探し物はなんですか
公民館での出来事を覚えているのは、
あの後、“多少のトラブル”として、事態は片づけられた。火災報知機の誤作動だとか、蚊の大量発生とか、火災だと誤解した生徒が消火器を撒いたとか……犠牲者が居たかどうかはわからない。全生徒を全員知っているわけではないし、もし犠牲者が居ても、葵の父、
それに、慶も言っていた様に「もし記憶をいじりながら、命を奪わないような存在が居るなら、その存在に“記憶を取り戻している”ことは感づかれない方が良い」というのも、一理あるように莉雄は思っていた。
つまるところ、非日常が肉薄する中でも、日常はあるということだ。あるいは、日常を演じなければならないということでもある。
学園祭の三日目、学校敷地内で行われた各クラスの出店は特に何のトラブルもなく終わって行った。鐘の音がなることもなければ、誰かが命の危機にさらされることもなく、出店も特にトラブルが起こることなく終わった。もちろん……親友、大翔がサボって居なくなることも無かった。
学園祭三日目が土曜日であったこともあり、学園祭の片づけは月曜日にもつれ込んだ。
日曜日、莉雄が薬局へ飼い猫の餌を買いに行き、買い終えた時の話である。
眼鏡をかけた見覚えのある中性的な少年が、薬局の前を右へ行ったり左へ行ったりを繰り返している。手には何か紙を持っている。何度か薬局前の通りから姿を消してはまた薬局前の通りへ戻ってくる。その様子は、薬局の店内、外が見える窓からも確認できた。
莉雄がレジに並び、会計を終え、薬局が出た後も、刹那は右往左往し続けていたため、流石に声をかけざるを得なかった。
「
「ああ、
莉雄に声をかけられた刹那はどこかぎこちない。
刹那は道に迷っていたが、かといってここで頼っていいのか判断がつかない。莉雄の予定があるかもしれないし、一応の先輩なわけだし、自分がどうしようもないレベルの方向音痴で、地図も読めないタイプであることは恥ずかしくて言い出せない。
「あ、いや、困ってないようなら、すみません。あの、えっと……」
「え? ああ、まぁ、その……」
莉雄は気の小さい性格であったが、だからと言って知り合いを見て見ぬふりをすることも出来ない性格であった。どちらかというと、後々のトラブルを避けたいという考え故だが、同時に相手側の意見を優先することでトラブルを防いできたともいえる。
つまり、お互いにお互いが譲る状況で一向に話が進まない状態である。
なんとか頑張って、刹那が本題を切り出す。
「その……目的のお店が、分から、なくて……」
刹那は恥ずかしさで消えそうだったが、莉雄としてはそれを話してくれたことを喜ばしく思った。
莉雄が言う。
「あ、えっと、お店、どこですか?」
「うん、その、あの……
刹那は自身の方向音痴を告白しているようで自分の耳が赤くなるのを感じ、更に気恥ずかしさを感じていた。莉雄はそれをわざと気に留めないように気を付けた。
莉雄は話を聞いて、自身の携帯で地図検索をする。
「あ、大丈夫そうです。案内できそうです。こっちですね」
莉雄が携帯を見ながら歩き始める。
「え? 案内!? いやいや、流石にいいよ、悪いし」
「いえ、大丈夫ですよ。特にこの後の予定も無いですし」
そうではなく、極度の方向音痴が恥ずかしいということなのだが。
莉雄は刹那のそんな思いに気付かずに言う。
「これなら……歩いていくとそれなりの距離ですね。じゃあ、まずこっちです」
「その……はい。親切心に甘えさせていただきます……」
そうではなく、見捨てて帰ることができる精神を持ち合わせてないということなのだが。
莉雄のそんな考えに気付かず、刹那は莉雄の後に続いて歩き始める。
「ところで神薙先輩、何を持ってたんです? 地図ですか?」
「え? あ、う、うん。ただ、地図が……古かった? みたいで?」
「え? スマホで検索すれば良かったんじゃ?」
「スマホで? あ……ああ、そうだね?」
少し性格的に差はあれど、どこか似た二人は、微妙にズレた会話をしながら、遠めのお茶屋に向かって歩き始めた。
目的の場所までの道すがら、まだ友人として知り合って日が浅い二人は沈黙と共に歩いていた。
行きかう車や人の声、街中の電子公告や店舗の音。それらが二人の周りには溢れているのに、沈黙が息苦しくて仕方がない。
咄嗟に莉雄は苦しくなって目に入った店舗を指さした。
「あ、あれ。知ってます? 最近できたばっかりのクレープ屋さん。美味しいらしいですよ」
「え? ああ……僕、あんまり甘い物は……」
「あ、そうなん、ですね。すみません」
いくら高校生であろうと男二人でクレープ屋はどうなのか。むしろ、高校生でクレープ屋は恥ずかしい。莉雄は自身の失敗を心の中で嘆き、刹那の表情を少ししか確認しなかったが、その表情は嫌悪の表情のように莉雄は感じた。
実際のところ、刹那が嫌そうな表情をした時、彼の脳内に浮かんでいたのは「今のは断ってよかったのだろうか」であった。せっかくの提案を咄嗟のことで断ってしまったが、本当は友好を深めるチャンスだったのを自分で蹴ってしまったのではないか。と考えると、自身の軽率さに嫌気がさしてくる……。というところなのだが、もちろん、言語化しないと心根は伝わらないものである。
気まずい沈黙と共に、街中の喧騒に包まれながら二人は歩いていく。
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