現代人として生きるために

古新野 ま~ち

第1話

現代人は、柔らかい食べ物に恵まれ過ぎて、顎を駆使せず苦もなく飲み込めるようになってから、大人になるらしい。それは子供の頃にみた健康だよりと題された、保健の先生が拵えたプリントだったはずだ。 また、現代人は運動も不足しているから骨が脆いとも記されていた。昔はかけっこや虫取で外に出ていた。今はゲームが中心だと記されていた。平成の中頃のことだ。歯は骨でできているという豆知識とともに、それらをいかに丈夫にするかの心得を教えていた。


学校の教えが、常に、正しいことはない。同じく健康だよりに記されていた「目の体操」を思い出す。目の体操とは、目を上下左右に動かして目の健康を保つというものだ。真に受けてはならないと知ったのは、大分、後になってのことだ。網膜剥離の危険があるから、やめた方がいいらしい。また運動でも見直されることが多い。兎飛びの効果に異議が唱えられる。


学校教育のカリキュラムなら、道徳教育について、日本がいくつもの失態を放置していること、例えば、原田実氏あたりの著書に詳しいが、あくまで健康だよりだ。健康や運動の常識がひっくり返ることなぞ、なにも、珍しくない。


私は、先日、デンタルクリニックに行った。看板にはそのように記されているから、彼らは、自身の商売を、歯科医や歯医者で呼ばれるより、デンタルクリニックと呼ばれたいのだ。だから、私もデンタルクリニックと呼称させて頂く。

「ここ、おやしらずが斜めに生えているでしょう? だから歯磨きでも汚れが落ちにくい」

レントゲンで露になる、私の口内の違和、右側のおやしらずが生え揃っていることを指摘された。

「歯がこれ以上痛むようであったり腫れたりとかであればですね口腔外科に紹介状書きますから」

ついでに歯磨きの方法を教えられた。歯ブラシの中央から下部分で歯の裏側の汚れを削ぎ落とす。前側は、上半分。アニメのように水平に動かさず、一本一本、磨く。

健康だよりについて、聞くべきだった。帰宅途中、頭をよぎるのは、時代の食習慣、とくに私たち現代人は、プリンやゼリーが代表とされていた。少し前の時代では干した柿や芋になっていた。


プリンは、私の好物だ。甘いものを食べると、幸福を感じる、セロトニンが分泌されると聞いた。健康だよりではない情報源だが、これさえ、数年後にはひっくり返るかもしれない。


プリンが旨いところといえば「Patisserie・Stray Cats」の味を、先ず思い出す。ケーキがメインだが、ショーケースの最下部左下は必ずカスタードプリンだった。「とれたて卵使用」のポップで煽り立てられるそれは、店の洋菓子のなかでは飛び抜けて安価だった。当然、スーパーマーケットで手に入る3個セットのものよりは高くつく。


肝心のプリンの味はと言えば、実をいえば、甘さを限りなく抑制していた。だがしかし素っ気ない、や、淡白、といった負のイメージを背負うことは無いのだ。

一匙すくった見目は生成りのような色合いのなかにバニラビーンズの黒い粒子が散りばめられた、大方の思い描くままのプリンだ。ただのプリンだった。私はただのプリンにより、濃厚さ、また、底面のカラメルソースでさえ甘さを求めていた己の不明さを恥じたものだ。


閑話休題。顎の形状がこのまま滑り落ちるように退化していくのか。生物とは自らにとって不都合な行動を取り続けるものであろうか。


確かに生物ならば不都合な行動をとらないかもしれない。しかし、生物でなければ、私の考えに則すならば、生物でなくなることを目的に発達しているならば、この限りではないのではないだろうか。

プリンに限らず、我々は、生活の質を向上させる、という目的のために諸々の享楽を開発してきた。そしてそれは時に、自傷行為に近接するものも、少なくない。飲酒や喫煙、だけではない。甘いものを食べることでさえ、控えろと文句をつけて商売にする輩がいる。ならば、消費者の身体に害悪を促すようなもので商うものたちに文句を言えばよろしい。身体の構造について考えた者たちは見事に兎飛びは時代遅れであるというイシューを定着させることができたのだ。


しかし、私はここに宣言する。顎が朽ち果て骨が脆く崩れ去るその日まで、プリンを食べるだろう。二十を超えたその日から酒も飲み始めた。煙草は趣味ではない。

この顎に走る痛烈な刺激が、プリンなどによってもたらされた痛みなら、喜んで引き受けるまでだ。


嘘です。冗談です。痛いのは嫌です。現代人に必要なのものは何もかもに効く痛み止めだと思います。

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