ここまでは、彼の回想だったのだ



「ねぇ……まだ呆けてる……? 意識戻って来た?」


 俺は……何か夢を見ていたらしい。


 葵と一緒に、彼女の部屋で食事をとった事や、ルームメイトと一緒に非合法オークションを覗きに行った事。葵とルームメイトの三人で、帰りのジープの中で学校生活の思い出話を語り合った事を思い出していただろうか? それとも、彼女との馴れ初めを思い出していただろうか?


 ここはどこだったか……

 廃墟の一室に思える。

 

 そうだ。ここへ、作戦として来ていたんだ。

 ここは日本のとある山中、使われなくなった地下貯水施設へ通じる建物の一室だ。

 敵の戦力を調査するための斥候役に、俺とルームメイトは選ばれた。そして、スパルトイに見つかり、逃げた先の床が脆かったらしく崩れて、俺は多分頭をぶつけて気を失っていた。かなりの高さから落ちたらしい。

 俺は、隣にいるルームメイトへ声をかける。


「ああ、多分……大丈夫だ。まだ少しくらくらするが。よし、五体満足だ。お前は立てるか?」


 そういってルームメイトを見る。

 だが、その光景は痛々しい物だった。腹部に鉄骨が刺さっている。引き抜けば命はないが、引き抜かねば、そのうちやってくるスパルトイにより命が無い。

 ルームメイトは息も絶え絶えに言う。


「良かった。応援は、呼んだんだ。……あと、多分、十分? かな?」


 虚ろな目をしている彼の顔を覗き込み、俺は言う。


「おい! しっかりしろ! 何か、どうにかならないのか!?」

「ボクの能力じゃ無理だね。出血も止められないし……多分、引き抜けば出血性ショックで死ぬ……だから、早く逃げて」

「いや、なにか、なんとか……手はあるはずだ」


 イヤホン型の無線から声がする。


「“アイスは必要か”。繰り返す。“アイスは必要か”。応答求む。“配達先”を教えてくれ」


 意味は“救援は必要か”“助けに行く場所を教えてくれ”の意味。

 俺はルームメイトに言う。


「助けが来た。俺たちは助かる。そうだろう? な?」


 俺は位置情報を送る発信機を起動させながら、ルームメイトの手を握る。もう、手は冷たい。

 ルームメイトが言う。


「お願いがあるんだ……」

「なんだ? 帰ったらいくらでも聞いてやる。なにがいい? なんだ? ああ、そうだ、アイスクリームとかどうだ?」


 無論、今の世界でアイスクリームは貴重品だ。手に入るわけがない。きっと、無線の隠語に釣られて飛び出した言葉だ。何でも良かった。

 ルームメイトは俺の言葉が聞こえてないないのか、うわ言のように言う。


「ボクの、記憶を……読み取って欲しい。覚えていて欲しい……」

「え? でも、自分の記憶を読み取られたくないって……」

「死に際にもそれじゃ、意味ないよ……お願いだよ、大翔はると……」


 彼は、自分の死を受け入れ始めている。

 俺は、少しためらった後に、彼の記憶を読み取った。


 突如、自分たちが居る部屋のドアが強く叩かれる。救援部隊だろうか?

 いや、違う。あれは、黒い人型のあれは……俺たちを殺しに来たモノだ。

 ドアをこじ開けて、スパルトイが部屋に入り込んでくる。スパルトイは俺を、ルームメイトを見る。

 そして、艶やかな女性に似た声を発した。


「あら、死にかけのネズミに、まだ弄りがいがありそうなネズミ……どうしてあげようかしら?」


 ゆるりゆるりと、スパルトイが歩いてくる。

 俺は銃を構えようとした。しかし、直後ルームメイトが俺の足を左手で掴む。見れば、彼は右手に手榴弾を持っている。


「行って」


 そしてピンを引き抜いた。

 俺は少しためらった。ルームメイトを助けたかった。どうにかして、この状況をなんとかしたかった。

 でも、俺には何も、できなかった。

 ルームメイトが叫ぶように言う。


「行くんだ! キミは、守らないといけない人が居るだろう!」


 直後、スパルトイが入って来たのとは逆方向のドアが蹴破られ、救援が到着する。

 俺は救援に向かって走りながら叫ぶ。後ろ髪をひかれながら、滲み始める自分の目を叱咤しながら走る。


「グレネード! 退避!」


 救援部隊に合流し、その部屋からただひたすらに逃げた。

 その後、スパルトイは追ってこなかった。


 俺は、今でも……ルームメイトを置いてきたことを後悔している。

 だから任務のたびに、彼を探している。どこかで生きていないかと、探していたんだ……




 その後、彼とは予測していない形で再開することになった。

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