第14話『敵国の勇者』




 ルーシーを教会に託し、ジーニアスは一人、教会の表へと出る。




 身廊から足早に前室を抜け、扉口から外へと出た。外では交戦の準備が、今まさに完了しようとしていた。



「市民の避難誘導は完了したか! 確認後、速やかに障壁を展開する! 爆発はそう遠くなかったぞ! 総員 急げ!!」



 鬼兎の騎士団の女隊長が、部下に下知をくだしている。


 予備役兵と鬼兎の騎士団は一致団結し、防衛任務に当たっていた。障壁を展開させるため、三人の魔導師が陣に入る。そして詠唱を開始し、今まさに魔力で構成された壁で、教会を囲おうとしていた。



 そんな中。ジーニアスは独り、障壁の外へと出る。彼が障壁展開地点を通り過ぎた後、光の壁が顕現する。退路は絶たれた。だがそれは同時に、教会が鉄壁の要塞と化したことも意味している。これで心置きなく、安心して戦闘に専念できる。


 騎士団や予備役兵は、誰もジーニアスを止めなかった。彼らはそれどころではない。魔獣が迫ってくる方向を注視し、皆攻撃に備え、槍や弓を構えているのだ。



 そして教会を守るため、陣形を組んでいた兵士たちの横を通り、騎士団の女隊長へ歩み寄る。


 女隊長がジーニアスの存在に気付き、驚きと共に怒鳴りつけた。



「な、なんだ貴様は! いったいここでなにを――その出で立ち、帰還人か? ここは危ないから、陣の後ろへ行きなさい」



「魔獣の相手は私が。一度、交戦した経験があります」



「経験だと?! バカを言うな! 相手はうちの団長ですら手こずる相手だぞ! それを見ず知らずのお前が――」




 そうこうしていると、爆発と轟音が鳴り響く。大通りの突き当りから、狼の群れのような群勢が、教会めがけて走って来るが見える。――いや、それは断じて狼などではなかった。



 ジーニアスがいち早く、その正体を口にする。





「魔獣だ。分裂して、四脚の高速移動型へ変異したのか」





 彼はジャケット裏からハンドキャノンを引き抜く。同時に狙撃モードを起動させ、銃身が少し延長される。




 よく見ると、屋根の上から魔獣に向け、攻撃をしている追撃者を視認する。


 兎をあしらった美しい装飾の兜――間違いない、鬼兎の騎士団を指揮する団長、アスモデ・ウッサーその人だった。


 彼女は指揮権を部下に託し、自ら戦線に赴いていた。それほどまでに、戦況は逼迫していたのだ。なんとか魔獣の群れを喰い止めようと、範囲攻撃型の雷撃魔法で果敢に攻撃している。



 しかし魔獣の脚は止まらず、分裂と強化を繰り返して、群れを増産していく、、、、、、、、、



 ジーニアスは、生物としての概念と、物理法則を忘却した魔獣に向け、重い溜息を吐く。





「まるで悪夢だ。――しかし、弱点がないわけではない!」





 ハンドキャノンの咆哮が、再びフェイタウンに轟く。



 断続的に放たれる光の矢。



 放たれた陽子が、四脚型魔獣の胴体を貫いていく。





 魔獣のコアは、概ね胴体部に格納されていることが多い。ちょうど魔獣と向き合う位置にいるジーニアス。彼から見れば、魔獣の胴体部を狙えばコアに直撃する――まさに絶好の狙撃ポジションだった。


 ジーニアスは周囲の建物に被害が及ばないよう、貫通性能に加減を加え、慎重に狙撃していく。


 彼の狙撃は効果覿面だった。次々にコアを砕かれ、魔獣の過半数が魔素と化す。しかし残った勢力が、順応、、を始めてしまう。


 互いを摂り込み、一体の巨大な魔獣へと変異したのだ。


 こうなっては、どこにコアがあるのか分からない。魔法を駆使しても判別不能だからこそ、鬼兎の騎士団も、第七防空遠征旅団も苦戦しているのだ。



 魔法の使えないジーニアスにとって、魔力の結晶球であるコアを判別するのは、至難中の至難の業だった。




「嗚呼これは、本当に……厄介な相手だ」




 しかしジーニアスは諦めない。


 ルーシーと出会う前なら、この勝算の薄い戦いに加わる事はなかったろう。だが今の彼には、それでも戦いたいという本能にも似た、なにかに突き動かされていた。



 対応手段を模索するジーニアス。そんな中、またしても思わぬ援軍が飛来する。



 それはあの時と同じ、ドラゴンを駆る竜騎士だった。



 竜騎士は、騎乗していたドラゴンから飛び降り、魔獣の首元に剣を突き立てる。首元に隠されていたコアを、竜騎士はピンポイントで破壊したのだ。


 巨大化した魔獣が、教会近くの建物へ寄りかかるように倒れ込む。数棟がその倒壊に巻き込まれ、地鳴りのような音を轟かし、側にある教会を揺さぶった。




 魔獣を討伐した、セイマン帝国の竜騎士。



 そんな彼に一人の亜人が駆け寄っていく。犬耳に尻尾。獣族の亜人だ。その幼き少女の亜人は、騎士をこう呼んだ。




「ゆ、勇者様ぁ~! ご無事でしたかぁ~!」


 


 勇者という言葉に、鬼兎騎士団や予備役兵たちがざわめき出す。


 本来勇者とは、勇猛果敢に戦場を駆け抜け、多大な戦果を齎す者を意味する言葉だ。しかし時代が進むにつれ、いつしか異なる意味を合わせ持つものとなる。




『魔王を討伐する者』




 そしてそれを行使すべく、『異世界から召喚された者』を意味する言葉となった。



 多くのレアスキルを所持し、この世界の現在人どころか帰還人すらも越える――それこそ、神話の中で登場する魔王に匹敵する存在。人類の切り札とも言える最後の砦だった。



 しかしオルガン島は、他国の宗教事情と異なる。



 この世界は神ではなく、魔王によって創生された世界であり、その神話をなりあいとする、土着信仰が根強く浸透していた。



 したがって他国が崇拝し、降臨を渇望する勇者は、このオルガン島では魔王という創生神を脅かす存在――即ち、災いを齎す悪しき存在だった。



 現にその勇者は、とてもじゃないが友好国とは言い難い。なにせあの、セイマン帝国の国章を付けているのだ。とくに亜人にとっては、恐怖の象徴である。




 誰もが『魔獣の次は勇者なのか?』と身構え、武器を強く握りしめた。




 彼らの懸念とは真逆に、勇者は笑みと共に高らかに口上を述べる。



「僕の名は氷室伸之! 悪しき者を滅するため、セイマン国によって召喚された、勇者だ! どうか安心してほしい! 私はあなた達に危害を加えない! 味方です! 断じて敵ではありません!!」



 力強いその言葉に、鬼兎の騎士団や予備役兵たちが、顔を見合わせて『本当なのか?』『助けて……くれる?』『救世主なのか?』と、頓に希望を抱き始める。




――しかし演説は長くは続かなかった。




 野獣がゴロゴロと喉を鳴らすような、不穏で不気味な轟き。そして引き裂くような雷鳴と共に、赤き閃光がフェイタウンの空を貫く。



 まるで、その口上が気に入らなかったかのように、空から光るシュプレヒコールが降り注いだのだ。



 赤き閃光が石畳を砕き、地面を露出させる。空は曇り気味だが、雷鳴が鳴り響く曇天と言うほどではない。




 その赤い稲妻レッドスプライトは、自然発生したものではなかった。何者かが、意図的に放ったものである。




 フェイタウン宗教の総本山である教会。その人物は、小塔の屋根先に足を乗せていた。




――女性。




 ロングスカートと長い髪を靡かせている、若い女性だ。




 しかしそれは、風に靡いているのではない。まるで重力が、彼女を拒絶したかのように――もしくは水の中で漂っているかのように、ユラユラと不気味に揺れていた。





 明らかに只者ではない。



 その女は、下界の民に向け、自らをこう名乗った。




「我が名は……魔王ゼノ・オルディオス。お前たちの崇拝する、創世の魔王である」




 

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