そして、少年はキミの夢を見る


 莉雄の目の前に、白い霞を纏ったスパルトイが居る。自身の胸倉を掴んで顔を覗き込むようにこちらを見ている。

 今、自分はまた幻覚の中に居るのだろうか。自分が二人いるはずはないのだから……。


「思い出した?」


 自分の声で、スパルトイが呼びかける。


「思い出したくなかった……ボクは、ボクが死んでいるっていうのはそういう意味だったの? あの後、大翔はどうなったの?」

「なら、どうするの? 泣き崩れるだけなら誰だってできる。誰もそれを責めたりしないさ」


 自分の声で、自分に話しかけてくる。


「スパルトイに生まれる殺戮衝動による結果だった。仕方がなかったんだ。理不尽だよね。だから、きっとキミが、言世 莉雄がこのまま帰らなくても……逃げ出しても誰も責めないさ」


 自分に言い聞かせるように、自分が言う。


「怖いじゃないか。そうだろう? 次はどんな理不尽に会うか、わかったもんじゃないんだ。次は……もっと人が死ぬかもしれない」


 そうだ。じっとしているのが一番いい。知らない人に関わるべきじゃない。分からないことに関わるべきじゃない。トラブルを起こさないように、じっと……。そうすればきっと、きっと……

 誰かが、自分の声で言った。


「違う……違うよ……それじゃ駄目だ。それに、次も酷くなるとは限らない。箱は開けるまで分からないんだ」


 脳裏に、華奢な褐色の少女が浮かぶ。彼女が言うのだ。「それじゃ、私は自分を嫌いになる」

 中性的な少年が苦笑しながら自分に言った言葉が浮かぶ。「そうしないと、誰かに嫌われてしまう気がするんだ」


 目の前のスパルトイが言う。


「嫌われないために、自分を犠牲にするの?」

「違うよ。そうじゃないんだ」


 莉雄は自分の胸倉を掴むスパルトイの腕をつかむ。


「ボクを『信じてる』という人が居る。『莉雄のままで居てくれ』と言ってくれた人が居る。ボクは……その人たちに応えたいんだ!」


 莉雄はその手を払う。スパルトイはそれに反応して、右腕でボディーブローを放つ。が、その拳が莉雄に当たることは無い。莉雄の体が霞の様に霧散し、拳を受け流す。そして何事もないかのようにされる。

 スパルトイが距離を取る。直後、白い霞が濛々と立ち込め、濁流の様に莉雄の視界を塞ぐ。肌は焼けるように痛い。

 霞の向こうからスパルトイの声がする。


「なら、ボクを倒さないといけない。スパルトイであった時のボクを否定するしかない」


 じりじりと体が溶ける感覚がある。だが、同時に全身が治されていく。修復されていく。莉雄はその霞を駆け抜け、スパルトイの目の前に出る。

 莉雄は右腕を振りかぶりながら言う。


「違う! ボクは、キミも一緒に連れていくんだ!」


 そして、“自分の体が部分的に金属化できる能力がある”とし、右腕を金属に変えてスパルトイの顔面を叩き割るように殴る。そのまま、殴ったはずの腕を霞に変えて、スパルトイの頭部を鷲掴みできるようにし、体躯の差や、スパルトイを地面に叩きつけるのに足りない筋力を足りるようにする。

 莉雄は、そのまま地面に深く叩きつけた。


「ボクは、スパルトイであった時のボクを否定しない。忘れない。キミも、ボクだ。怖くても、次はきっと……次は、変えてみせる」



 気が付けば、莉雄の目の前には頭部が損壊し、立ち上がらなくなった髑髏ペイントのスパルトイが、大の字になってグラウンドに寝ていた。

 髑髏スパルトイが言う。


「よお……記憶、戻ったみてぇだな? 似たような能力の俺様と、この場所で闘えば思い出すんじゃねぇかと思ってな。途中から、俺様以外とてめぇは闘ってたみたいだがな。違うか?」


 莉雄は倒れて動かないスパルトイに思わず謝る。


「ごめん。途中からキミだと認識できなくなってた。過去の自分と闘ってた気がするよ」


 髑髏スパルトイは、その謝罪の言葉を拒否した。


「やめろ、謝るな。そういうのはむず痒くて仕方がねぇ」



 髑髏スパルトイは息を吐きながら言う。


「こういう場合、なんていうんだったか……」


 莉雄はそのスパルトイを見下ろして、小さな声で答えた。


「そんなの……分からないよ。まだ、記憶が全部戻ったわけじゃない」

「へっ、なんだよ……やっぱ、スパルトイには戻らねぇか……」

「ううん。でも、少しだけ思い出してはいるんだ。ボクは、キミと話したことがあったんだろ? キミはボクの友達だった。……スパルトイであった時のボクに会いに来た。違う?」


 倒れたままのスパルトイは喉で笑いながら返す。


「はん。友達じゃなく、悪友だったがな。ってか、スパルトイだったころより能力が規格外になってやがるな。もはや治癒能力ってレベルじゃねぇ。いずれは、自前の治癒能力で書き換えられた記憶も元に戻るだろ。はは、こりゃ、ハルモニアも警戒して、だろうな」


 ハルモニア……その名前にかすかに莉雄は聞き覚えがある。だが、まだ記憶には霞がかかったままだ。


「……そうだ、スパルトイ時代の名前ってか、コードナンバー、思い出せたか?」


 莉雄は静かに首を振る。


「んじゃ、忌み名を覚えて歩いて行け。お前はスパルトイD2-o-L1veだったってことをな。あの頃は願ってたじゃねぇか。逃げたいってな……お前は、もう、逃げることができんだよ。じゃあ……また……地獄でな……」


 髑髏ペイントがされたスパルトイは動かなくなった。

 莉雄は、彼の傍にしゃがみ込み、手を握って言う。


「ああ、さよなら。M1-a-Z2ma。ボクの悪友」


 悪友の手を放した莉雄の元へ、大翔から電話がかかる。莉雄は電話に出た。

 大翔は、思いつめたような、覚悟を決めたような声で莉雄に言う。


「話したいことが有る。もう、分かってることだとは思うが」

「うん。ボクもだ。大翔と話したいことが有る」

「……解った。地図を送るから、その場所で落ち合おう。他の連中はこっちから連絡したり迎えに行ったりする。お前はまっすぐ指定した場所に来てくれて構わない。……信用、できないか?」


 莉雄は大翔のその不安そうな声に、かえって安心感を覚えた。


「ううん。大丈夫。ボクは親友を信じるよ」


 莉雄は立ち上がった。

 木々が風にそよぐ音が聞こえる。空はどこまでも蒼く、白い雲を抱えている。そして、今、自分は心置きなく泣くことができる。


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