誰もが正義を夢見てる



 濛々と立ち込める煙は、強い酸性を帯びており、それはスパルトイの外郭すら溶かしかねない強力なものであると、枝折しおりは自身のぼろぼろに溶けた服を見て思っていた。


「ああ……本当に、最悪……」


 突然の乱入者により、あの電撃を操るスパルトイは居なくなった。おそらく、神薙かんなぎ 刹那せつなを連れ去ったのだろう。確かに、あの煙に巻かれれば、自身も彼も無事では済まないだろう。撤退は良い判断であるように枝折は思った。

 黒い煙はビルの屋上に濛々と立ち込めていたが、徐々に薄くなっていく。特に戦闘をしている音もない。大翔が能力であの乱入者を仕留めたのか、と枝折は思ったが、現実は違った。

 そこには、尻もちをついたまま呆けている大翔が一人。周囲にバラバラになったバイクの部品。そして、莉雄の姿はない。

 枝折は大翔に近寄って問いただす。


「ちょっと、源口みなぐち! 言世ことせくんは? 言世くんはどこ!? あんた、一番近くに居たのに……源口?」


 詰め寄ってみて初めて、大翔の心がここにないことに枝折は気づいた。

 彼がうわ言のように「莉雄が、能力を使っていた。封じていたはずなのに」とぼやいている。

 枝折はため息交じりに大翔の胸倉を掴んで、自身より背の高い男を引き起こす。


「いつまでそうしてるつもり? は、あんたがまだ支配者のはずでしょう!?」


 大翔は自分の足で立ち直し、枝折の手を優しく払って、まだ憔悴した様子で言う。


「違う。違うんだ。莉雄が、能力を使っていたんだ」

「それは、金属に体を変化させただけでしょう?」

「そうじゃない。そうじゃなく……」


 大翔は息を荒げながら続ける。


「俺のに抗った! あれは、あいつのだ……」


 上の空のように「そうだ、そうにちがいない。どうすればいい」とぼやきながら右往左往する大翔の様子にただならぬものを感じた枝折は、逆に冷静さを取り戻していた。


「まだ、そうと決まったわけじゃないでしょ?」

「いや、いやそうだ、そうに違いない。俺には分かるんだよ! もう……俺の限界が近いのはお前も知ってるだろうが!」

「そうじゃないかもしれない。あの女が出てきてた。きっとあの女が」


 そこに声がかかる。


「あの女って、ボクのことだよね?」


 何食わぬ顔で、屋上の縁に腰を掛けるヒカリがそこには居た。


「酷いなぁ、思いっきり突き飛ばすんだもん。戻ってくるまで時間かかったじゃないか」


 ふざけた調子で怒って頬をわざとらしく膨らませて見せるヒカリに、警戒心を顕わにしながら枝折が言う。


「あなたが言うほど、遅くはなかったように思うけど?」

「そ? まあいいや。戻ってきたのは大翔くんに用があったわけだし」


 大翔もまた、警戒しながらヒカリに応える。


「なんだ? 突き飛ばした報復か?」

「報復するなら、ボクは莉雄の事に関して報復したいかな」


 ヒカリの顔から突如笑みが消える。


「どうして、莉雄の能力を封じるほどに、彼の記憶を操作したんだい?」

「どうして? どうしてだって? “お前ら”には分からないかもしれないが、俺たち人間は、思い出さなくてもいい記憶だってあるんだ!」

「それはキミのエゴだろ!!」


 ヒカリは声を荒げる。


「莉雄の不利になるようなことをしてでも、それでもあの子の為って言えるのか!」

「じゃあお前もなぜあの時言わなかった! を、隠さずに言わなかった! ええ!? お前もまた、思ったんだろうが!」


 大翔も大声で返す。

 枝折はそっと、その光景を見守る。枝折にとっては、どちらの言い分にも同意でき、どちらの言い分にも反対だったからだ。

 大翔は続ける。


「そうだ。俺のエゴだ。だがな、だが、、あいつがは分からないんだよ! なのは、“お前ら”だって、お前だってわかってるんだろ! だから、あの時! そうだろうが!!」


 ヒカリは大翔を睨みながらも言い返せない。

 その時、鐘の音が響く。いくつもいくつも、複数の鐘の音が響き、空に多数の切込みが入る。そこから複数のスパルトイが、あちこちに下りてくるのが、その場に居る全員の目に写った。

 大翔はヒカリに背を向けて言う。


「この話は後だ。どっちにしろ、俺がやることは変わらない。莉雄の友達でいること。そして、あおいを守る彼氏でいること。そのために、俺は戦う。“お前ら”の事なんて知った事か! お前もそこで見てればいい!」


 大翔の姿は一瞬でその場から消える。

 枝折の視界には、遠くでスパルトイと戦う大翔が見えた。

 枝折はヒカリに向き直らずに尋ねた。


「ねぇ、“あなたたち”ではなく、あなたは、あなた個人は、言世くんの味方?」


 枝折からは見えなかったが、ヒカリは胸の前で手を握りながら、祈るように言う。


「うん。ボクも、あの子の味方さ。きっと、大翔くんだってそうなんだ」


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