第15話『裁きの魔王』



 紫のアンティークドレスに身を包んでいた女性。




 彼女は自らを創世の魔王ゼノ・オルディオスと名乗り、翼を広げる――それは鳥やハーピー族のような、柔らかなものではない。それとは真逆な、ドラゴンのような鱗を持つ、レプタイル状の翼だった。




 その翼を広げると同時に、彼女の頭――側頭部付近から、禍々しい角が生える。




 まさにその姿は、邪悪なる女神……いや、魔王と呼ぶに相応しい様相だった。




 魔王ゼノ・オルディオス。




 そう名乗った彼女は、教会というフェイタウン市民の学び舎から、一言、凍りつくような冷めきった口調で、こう告げる。




「ひれ伏せ――」




 すると不可思議な事が起きる。




 鬼兎の騎士団や予備役兵が、地面に平伏したのだ。




 まるで、目に見えない兵士たちに取り押さえられたかのような――もしくは、重力が倍増したかのような、あまりにも異様な現象だ。




 教会前の広場に、異様な光景が生まれる。




 重圧に平伏すことになったのは、フェイタウン市民だけではない。



 セイマン国の勇者や、獣族の少女も例外ではなかった。見えない力によって、地面に押し付けられていた。



 人々は未知の力によって、魔王の前に平伏す。


 まるで、事切れた躯のように……。



 教会を守っていた、最後の防壁。魔導師が倒れたことにより、頼みの綱だった魔法障壁も消失してしまう。




――膨大な魔力による重圧プレッシャー



 

 そんな中。苦悶の表情を浮かべ、抗い、立ち上がろうとする者もいた。




 教会には家族や愛する者がいる。『魔法障壁が消えた今、最後の防壁は自分たちしかいない!』その危機感が、並々ならぬ力を呼び覚ましたのだ。



――だが、そういった者にはさらに重い罰が背負わされる。押さえつける力が徐々に増していき、より強い力で屈する事となった。倍増した重圧によって、臓器が圧迫され、骨が軋む。



 それを見た誰もが、抵抗は無意味と悟った。



 大地にへばりつく民を見下ろし、魔王ゼノ・オルディオスは宣告する。



 なぜ崇拝していたはずの魔王が、こうして、信者であるフェイタウン市民に牙を剥くのかを……。





「聞け! 全フェイタウン市民よ!


 時を重ねるにつれ、貴様らの信仰心は減少の一途を辿った。我が神名――その真名まなを忘れ! 祈ることを忘れ! 愚かにも惰眠を貪っていた!! そこまでは大目に見てやろう。


――だが、しかしだ!


 あろう事か! 邪教を崇拝するセイマン国と国交を結び、我が宗教を棄てようとした!


 我は、どんな事があっても、お前たちを見棄てなかった。だが! お前たちは一方的に見限り、目新しい宗教に縋り、我を棄てたのだ!!


 もはや弁明の余地はなかろう? 


 現に! そこに平伏している敵国の聖兵――セイマン国の勇者が、ここにいる! それが、なによりの証ではないか!!


 あの悪しきセイマン国と、手を組もうとしているのは誰だ? 貴様らが羨望の眼差しで見ている、あの若き高位神官か? それとも、外面の良い市長のサーティンか? または赤髪のエルフ、騎士団長アスモデ・ウッサーか?


 まぁ良い……



 フェイタウン市民よ。我は、裏切りの対価を要求する。


 明日の正午までに、その裏切者をこの場に差し出せ! セイマン国の連中や、雑魚勇者はこの際 見逃してやろう。我は寛大だ。この国の不始末は、この国の人間の血肉で支払ってもらおう」





「ふざ…… ふざけるなぁアァアァあアァ――――ッ!!!!」





 その身勝手な要求に対し、異議を唱える者が現れた。


 渦中の人物であるセイマン国の勇者、氷室伸之だ。





「身勝手なこと言うな!! 勝手に現れて、勝手に街をめちゃくちゃにして! その上、生贄を差し出せだと? いい加減にしろ! もはやお前は……神ではない!!」




「ぬかしよる……。ならどうする? 勇者らしく、我に戦いを挑むか?」




「もちろんそのつもりだ。この美しい街と、フェイタウン市民を守れるのなら……俺は! たとえ神であっても戦う!」




「神であっても戦う……か。おもしろい……おもしろいぞ勇者! では名を訊こうか。魔王に楯突く、愚か者の名を――」




「俺の名か? いいだろう聞かせてやる! 俺の名は! セイマン国の勇者! 氷室伸……――」




 最大の見せ場にも関わらず、勇者は『そんな馬鹿な』という視線で、あるモノに目を奪われてしまう。絵に描いたような二度見と共に。



 魔王ゼノ・オルディオスもまた、勇者の目を奪ったそれに気付く。




 勇者と魔王の目を奪ったモノ。




 それはフォーマルスーツに袖を通し、理路整然とメモをとっている紳士――ジーニアス・クレイドルその人だった。



 フェイタウン市民が平伏し、セイマン国の勇者でさえ押さえつけられた中。何事もなかったかのように、ジーニアスはメモを取っていたのだ。



 勇者は名乗るのも忘れ、ジーニアスに向って叫んだ。



「おいお前!  なんで普通に立っていられる?! なんで効かないんだよ?!」



 ジーニアスは、目の前で起きている不可思議な現象を調査しつつ、勇者に一瞥してこう答える。




「分かりません。私はこの島の固有種族――妖精を目視で確認することができなかった。そこに、なんらかの因果関係があると思います。なんの根拠もない仮説ですが。思い当たる節がそれしかありません」




 勇者に続いて、魔王も問い質す。




「貴様。たしかジーニアス・クレイドルと言ったな」



「存じ上げて頂けたとは、畏れ多い。なぜ私の名を?」



「名前だけではないぞ。識別コード765737‐θ‐87479……だったか?」




 これにはジーニアスも驚く。ルーシー以外に、この識別コードを告げた覚えがなかったからだ。ルーシーがこの情報を、外部に漏らした可能性は低い。あれからほとんどの時間を、一緒に過ごしていたからだ。だとすれば残る可能性は2つ。盗み聞かれたか、頭の中を覗かれた可能性だ。



 ジーニアスは真意を探るべく、敢えて魔王を称賛する。



「さすがはこの世界を創造せし魔王、ゼノ・オルディオス。私のような下々に隠し事はできませんね」



「我は、すべてを見通している。お前は帰還人であろう」



「その通りです。なら私が、イギリス系アメリカ人であり、モスクワ出身であることもご存知で?」



「知らぬはずがない。我を見縊るな」




 魔王は、跪かせることができなかったジーニアスに、御褒美という名の洗礼を浴びせることにした。彼女が手をかざすと同時に、赤い稲妻がジーニアスに注がれる。



 ほとんど不意打ちに近い攻撃だった。



 ジーニアスは逃げることも、身構えることもできず、ただ赤い雷撃を その身で受け止める事となる。



 しかし魔王の攻撃は、ジーニアスには直接的ダメージには至らなかった。



 時折バチバチと、ジーニアスを赤い放電が包みこむ。



 そんな中、音声ガイダンスが流れる。ファンタジーに不釣り合いなそれは、懐中時計から発せられたものだった。




自動防御オートディフェンスシステム作動。落雷による避雷を完了しました。落雷の中に不明なエネルギーを検知。創電機能に問題発生。供給ラインの破損を検知。自己診断プログラム作動……ただちに帰還し、機能回復を推奨します』




 ナノマシンを通じ、ジーニアスの脳内に流れた音声。ジーニアスはメモ帳をポケットに戻し、それを入れ替わるように懐中時計を取り出す。そして蓋を開け、設定を変更する。




「エネルギー供給ラインを、体内のナノマシンに変更」



『残念ながら、ダイレクトラインの使用は推奨できません。警告。その手段を行使すれば、生命維持装置への電力供給が滞ります。最善策として、早期の帰還を具申します』



「ここで退くわけにはいかない。任務遂行を優先する。やるんだ」



『――――。設定を変更しました。くれぐれも戦闘は避けて下さい』



「了解した。善処はする」




 ジーニアスは懐中時計にそう告げつつ、ホルスターに収められたハンドキャノンのグリップに、手を置く。



 

 交戦する覚悟と共に……。



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