第16話『死闘は、まるで舞踏会のように……』



 ジーニアスは、教会の上にいるゼノ・オルディオスを見上げ、この世界――フェイタウンの宗教を語る。




「魔王ゼノ・オルディオス。なぜ貴女の名が、後世に伝えられなかったのか。ご存知ですか?」



「ジーニアス・クレイドル。なにが言いたい。ここで歴史の授業でもするつもりか?」



「なにせ、帰還人である私でさえ、周知の事実なのですから。これは簡単な質問であり、貴女の身の上話だ。答えることができない? なら私から、模範解答をお見せしましょう。魔王の名を聖典から削除し、敢えて伝えないようにしたのは他でもない――創世の魔王。あなたじゃないですか」



「なにかと思えば、とんだ愚問だな。長き歴史の中で、真実が改竄されるのはよくある話だ。 世界の歴史とは、絶対的な客観的視点によって記憶されたものか?


――否。否だ。


 本当にそれが真実であると、いったい誰が言い切れる?


 我は全知全能の神だ。森羅万象のすべてを知り、この世界を創生した神である。


 ならば我の他にいるのか? 純然たる真実を目にし、それを語れる者が。


 そう……いるはずがない。


 我をいて、真実の語り部はおらんのだよ。


 これでまた、フェイタウン市民の罪が増えたな。ジーニアス、君の指摘に感謝するとしよう。その礼に、処刑する人数を増やすとするか……」



「そう急がないで下さい。おもしろいのは、これからです。……実は私、イギリス系アメリカ人でもなければ、モスクワ出身でもありません。さっき言ったこと、全部デタラメだったのです」




 それを聞いた魔王ゼノ・オルディオス。彼女は下唇を噛み締め、ジーニアスを蔑むように睨みつけた。



 ジーニアスはそんな彼女を気にもとめず、隠していた本音を語る。



「正直、安心しました。なにせ、魔法の力で心の内を読まれるのではと、内心ヒヤヒヤしてましたから。とくに識別コードを告げられた時は、背筋が凍りましたよ。全知全能の神――いえ、それを語る自称魔王を騙してしまい、大変失礼しました。無礼をお許しください」



 ジーニアスは短い会話の中で、創世の魔王ではないことを暴いたのだ。


 仮に魔王ゼノ・オルディオスが、この世界を構築した神であり、全知全能を謳うのであれば――下々の心の中を垣間見、嘘を見破れて当然のはず。しかし彼女には、それができなかった。




――しかし。だからといって、魔王ゼノ・オルディオスの力は、偽りではない。




 フェイタウンに魔獣を解き放ち、未曾有の被害を齎した事実は、変わらないのだ。




  魔王ゼノ・オルディオスは、自らの怒りと力を誇示するかのように、稲妻を生み出し、それに身を包む。瞳と禍々しい角も、それに呼応するかのように赤く光り始める。




 そして翼を羽ばたかせた瞬間――彼女の姿が、フッと消えた。




 ジーニアスも目視で、ゼノ・オルディオスが消える瞬間を目撃する。



「消えた?! ……再帰性反射か? いやこれは――」




 ジーニアスの背筋に、冷たい水をかけられたような悪寒が走る。全身に鳥肌が立ち、頭部の後ろに痛みを覚えるほど、ゾワッと逆立つ。生存本能が危険を訴えかけているのだ。




――そんな中、誰かが叫ぶ。



「危ない! 後ろだ!!」



 ジーニアスは、誰が発したのか分からない、その警告に従った。声の主は女性――ルーシーではない、初めて聞く声だ。



 ジーニアスは咄嗟に身を屈めた。すると彼の上を、ブオン!となにかが高速で掠めた。


 ジーニアスはここは危険と判断。続けて飛び込み前転で離れる。すると彼がいた場所の石畳砕け、なにかが突き刺さる。



 ジーニアスは前転の勢いを利用して立ち上がり、自分がいた場所に視線を送る。




――何者かが放った警告は、正しかったのだ。



 巨大な鎌が、石畳に喰い込んでいたのだ。声に従い身を屈めなければ、ジーニアスの首は刈り取られていただろう。


 その斬撃を放ったのは、自称 創世の魔王である ゼノ・オルディオスだ。彼女は巨大な鎌を、軽々と操る。半月状の刃を地面から引き抜き、鎌の長柄を肩に担ぐ。




「余計な真似を――」



「空間転移とは、恐れ入りました」



「この程度、創世の魔王にとっては造作もない事。魔獣を召喚できるのなら、それを応用し、自らが任意の場所に顕現する。――まぁこの世界の人間共には、その応用が心底難しいらしい。あまりにも未熟で、救い難い連中よ」




 ゼノ・オルディオスはそう言いながら体を回転させ、鎌を投擲する。鎌は円を描きながらジーニアスに迫る。



「クッ?!」



 避けられない――そう判断したジーニアスは、ハンドキャノンで鎌の軌道を逸らす。バレル外装部に格納されていた、粒子収束フィンが破損。銃器の外装が、石畳の上をカシャン!と転がる。


 鎌の直撃が免れた。だが受け流したとはいえ、ジーニアスの手首には、凄まじい衝撃が伝わる。



――バランスを崩し、わずかに生じた隙。ゼノ・オルディオスは、その瞬間を見逃さなかった。


 彼女は魔法転移を使わず、翼を羽ばたかせ低空を飛翔。ジーニアスとの彼我距離を一気に詰める。



 それは、いっそ清々すがすがしいほどのきよさがあった。なにせ相手よりも優位に立てる転移を使わず、敢えて正面から突貫したのだ。




 戦術的な効果は覿面てきめんだった。



 ジーニアスはまさかの戦法に、刹那、たじろいでしまう。



 戦場では、まばたきする刹那の隙でさえ、命取りになる。




 ゼノ・オルディオスは彼の懐に飛び込むと、格闘戦に持ち込む。鉄山靠てつざんこうに似た打撃を皮切りに、脚を主体とした攻撃を開始した。



 華奢な肢体とは相反する、重たい打撃。



 ジーニアスは最初こそ、抵抗すらできず、されるがままだった。



 なにせ、魔王が格闘戦を挑んでくるこを予期できず、対応が遅れたのだ。だが中盤から持ち直し、そこから巻き返しを図る。



 ゼノ・オルディオスの蹴りの乱舞。彼はそれを躱し、避けきれないものは腕で受け流し、拳や蹴りを叩き込む。だがどの攻撃も、断続的な空間転移で避けられてしまう。



 二人は互いに攻撃という手札を出し合うが、どれも有効的な打撃に至らず、なかなか決着がつかない。



 多種多様な攻撃の博覧会。



 この場面だけ切り取れば、まるで限りなく実戦に近い舞踊。もしくは迫真に迫る催し物だ。



 しかしこれは演目ではない。紛れもない、命を奪い合う死闘なのだ。





 膠着状態が続く。


 それを打ち崩したのは、魔王だった。





 ゼノ・オルディオスが攻撃を繰り出しつつ、不敵な笑みを浮かべ、指をパチン!と鳴らす。




 二人の間に、魔法陣が展開する。そしてその中から、巨大な拳が出現したのだ。拳は高速でジーニアスを殴りつける。――いや拳の大きさからすれば、もはやそれは『殴る』ではなく、拳との『衝突』に近い。



 ジーニアスが強烈なアッパーを喰らい、空中に跳ね上げられた。


 彼が自由落下に入る前に、ゼノ・オルディオスは追撃を仕掛ける。――転移魔法で落下中のジーニアスの側へ現れ、その美しき肢体を一回転させる。十分に加速させた回し蹴りを、彼に喰らわしたのだ。



 ちゅうを舞うジーニアス。しかし今度は、地面に向けて急降下する事となった。




 凄まじい衝撃と共に石畳が吹き飛び、下の地面が顕になる。



 それを見ていたフェイタウン市民の誰もが、ジーニアスの死という最悪の結末が過る。 



 だがその悪夢は回避された。ジーニアスは生きていたのだ。



 しかもただ無傷なだけではない。彼は落下中に体を捻り、姿勢を制御しつつ、誰も倒れていない場所へ落下地点を定め、着地したのだ。



 しかし石畳が吹き飛ぶほどの衝撃である。ジーニアスの体は無事でも、そのしわ寄せとなった部分にダメージが蓄積されていく。



 これだけの激戦――ただで済むはずがなかった。



 高度な電算機能を持つ懐中時計が、その理由を警告と共に語る。



緊急物理保護機能フォトンレゾナンスシールド衝撃吸収機能マルチショックアブソーバー展開――。再度警告します。ナノマシン機能低下。継戦能力が最低値を下回っています。戦線を離脱し、速やかに帰還してください』




 その警告に対し、ジーニアスは悲しげな笑みを浮かべて呟く。




「帰還? 離反者が……どこに帰れというのだ」




 しかし彼に苦悩している暇はない。




 魔法陣から飛び出した拳――。そしてジーニアスを空中に打ち上げた、元凶が襲いかかったのだ。




 それは巨大な拳に巨大な腕を持つ、筋肉の申し子とも言える魔獣だった。




 筋肉という鎧を身に纏った、巨漢の魔獣。その魔獣が拳を振り上げる。両手の指を組み、振り上げたそれをハンマーのように振り下ろす。


 下手をすれば小指を痛めるだけの技だが、魔獣にとってはたいした痛みではないだろう。なにせ小指の太さでさえ、成人男性の胴体ほどの太さがあるのだ。あの太さで折れようはずがない。



 ジーニアスを宙へ上げた拳。それが皮肉にも、今度は地面へ叩き付けようとしていた。




 この劣勢を打ち砕く方法はないのか?





 教会前の広場で平伏す、誰もが同じ願いで祈った時だった……




 件の魔獣が突如、その動きを止める。





 きっかけとなったのは、この世界で響くことのない音――、一発の銃声だった。




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