不意打ちの邂逅

 ここからの視界に入る彼女は、そのまま絵画か何か、芸術品の類いとして永久保存しておきたくなるような儚さを纏っている。

 自分と違い、真剣に台本を読み込み、時々小さな手振りなんかも付けている。


 そうだ。彼女は台本読みが盛り上がってくると、舞台に上がっている時と同じように、ただし周囲からはあまりわからない程度の大きさで「演技」が入り始めるのだ。

 誰かに突っ込まれたこともなさそうなので、これはもしかするとボクだけが知っている情報なのかもしれない。


 逢魔が時が近づく部室は茜色に染まり始める間もなく蛍光灯の明るみが目に刺さるようになる。

 物品庫など備わっていない。

 雑多に置かれたかつて使われた台本や小道具が足の踏み場を侵食し、さらには本を読む場すら奪い始める程度だ。

 不用意に身体を伸ばそうものならば。


「あ! やばっ」、と声を出す間もなく、そこらに置いてあった紙類がばさばさと悲鳴を上げるように落下するのだ。


「やっちまったー……」

「ちょっと、大丈夫!?」

「一応はね……」


 彼女のちょっとあきれたような、それでも心配の色を多分に含めた声に応える。

 おそらくは、紙類に紛れて重たい金属音が聞こえたからだろう。

 確かに、これが上履きを履いただけの足にでも落ちてたら……、ちょっと想像はしたくない。


 ひとまずは散乱した紙類をかき集める。

 そもそも資料なのかただの落書なのか、それとも台本の一片なのかも、よくわからない。

 ひとまずはひとつの山に成形し直して再び積む。

 割と広範囲に散らしてしまい、彼女も知らぬ間に自分の台本をどこかに置いてこちらへ来て手伝ってくれる。


「こっちに飛んできたのはこれくらいだけど、あとは大丈夫?」

「ん……、たぶん大丈夫。ありがとう……と思ったけど、あとはコイツか」


 紙類に紛れて同時に落下し、ド派手な音を奏でてくれた金属製の箱だ。


「これ、なんだっけ……?」

「これって……、あれじゃない? 『或る台本』とか言う……」

「あ、これか」


 言われて箱を調べてみると、たしかに側面にメモ書きのような紙が貼られていて、そこには『或る台本』と書かれている。


 これは、この学校の演劇部に脈々と受け継がれし不思議な台本……とされているものだ。


「受け継がれているわりには雑な置き方だったな」

「まぁ、今更大掃除もしたくないっていうか、想像したくないよねー……」

「だったら、ちょっとはマシなところにでも置いておこうか」


 パッと目についた棚の2段目にわずかながら隙間を見つけ、そこにねじ込む。

 その弾みで横の小冊子が飛び出して来そうだったが、彼女がさっと抑えてくれた。

 こういうところも素敵だと思うのだ。

 まだ口に出して言えるほどの勇気は無い。

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