枯れ、落ちる花のように


 莉雄が校庭の中ごろまで来た時、突如、髑髏スパルトイが莉雄を飛び越して目の前に降り立った。

 どうやら、このスパルトイはここまで導きたかったということらしい。


「このグラウンドに何があるって言うんだ? なんでここにボクを呼び込んだんだ?」


 莉雄の問いかけを受け、スパルトイは言う。


「思い出せねぇか? ここで、てめぇは闘った。闘ってたはずだ!」

「何の話をして……」


 そう言いかけた莉雄の脳裏に、あるイメージが飛び込んだ。


 目の前に白い霞に巻かれた人間が居る。その人物は腹部から出血しており、肌は火傷したかのように赤く爛れている。

 自身の視点は“今”より少し高い。音がくぐもっている気がする。頭の中にどうしようもなく、人間への憎悪が渦巻いて止まない。世界が黒く色づいている。

 でも良いんだ。自分は、死んでしまった後でも、こうして親友と再会できた。それが何よりうれしい。だから、親友を……殺さないと。


「なんだ、今の……」


 今、目の前には黒い煙を纏ったスパルトイが居る。いつもの自分の目線に戻っている。

 目の前のスパルトイが笑ったように、莉雄は感じた。


「思い出してきたか? 場所は正確には違うかもしれねぇがな。だが、俺様の能力とてめぇの能力は似てたんだ。思い出すかと思ったがやっぱりか!」

「し、知らない。こんなの知らない!」


 白い霞に巻かれた人間の顔に、莉雄は見覚えがある。自分より大柄で、しっかりした体つきなのにどこか情けないお調子者の親友……大翔だ。

 イメージの中の自分をひたすら突き動かすのは、どうしようもないほどの人類への憎しみだった。なぜこんなに人を憎みたくなっているのか分からない。分からないがそれでも、ああ、人間が憎い。憎い。憎くて堪らない。だから、親友も殺さずに居られない。殺したくてたまらない!

 イメージの中の大翔が自分に呼びかける。ああ、また泣き始めてる。大翔はそんなに涙もろかっただろうか? 覚えていない。


 黒い煙を纏うスパルトイが言う。


「記憶を取り戻したか? 自分が何だったか、思い出せるか? ああ?」

「違う、こんなの……また、幻覚で見せられてるだけだ」


 髑髏スパルトイは莉雄に詰め寄り、胸倉を掴みながら言う。


「残念だが現実だ。幻覚なんぞ、! そうだろ?」


 髑髏が描かれたスパルトイの頭部に莉雄は写り込む。そこに写ったのは、黒いのっぺりとした、フルフェイスヘルメットのような頭部をした自分だった。

 そして、スパルトイが言う。


!」


 イメージの中で、莉雄は大翔の胸倉を掴んで持ち上げ、顔を寄せながら言う。いや、正しくは、スパルトイの姿をした……何かが言う。


「会えてうれしいよ、大翔。でもごめん。……ボク、キミを殺さないといけない……」


 胸の奥が占められるように痛みを発し、どうしようもないぐらいに泣き叫びたくなる。だが、スパルトイには涙を流す機能が無い。それらの慟哭は全て、殺戮衝動へ変えられる。喜びも、安堵も、悲しみも、焦りも、拒否感すら……目の前の人間を殺したくて仕方がなくなる。

 大翔は莉雄に、いや、白い霞を発生させているスパルトイに言う。


「お前が莉雄なら、再会できたことは、俺も嬉しいよ。できれば、こんな形で会いたくなかった」

「何を言ってるの? ねぇ、大翔……せっかく、ボクは、ボクは……ああ、ごめん。ダメなんだ。大翔……ここは、すごく、音が聞こえない。空の青さも分からない」


 大翔の胸倉を右手で掴んだまま、彼の負傷している腹部に左腕を突っ込み、中身を引っ張り出す。


「ああ、ああ、嫌だ! 嫌だ! やめてよ! やめろよ! 止まって! 止まって! 殺したい、助けて! 殺したい! 助けて!! 嫌だ!! 大翔、助けて!! 大翔を助けて!!」


 大翔の口から血が噴き出し、その体が暴れる。自分が親友を殺したくないと思えば思うほど、自分の殺戮欲求は高まる。


 誰か、助けて……


 大翔が自分の、のっぺりとした顔に触れる。そして、血を吐きながらも大翔は言う。


「任せと、け……俺が、莉雄を……助ける」


 突如、自分の脳内に複数の映像が流れ込む。それは、自分の心を塗り替えていく。自分がスパルトイであるという記憶その物が書き換わっていく。

 大翔を手放し、ふらふらと莉雄は後ずさった。

 直後、莉雄の能力が発動する。


 彼の能力は、である。白い霞は、医療能力に特化したナノマシンであり、少しの悪天候などの影響も受ける代わりに、スパルトイ、人間問わずその存在を“”元に戻す力がある。

 大翔の能力により、莉雄のナノマシンが記録している自身の姿は、スパルトイの物ではなく、に書き換わった。そして、そのスパルトイは“莉雄として修復”された。

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