第2話

 定刻通りに会社についた僕はプレゼンの最終調整をすることにした。

「ユウジ、調子はどうだ?昨日はちゃんと寝たんだろうな?プレゼンは口と頭が回ってこそだからな!」

 そう声をかけてくれたのは企画部のエース、冴島透先輩だ。入社6年目にして数々の製品企画に携わる、僕たち同期の憧れの的だ。僕は冴島先輩に会ったとき、初めて文武両道のイケメンを目の当たりにした。

「冴島先輩、ありがとうございます!ばっちりです!」

「おう!頑張れよ、期待の新人ルーキー!」

 そう言って冴島先輩は僕の背中を叩き、自分の席へと向かっていった。

 冴島先輩に叩かれた背中からじわじわと力が湧いてくるような気がした。入社当時から可愛がってもらっていたが、最近は企画の最終調整であまり話す機会がなかった冴島先輩。折り畳み傘の事といい、今日の僕はついている。


 と思った矢先のことだった。

「データが……ない……?」

 プレゼンの資料を保存したはずのUSBの中身がすっぽり消えている。昨晩確認した時は確かにあったはずの資料がなくなっているのだ。家のパソコンにバックアップはとっていたはずだが……。

 まずい。始業の9時まであと30分とちょっと。会社から家までどれだけ急いでも40分はかかる。プレゼン開始が10時なので、計算上はぎりぎり間に合う。計算上は。

 だが、会議室のセッティングや手元用資料の印刷なんかを考えるとアウトだ。これまでの苦労が水の泡、と思った時。


「いやぁ~~、この世にクラウドってシステムがあってよかったっすよ~~!あたしゃアレを開発した人に一生足向けて寝られませんね、ほんと!あはは!」

 オフィスの扉が開くとともに、能天気な声がした。声の主は「オフィスの騒女ノイジーガール」との呼び声が高い、糸静いとしずか茜(23)。名は体を表す?寝言は寝て言え。

 今日も相変わらず五月蠅い。

 が、今日に限ってはありがたかった。本当に静かだったら僕の耳まで声が届いていない。そうか、クラウドがあった。追いつめられると視野が狭くなってダメだ。

 確か2,3日前にクラウドにプレゼン資料の同期をした覚えがある。昨日までほぼ起きっぱなしだったので正確な日時は覚えていないが……。それから資料に大きな変更はしていないはず。何度も練習した資料は頭の中に入っている。家のパソコンからバックアップを拾ってくるよりは確実な手段を手に入れた僕は早速クラウドにアクセスした。

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