まるで人間じゃないか
髑髏スパルトイは姿勢を崩さずに言う。
「なるほどな。だが、教える義理は俺様にはねぇぞ。そいつとは、昨日今日の付き合いじゃねぇんだ。どうやら、お前らは記憶をいじられてるみたいだがな」
「それだ。それも分からないんだ。俺たちは……だから、なにか、そう、切っ掛けが必要なんだ」
「切っ掛けねぇ……ま、俺様も強かったころのそいつと闘いに来たからな」
慶は何とか情報を聞き出せないかと思案しながら話す。だが、相手は話そうとはしない。
同時に、慶は確信を持った。
自分たちの記憶はいじられている。もしかしたらずっと前から、自分たちはスパルトイたちと戦っていた。言世 ヒカリと名乗った少女が、莉雄や葵に対して、自身の能力のことを「その方法が解ってるはず。忘れてるだけ」と言っていたこともそうだ。
莉雄と葵と刹那の能力はあの時目覚めたわけじゃない。忘れさせられていた。それが何のためで、誰によるものか。慶は今回の一件で一人に疑いを持ち始めていた。
莉雄が教室を飛び出して行ったのを、大翔も共に見ているはずだ。だが、あの時の大翔の反応は特に心配するでもない様子だった。これだけなら、まだ疑いは濃くならなかっただろう。公民館での一件でタイミングが良いこともまた、偶然で片づけられた。
だが、今回の葵への連絡内容の改変はどうだ。これをスパルトイが行うだろうか? したとして得をするだろうか? 葵がスパルトイと戦わないことで得をするのは……その恋人である大翔だろうと慶は疑いを濃くした。まだ、この猜疑は確証ではない。だが、限りなく黒に近い。
同時にそれは、大翔が個人の携帯にアクセスできる立場に居るということでもある。それがギフテッドの能力によるものか、個人的なスパイウェアなどによるものかまでは分からない。だが、確実に大翔はこの一連の事に関わっている。
慶はスパルトイに聞く。
「なあ、源口 大翔は一緒じゃないのか?」
大翔の名前が出たことで、葵は莉雄との相談を止める。莉雄もつられて相談が止まる。
スパルトイはその質問に質問をかぶせる。
「源口 大翔? ってどいつだ? アーキタイプか? 世界の管理者か? 監査官か? 星屑野郎か?」
慶は内心焦った。藪蛇だ。知らない単語が多すぎる。そして、ここで大翔がどれかを言い当てないといけない事態なのではないだろうか? 試されているわけではない、と思いたいが……適当に答えるには危険すぎる。情報を欲張りすぎた。慶はそう思った。
慶は自分の喉が急速に乾くのを感じた。
慶が時間を稼いでいる間、莉雄と葵は必死に何か策を講じていた。だが、一向に作戦は浮かばない。どれも決死の捨て身の作戦ばかりで成功する可能性も低く、ハイリスクなものばかりだった。
突如、慶の口から大翔の名前が出たことで、葵は話を中断してしまった。
スパルトイが慶に言う。
「おいこら。流石に時間稼ぎに飽きたぞ」
「い、いや、待て。まだ、まだ莉雄は記憶を取り戻してない! まだ戦っても弱いままだ!」
「うるせぇ!」
髑髏スパルトイはゆっくりと、三人に近づいていく。
「良いか? 三度目だ。失せろ……俺様が近づくだけで、雑魚は死ぬぞ」
慶が二人に対して振り返って作戦が立ったか目で聞くが、もちろんそんなものはない。
スパルトイは濛々と黒い煙と共に寄って来る。もう距離も無い。
莉雄は慶と葵に、意を決して言う。
「あのスパルトイの狙いがボクなら、ボクを追いかけてくるはず……ボクが惹き付ける!」
莉雄は、咄嗟にその場から駆け出し、グラウンドの方へ走っていく。あの髑髏スパルトイの狙いが自分なら、自分を追いかけてくるはず。作戦は無い。でも、なんとかするしかない。
狙い通り、スパルトイは自分を追いかけてきている。
走り出した莉雄に慶が怒鳴る。
「待て! おい、作戦は!?」
莉雄はそのまま走り去る。葵が一言を残して後を追おうとする。
「一人に出来ない。あたし、追いかける」
「おい待てって! 闇雲に戦ってなんとかできるわけが」
その時、慶は自分の腕が引っ張られる感覚を覚える。
見れば、なにも無い空間に、腕が掴まれている。なにも無い。誰も居ない空間に、腕を掴まれて居る感覚がある。
その空間は自分の口を塞ぎながら、耳元で囁く。
「残念だったねぇ。手元が狂うから、暴れないでくれよ」
目の前に唐突にナイフが現れ、それが異様に細い黒い指で弄ばれる様が、慶には見えた。そして、自分の口元を抑えている手が大きく後ろへ引かれ、喉笛を無防備に晒される。
わずかに視界に、黒いフルフェイスヘルメットのような頭部が映り込む。
自分の背後にスパルトイが居り、それは今まさに自分の首を掻っ切ろうとしている!
慶は、首に冷たい物を感じた。
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