運命の嘲り



 莉雄りおは自身の耳を疑った。ヒカリの言葉を信じられなかった。


「今、なんて……」


 大翔はるとが屋上の床を拳で叩きながら、ヒカリへ怒鳴る。


「なぜだ! なんでそれを……“お前たち”は人類に関わらないはずだろうが!! 放っておけばいいのに!!」


 そして、膝をついたまま振り返って泣きながら睨む大翔へ、ヒカリもまた不機嫌を顕わにした顔で言う。


「でもこれじゃ、莉雄の為にならないだろ! 莉雄には記憶を取り戻してもらって……」

「やめろって言ってるだろうが!! 消えろ! のくせに!!」


 大翔が手を振り抜くと、ヒカリが遥か遠くまで吹き飛ばされる。

 大翔は立ち上がり、ヒカリのことを心配して驚く莉雄の肩を強く掴んで、自分の方へ無理に向き直させて言う。


「なあ、莉雄、頼むよ。莉雄は、莉雄のままでいてくれ……」


 だが、莉雄はもう、大翔の思い通りにはならなくなっていた。


「待って、おかしいよ、大翔。なにを隠してるの? ボクがボクのままで、ってどういうことなのさ。ボクが死んでるってどういうことなのか、教えてよ!」


 大翔は答えない。何かを堪えるように、莉雄を見下ろしながら、言葉に詰まる。


「大翔! 答えて!」

「莉雄……お前は……お前は、本当は……」


 大翔が言いよどむ中、唐突に地鳴りのような音が響き、何かを激しく、一定のリズムで打ち付けるような音が、この建物の屋上へ続く出入口から聞こえてくる。それが、大型バイクでビルの階段を上っていた音だと、出入り口を破って現れた黒いバイクが証明する。

 その大型バイクには、黒色の人型の兵器、スパルトイが跨っている。そして、バイクのまま屋上へ乗り付けたスパルトイは、既に戦っていたアリーサと枝折、二人のスパルトイ目掛けてバイクで突っ込む。二人は互いに離れるように距離を取る。バイクはアリーサの傍で停車した。

 バイクに乗っていたスパルトイは、よく見れば、黒の革のジャケットに黒のダメージジーンズを穿いており、頭部は白い塗料で髑髏のペイントがされている。

 アリーサが現れた髑髏スパルトイへ言う。


「ちょっと! 私まで轢きそうだったじゃない!」

「あ? 助けたんだから良いだろうが。どうせ、てめぇの事だ。“遊ぶ”とか称して、適当に手を抜いてたんだろ? んで、本気になったタイミングで敵の増援が有って、思ったより苦戦したってところだ。違うか?」


 言い当てられたアリーサはが悪そうに言いよどんだ。

 髑髏スパルトイはバイクを吹かしながら、莉雄に言う。


「おいこらてめぇ! そこの、小柄の! ああ……てめぇだ。間違いねぇ!」


 莉雄はなぜ自分に呼びかけてきたのか分からないでいる。

 髑髏スパルトイは続けて言う。


「てめぇ、何もかも覚えてねぇんだってな。けっ……良いじゃねぇか、なら逃げろ! 逃げて逃げて逃げ続けろ! だがな、俺様の能力まで忘れたとは言わせねぇ!!」


 バイクが黒い煙を排気しながら、その場で円を描くように走り始める。徐々にその円は大きくなる。

 アリーサが叫ぶ。


「待ちなさい! M1-a-Z2ma、まだアーキタイプを回収してない。あなた、自身の能力の広範囲性を理解してるんでしょうね!」

「っるせぇぞ! 無関係な奴ぁすっ込んでろ!!」


 即座にそれに対して髑髏スパルトイ、M1-a-Z2maと呼ばれたスパルトイが怒鳴り返した。

 そして、莉雄に言う。


「いくぜ、おら!! 今度は俺様が勝つ!!」


 バイクの黒い排煙が濛々と、煙幕のように辺りを埋め尽くしていく。その煙に触れた屋上の床のコンクリートが、音を立てて泡になって解けていく。


 アリーサは倒れている刹那せつなの傍へ行き、刹那に肩を貸す様にしながら彼を持ち上げる。

 その光景に目を奪われた次の瞬間、黒煙の中からバイクが猛スピードで莉雄へ、バイクの前輪が持ち上がりウィリー状態で迫る。


「大翔! 下がって!」


 莉雄は咄嗟に大翔の前に出る。そして、自身の全身を金属に変えるイメージを持つ。全身に冷たさが染み渡り、自分の視界も暗がりに落ちる。音も聞こえない。かすかに何かが自分の体に当たった感覚がある。そして、少し間が開いてから、一際大きな、甲高い音が耳に響いた。


 莉雄は恐る恐る自身の金属化を解いた。そこはビルの屋上ではなくなっていた。ビルの前の大通り、莉雄はビルの屋上から落ちたのだとすぐ理解した。おそらく、バイクが高速でぶつかった衝撃で、自身は跳ね飛ばされたのだ。一際大きな音がしたのは、自分が地面に落ちた時の音だったのかもしれない。

 考えてみれば、全身が高硬度の合金になったなら、どうやってふんばることができるのか、そこは考えが足りなかったと、莉雄は思った。

 莉雄は、自分の全身がひりひりと痛むことに気付いた。おそらく、あの黒い煙、あるいはバイクに細工があったのだろう。金属になっているときは気にならなかったが、あの煙に直接触れていれば危なかったかもしれない。


 それより、屋上はどうなっているのか、置いてくる形になってしまった大翔や刹那はどうなったのか。

 だが、それを考えるより先に、屋上から黒い人影が飛び降りてくる。その人影は地面を軽くへこませながら降り立ち、難なく立ち上がった。それは、髑髏のペインティングが頭部に施されたスパルトイだった。

 髑髏スパルトイが言う。


「へっ、金属化か。だがおめぇ……手加減、いや、記憶がいじられてんだったな?」


 莉雄はスパルトイに警戒しながらも聞く。


「おまえ、何か知ってるのか? ボクの……記憶の事とか」


 スパルトイは自身の顎をさすりながら少し考えこむ。


「教えねぇよ……そうだ。俺様からは教えねえ! ああ、俺様が、てめぇの助けになるなんざ、まっぴらだ! 俺たちの関係はそんなんじゃねぇ!!」

「俺たち? どういう……ボクにスパルトイの知り合いが、キミと関係があったってこと? それはどういう……」

「教えねぇっつてんだろうが、このダボが!!」


 スパルトイが一歩踏み込むと、そこから黒い煙が立ち上る。


「俺様の恋人バイクが無いのは残念だが、能力を使うだけなら難はねぇ。さあ、どうするよ、死ぬか? 逃げるか? 逃げるなら早くしろよ、死にたくねぇならな!!」


 スパルトイは莉雄に向かって歩いてくる。その一歩ごとに黒い煙が足元から立ち上り、周囲の物を溶かしていく。

 金属で覆った部分は特に問題は無かった。いや、金属化を解除した段階で肌に焼ける痛みを覚えた。もし、金属化せずにあの煙に触れたらどうなるのか、そもそも、金属化を解除した状態でダメージを受けるなら、それは金属化では乗り切れない煙なのではないか。


「言っとくがよう、今のてめぇじゃ……」


 つまり、今の莉雄では……


「俺様に勝てねぇ!!」


 莉雄は踵を返して、スパルトイに背を向けて必死に走り出した。なにか、手段を考えないといけない。

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