神の兵器


 と、見れば大翔達から少し離れた場所に、刹那の姿を見つけることができた。刹那は立ち上がり、どこでもなくどこかを呆けたように見ている。莉雄は刹那の傍まで移動する。


「刹那! 無事!?」


 だが、呼びかけても反応がない。

 刹那の肩を掴み、必死に呼びかける。すると、かすかに莉雄の方を向き直りながら言う。まだ焦点が合っていない。


「莉雄……莉雄……?」

「うん。ここに居るよ。大丈夫。大丈夫だから」

「駄目なんだ……駄目なんだよ、莉雄」


 刹那はそう言って、自分の顔を両手で覆いながら言う。

 その際に、彼の顔から眼鏡が落ちる。莉雄はそれを拾った。


「僕は誰なんだ? 何なんだ。この、黒い感情はなに?」


 莉雄は、目をそらしてきたことを思い出す。


「僕は、どうしてここにいる? なんで、どうして……」


 アリーサが、なぜ刹那を連れ去ったのか。

 大翔や枝折が刹那を敵視していた理由。

 助けようとした際に枝折が言いかけた、アーキタイプ・スパルトイの話。

 嫌なイメージばかりが莉雄の中に木霊の様に響いていく。


「待って、待ってよ、刹那は刹那だ。それをボクは知ってる。だから、だから……!」


 そう言いかけて、莉雄は一つの答えにたどり着いた。

 莉雄の能力は『治癒促進』だが、その能力はスパルトイになったことで規格外になった。それは、大翔の記憶操作に抗うほどに。言葉を交わし、交流している人物たちの記憶を治すほどに。

 この能力は“あるべき形へ修復する”能力。……では、とは何なのだろうか?


 莉雄は、背筋が凍るような感覚に襲われ、彼の手を取る。彼の顔を覆う彼の手を退け、その顔を覗き込む。

 だが、そこには刹那は居なかった。


「莉雄……僕は、何……? ここは、暗い……」


 顔が無い。目も鼻も口もない。のっぺりとした、その特徴的な頭部。

 莉雄の治癒能力は、姿

 刹那は消え、彼は本来の姿へと戻っていく。

 骨の様に異様に細い手足。薄い胴体。顔の無い頭部。ただ、スパルトイと違うのは、全身が黒ではなく、銀色をしているということだ。だが色がどうであれ、彼はもう……


「違う……違う……! こんなの! 違う!!」


 莉雄の能力は無意識のうちに、神薙 刹那が、のだ。

 アーキタイプ・スパルトイ……“神の兵器エンキドゥ”へと、のだ。


 そこにアリーサが現れる。空中に浮かび、莉雄と、刹那であった存在の上に飛来する。

 ブロンドの長髪を逆立たせ、いつか幻覚で見た研究員の姿に近いが、右腕と胴体がスパルトイの頃のままであり、異様さが目立っている。

 アリーサが言う。


「残念ね。本当に。でも良かったわ。もし私がこの世界を掌握できなかった場合、エンキドゥはハルモニアへの手土産にするつもりだったの」


 エンキドゥ、銀色のスパルトイはアリーサを見上げる。

 アリーサは続ける。


「私たちスパルトイの雛形。アーキタイプ。その力は、並のスパルトイの比じゃない。規格外よ。そして、規格外なのは能力だけじゃない。狂暴性もね」


 アリーサが莉雄を指さしながら、エンキドゥへ言う。


「さあ、エンキドゥ。神々が直接作成したスパルトイとでも言うべきあなたの力で、そこのネズミを始末して! さあ!!」


 エンキドゥが、手を上げる。それに応えるように、なにも無い空間から巨大な鉄の歯が現れる。

 それは、乱立する鉄の歯だった。それが筒状に集まり、物を磨り潰す様に回転し、仰々しい音を発する。所謂、鉄材処理用の大型シュレッダーといったところだろうか。それを、なにも無い“無”から作成する。

 そして、その装置から無数の鎖が、捕食対象を探す触手の様に幾つも生えて宙を掻く。


 エンキドゥは、とても冷たい声で言った。


「指図をするな。……この人間害虫、風情が」


 その鎖はアリーサを絡め取ろうとする。彼女は宙を飛び逃げるが、それより早く鎖が絡まり、彼女を鏖殺せんと、巨大シュレッダーが音を立てて鎖を吸い込み始める。

 莉雄がそれを止めようとするより早く、アリーサが抵抗するより早く、まるで肉を食べるような音を発しながら、グロテスクに彼女を引き潰していく。

 彼女の悲痛な悲鳴が莉雄の耳を劈く。

 エンキドゥはそれを聞いて高笑いをする。


「良いな。良いぞ。人間は人間らしく、屠殺しなくてはいけない。これは、義務であり責務であり債務である。人間が知恵の実を貪る欲に溺れたように、僕は人間を貪らないと……君は、赤い実人の首は好きかい? 甘い物悲鳴、好きかい? もぎ取るところから始めよう……」


 莉雄は理解した。

 今、目の前に居るのはもう……


「分かった。キミがそう望むなら、ボクがキミを止める。ボクは……キミを嫌いになんてなれないから!」


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