第17話『スナイパー』




 教会前の広場に、銃声が木霊した。



 それと同時に、魔獣はピタリと静止する。そして巨体をぐらつかせながら、ズシン!と斃れ、重く横たわる。


 巨漢の魔獣は、二度と立ち上がることはなかった。次第に体表が亀裂が走り、魔素化と共にボロボロと崩れ始めた。




 オルディオスが教会前の広場に降り立つ。魔王は何事かと、その狙撃手を探す。





「狙撃された?! コアをだけを狙ったのか!」





 広場に平伏している者の中に、銃を構えている者はいない。


 だとすれば―――




 ゼノ・オルディオスは顔を上げ、建物の屋根伝いを見渡す。




 彼女の勘は正しかった。魔獣を斃した狙撃兵は、屋根の上という絶好の狙撃場所にいたのだ。


 その狙撃手は人ではない――コボルトの男だ。鹿の毛皮ベストを羽織り、猟銃を構えている。


 ゼノ・オルディオスは、その男に手をかざす。そして粗相をはたらいた犬に、相応の躾を行おうとする。




「マスケット銃ではな!」




 相手はマスケット銃。その構造状 速射はできないし、砲撃魔法と比べれば有効射程は短い。魔獣を斃したのは、おそらく偶発的なものだろう。ゼノ・オルディオスはそう結論づけた。


 悦しみを邪魔された返礼。短い詠唱と共に、手に小さな魔法陣を展開させた。そしてその中心部から、紅蓮の魔力光弾が解き放たれる。


――だがしかし、彼女もまた無傷では済まなかった。


 戦場において楽観視が、いかに危険かを、その身を持って味わう事となった。




 狙撃手が手にしていたのは、そもそもマスケット銃ではない。




 中折式二連散弾銃。


 こことは違う、別の世界の叡智によって産み出された、ブレイクバレル式猟銃ベア・ハンターだった。




 スラッグ弾がゼノ・オルディオスの肩を穿つ。その衝撃でバックノックし、光弾の着弾位置が若干 左にズレてしまった。



 一方の狙撃兵コボルトだが、光弾の直撃だけは免れた。しかしその光弾は着弾と同時に爆発する。哀れコボルトは爆風にあおられ、屋根瓦の上をボール球のように転がった。




 ゼノ・オルディオスは、射抜かれた肩を押さえる。そして粉々になった屋根を凝視し、コボルトの姿を探す。その姿は見当たらず、応戦してくる気配もない――おそらく爆風で建物から落ちたか、屋根の反対側で身を伏せているのだろう。



 ゼノ・オルディオスは、肩を押さえながら鼻で笑った。相手の力量を軽んじ、己の不甲斐なさを自傷して、



「フッ。犬っころめ。この我に傷をつけるとは……――」



 そして視線を教会前の広場へ移す。多くの者が重圧で地面に平伏す中、毅然と立つ者がいた。――唯一の抵抗者、ジーニアスだ。彼は未だ交戦する意思を崩さず、魔王の前に立ち塞がっている。


 ゼノ・オルディオスは、そんな彼の健気さに、悦に浸った微笑みを浮かべる。



「ここまでままならぬとは……。予定とは違う形になったが、まぁ良い。楽しみが増えたのは、これはこれで吉兆よ」




 そんな彼女の背後から、雄叫びと共に斬り掛かる少年がいた。セイマン帝国の勇者、氷室伸之だ。




「俺を! 無視すんじゃねぇえぇえぇええええ―――――ッ!!!」




 勇者の剣には、彼の全身全霊の魔力が注がれ、光り輝いていた。その一閃が光跡を刻みつつ、ゼノ・オルディオスへと向かう。



 創世の魔王は、掌に魔法陣を展開――そしてその中に手を入れる。まるで鞘から剣を抜くような動作で、魔法陣から一振りの剣を引き抜く。


 毒々しく、それでいて禍々しい歪なる魔剣。それを、斬りかかろうとしていた勇者の聖剣へてがう。




 キィイィイイィイィ――――――――ンッ!!!





 甲高い金属音と共に、勇者の聖剣が呆気なく折れる。まるで、今まで魔獣を屠ってきたのが、嘘のように……。



 聖剣に込められていた魔力が撹拌し、周囲を明るく照らした。



 本来、光とは希望の象徴と言えるものである。しかし、この光は違う。


 教会前の広場を照らし出した光。その美しい輝きは、魔王に対抗する唯一とも言える武器――それが、牙壊した事を指し示していた。




 絶望の光がフェイタウンを照らす。



 それを見届けたゼノ・オルディオスは、満足気な笑みを残し、空へと羽ばたく。



 彼女は一気に教会小塔の高さまで上がると、空中でピタリと静止した。そして羽根を大きく広げ、演説の最後を飾り立てる。




「聞け! フェイタウン市民よ!! お前たちの勇気を讃え――いや、身の程知らずの救いようのない、その愚かさを讃え、今から一日半の猶予をやろう。


 日付が変わる瞬間までに、生贄を差し出せ!


 無論、お前たちが戦いたいというのであれば、今日のように存分に相手をしてやろう。全兵力を、我に差し向けるがいい。まぁ戦わずとも結果は……目に見えているがな。


 この勇者の聖剣のように、武器も、首も、そして心でさえも、すべてを へし折ってくれるわ!」




 フェイタウン全土にその演説が届く。大気中の魔素を震わせ、声を拡散させたのだ。ゼノ・オルディオスは、魔素そのものを媒介に、拡声器として代用したのである。



 終焉の報せは、国籍・人種問わず平等に、あらゆる者の耳に届く。




 家の中で怯え、隠れている者も、


 グリフォンに騎乗している騎士も、


 避難誘導をしていた鬼兎の騎士団も、


 そして戦線の指揮を執っていた もう一人のルーシー・フェイ。 高位神官 フェイシアの耳にも……――。




 創世の魔王を名乗るゼノ・オルディオスは、姿を消す。残されたのは赤い稲妻と落雷。そして愉しげな笑い声だった。





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