した右手を押さえつつ、鉄格子から離れた。
「いったいなんだコレは!!」
「クラウン無事か!」
「負傷箇所はない。少し感電しただけだ」
「気をつけろ、それは魔法だ。部外者が解錠できないよう、鉄格子に雷系のエンチャントが施されている」
「
いいか? 君は選択を迫られる。
ローズをとるか、それともフェイタウン――いや、ルーシーを選ぶのかを。両方は選べない。どちらかを犠牲にして、本作戦の目的は完遂する。それを忘れ――」
話の途中で音が割り込む。それは拘置所の出入り口の方角からだった。ガシャンという音と共に、監視所の扉が開いたのだ。
そして誰かが、ジーニアスの勾留場所へ駆け寄ってくる。
クラウンは即座に姿を消す。それは光学的なものではなく、別の場所へ転移したのだ。一人残されたジーニアスは、覚悟を決め、来訪者がくるのを待つ。どの道、彼にできることはそれしかない。
鉄格子の向かい側に、二人目の来訪者が現れる。それは、ジーニアスのよく知る人物だった。
黒髪を靡かせ、肩で息をするその人の名を、ジーニアスは喫驚と共に叫ぶ。
「ルーシー?! なぜ君がここに!」
「ハァハァ……なんでって! ジーニアスさんを助けに来たに決まってます!」
ルーシーはそう言いながら、鍵が束ねられた金属の輪を、ジャラリと見せた。
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